十七日目(後編)
夕方になってようやく迷宮でパーウクを利用した製糸作業が始まりました。魔物に糸を吐かせそれを集めていくオーク達。オークによって運ばれた糸は屋敷周辺に設けられた専用の小屋にて、奴隷達の手によって撚り合わせられ均一な太さの糸へと変わっていくのでした。魔物自体が大きい為、吐かれた直後の糸は我々のよく目にする紡績によって作られた糸と同じ太さのようです。そのまま機織によって布状に変えたり、より多くの糸を束ねて縄にしたりと用途に合わせて様々な糸が作られる予定です。
パーウク達の作れる糸には限りがあるらしく、彼女達はまず自らの安全を確保する為の巣を作り、その後に製糸用の糸を渡してくれます。彼女達はより大量に糸を生産する為に、繁殖の許可を求めてはいますが、ご主人様はなかなか首を縦に振らないのでした。
ちなみに彼女らは、一般的な障害物との間に巣を作る種類の蜘蛛だけでなく、様々な種類の蜘蛛の特徴を合わせて作られているそうです。その為、個体毎に巣の作り方は様々で地中に穴を掘る個体も確認されているのでした。おそらくご主人様は、まだ謎の多いこの魔物を完全に信用してはおらず、生態が詳しくわかるまでは数を増やすつもりは無いのでしょう。
「冒険者が侵入しました」
監視していたミランダが告げます。あまり強くない冒険者の5人組だけと、今日は不作のようです。
この迷宮は大陸の主要都市から遠く離れており、付近に長期滞在出来る村等も存在しない為、熟練の冒険者達が訪れる事は稀です。熟練の冒険者は個々の強さもそれなりですが、慎重さにも定評がある為にこのような迷宮には足を運びません。そろそろこの場所からの移転を考える必要も出てきましたね。
「捕えていた冒険者を数人使ってパーウクを襲わせよう」
突然ご主人様が仰るのでした。
「わかりました」
理由は分かりませんが、とりあえず従います。
獣人の戦士達を数人と破壊魔法を使う人間を選び武器を持たせる事にします。一般的に用いられている鉄製の両刃の剣に槍、皮製の鎧を与えましょうか。普通の戦闘を行わせる為に彼らには首輪を付けていません。反乱を起こさせない為、裸で素手のまま屋敷の前に連れて行き、そこで並ばせます。大量の武装したリザードマン達に囲まれて、震えながらも移動する奴隷達。
「貴方達には、一階層に住み着いた蜘蛛の魔物を退治してもらいましょう。無事に駆除が済んだら特別に解放してあげます。ご主人様の計らいに感謝しなさい」
怯えた表情で私を見る奴隷達に適当な事を言います。
「一階層に移動した後に装備を与えます。あと、迷宮の出口付近には強力な魔物を置いている為、逃げようとしても無駄です」
「ほ、本当に助けて貰えるのですか?」
「罠なんじゃ」
「どういった魔物なんでしょうか?」
次々と質問してくる奴隷達。
「助かるかどうかは貴方達次第です。大した戦闘力も持っていない魔物です。これは余興です、嫌なら他の奴隷達に任せてもいいのですよ?」
私は早く結果を出したい為に、適当に切り上げて彼らを向かわせる事にするのでした。
ちなみに生き延びた場合は、本当に解放するつもりでいます。逃げ帰った街にてこの迷宮の事をふれまわってもらい、侵入者の増加を図る目的もありますから。ちなみに、出口付近には特に魔物はいません。脅しておけば逃げようとは考えないでしょう。
一階層の密林にて地面にばら撒かれた装備を手に取り、身につける冒険者達。お互いの選んだ武器や特技等を話し合い、戦い方を相談していました。適当に選んだはずですが、なかなか優秀な者達のようです。
他の魔物達には彼らには手出ししないように命じてある為、戦闘の邪魔をするものはいません。彼らは慎重にパーウクの巣へと向かって歩くのでした。同時に魔物の方にも侵入者の接近を告げましょうか。
「獣人の戦士が4人と人間の魔法使いが1人のパーティーが近付いています。貴方達でこれを排除しなさい。普段は侵入者を捕える事を優先させるように言っていましたが、今回は捕食してかまいません。特別にご主人様が貴方達への褒美として許可してくれました」
魔物にも適当な事を言っておきましょう。彼女らが勝った場合に、捕えた冒険者が余計な事を喋っては困りますから。
「そ、そんな。私達は弱く、戦闘はあまり」
大きな図体をして随分と弱気なパーウク。彼女らの数は4体、上半身こそ人間の女性のそれですが、下半身は大きな蜘蛛となっていて、人間よりも二回り程大きな体をしています。5対4ですが、見た目から判断すると彼女達の圧勝になりそうです。
「他にも侵入している冒険者達の数が多い為、援軍は出せません。貴方達の働きには期待していますよ」
時間が勿体無い為、適当に切り上げて屋敷へと戻る私。
「ま、まってください。お助けを」
背後から悲痛な叫びが聞こえてきますが、無視するしかありません。
監視室に戻った私は、戦いの行く末をご主人様と見ることにしました。ちなみに、他に侵入した冒険者達は、小人達によって簡単に捕えているのでした。
「これで彼女らの戦闘能力が分かるだろう。予め提示されている能力と見た目は相応なのに、弱そうに振舞っている彼女らは怪しい。迷宮管理センターが誇大広告を行っている可能性もあるが、この実験は彼女らの戦法についても明らかにしてくれるだろう」
「全滅してしまっても、新たに呼び出せば良いだけですからね」
やがてパーウクの巣を見つけた奴隷達は、慎重にその場所を囲むのでした。密林の木々に分厚い蜘蛛の巣を張って迷路のように仕上げているパーウク達。彼女らはその迷路の中で集団で生活しているようです。普段は1~2体が巣から離れ、自由に獲物を取って巣へと運びます。獲物は密林に住む小動物ばかりで、ご主人様はその能力に疑問を持っておられたようです。捕食し終えた獲物は、皮だけが残されて巣の周りに捨てられている為、その捕食の方法についても謎が多い魔物でもあります。
「あんな大きな体をしていて、小動物ばかりを狙うのはおかしい。全員でかかれば大黒豹を仕留める事も出来そうなのに。糸の強度も予想以上だったし」
ご主人様は楽観的な人間ではありますが、時折凄い洞察力を発揮する事があります。
「例え能力を隠していたとしても、命に危険が迫れば本気を出さざるをえないでしょうね。より実戦に近いこの状況では、我々の目的を勘ぐられる事もありません」
人間の魔法使いの手から炎が現れ、巣へと放たれました。どうやら彼らは巣に入ろうとせずに、外から破壊していこうと考えているようです。炎によって次々と膜状に張られた糸が縮み、普段どうりの密林の姿が現れていくのでした。
「燃え上がると思っていましたが、実際はああいった風になるのですね。下手な綿の服よりもあの糸で作った服のほうが良さそうです」
「強度も凄いし着心地や保温能力も優れているから良いよ。虫から作られたって点以外は最高の素材だと思う」
巣を破壊されていくうちに、一体のパーウクが飛び出します。そこへすかさず襲い掛かる獣人達、魔物を取り囲むようにして武器で攻撃を加えるのでした。体を切り付けられ暴れるパーウクですが、攻撃方法は女性型の上半身で抱きつこうとするだけのようです。大きな動作で抱きつこうとする魔物を避けて攻撃を続ける獣人。しばらく経っても、敵を排除出来ずに彼女の白い肌は緑色の体液にまみれていくばかりでした。
「耐久性と攻撃力の釣り合いも取れてないな。本当に欠陥品なのかも」
ご主人様もパーウクの弱さに呆れている様子でした。
身体中を切り付けられ、所々脚は千切れて動けなくなるパーウク。最後は魔法使いの炎によって焼かれるのでした。ですがいつの間にか奴隷達は他のパーウク達に囲まれています。どうやら彼女らの巣は一つ大きな入り口を設けておきながら他に幾つか裏口を備えて作られていたようです。一体が囮となっているうちに他の場所から現れて集団で戦うつもりなのでしょう。
一斉に糸を吐きかけるパーウク達、ある奴隷はその糸を避け、ある奴隷は捕えられ、戦闘は壮絶な消耗戦へと変わっていくのでした。持ち前の耐久性を生かし全身傷付きながらもなんとか奴隷を捕えた彼女らは、糸の塊となった奴隷に抱きつき口を付けます。その後は獲物をくるんでいた糸を食べ、抜け殻のようになった獲物をその場に捨てると、巣の中へと戻って行くのでした。
「あの程度なら数を増やしても問題は無さそうだ。正直、期待外れだったな。一応は頭もあるようだけどオーク達とあまり変わらない」
彼女らの働きに失望されているご主人様。糸を得る目的があったとはいえ、彼女らを呼び出す為に必要な魔力の量を考えると、無理もありません。
パーウク一体を呼び出す魔力があれば、大きな包丁を持った中級悪魔を一体呼び出す事が出来ます。その悪魔なら、あの程度の獣人などものの数秒で片付けてしまうでしょう。他にも同じ魔力で多彩な魔法を操る魔女を一体呼び出す事が出来ます。それらの事を考えると、あの魔物を扱うことは損と考えるべきでしょう。
「30体程呼び出して集団運用しようか。単体での弱さを考えると、失った場合の魔力が勿体無い」
こうして新しい魔物は密林の片隅に大きな巣を作る事を許されるのでした。




