十七日目(前編)
今日は朝早くからご主人様が、魔物を探しておられるようです。もう新しい魔物を呼び出さなくとも、この迷宮の守りは磐石といえるのですが。
「折角だから色々な魔物を試してみよう」
目の前に飲み物を置く私に、ご主人様は仰るのでした。
モニターには蜘蛛に似た魔物達が並んでいます。どうやらご主人様はこれらの魔物を使って何かをやろうと考えておられるようです。強い毒を持った小型のものから、人間より二周りも大きなものまで。
「この魔物とこの魔物は、たとえ主であっても見境無く襲ってきますよ」
私に指摘を受けるとモニターに浮かんでいるリストから魔物をはずすご主人様。
昆虫型の魔物は恐れを知らず勇敢に戦ってくれるのですが、少々貪欲な欠点ももっています。オーブからの命令を受けると、たとえ手足をもがれようとも忠実に冒険者に向かって行ってくれるのですが、同種の魔物以外に仲間意識を持ちません。空腹になれば付近の魔物を手当たり次第に捕食します。更に厄介なのが、動物型の魔物と違い繁殖によって生み出される魔物の数が多い事です。
昆虫類は海洋生物程ではありませんが、一度に生み出される魔物の数が凄いので管理がとても難しいとされています。動きの遅い昆虫型であれば、管理もしやすいかもしれませんが、蜘蛛の魔物は動きが素早く、糸といった絡め手を持っており、更に共食いまで行うという管理者泣かせの魔物と言えるでしょう。もっとも、ご主人様が仰るには、蜘蛛は昆虫では無いそうですが。
糸による罠を張って戦うという戦法は迷宮と相性が良さそうですが、問題は彼らがうまく機能してくれるかどうかでしょう。手当たり次第に迷宮の魔物を捕食し、繁殖を行いまた捕食といった事を繰り返されて蜘蛛だらけの迷宮になってしまったという事を聞いたことがあります。その後は共食いして繁殖してとしばらく繰り返したら、次第に数を減らしていったと言われています。常に一定の数の魔物がいなければ、迷宮の守りとして使えませんから、これは失敗例です。
「昆虫型の魔物には意外と使えるものが多いです。特に女王を中心とした組織を作る種類の魔物は、迷宮と相性の良い魔物です」
さりげなく他の魔物を薦めておきましょうか。変な魔物を扱われて、何かあった時に退治を命じられるのは嫌ですから。
「そういえば、迷宮管理センターに別料金を払えば上位の魔物を扱わせてくれると、ミランダが言ってたね」
「はい、あこぎな方法だと言われており、あまり管理者達から支持されていない手段ですが、可能です」
正直現在の防衛力に不満はありませんが、そういった方法も用意されています。
使い魔を購入した場合と違い、一種類ずつに別料金が発生する為にあまりメリットが無い方法と言えるでしょう。最近は、その方法でしか使用出来ない魔物も増えています。そしてそれによって味を占めた迷宮管理センターでは、くじ形式で特別な魔物が扱える権利等が当たるという方法まで生み出されているのでした。
その悪名高いくじ形式の商売は、一等スカイドラゴン二等グレートデーモンといった感じで、十等まであるのですが、既に手に入れた物を再び当てた場合には、何の得もありません。ちなみに魔物が貰えるわけでは無く、その魔物を使用する権利が貰えるだけです。更に、その権利は他者へ譲渡する事が出来ないとされているのでした。
通常の方法よりも、追加購入した魔物のほうが全体的に強く、更にそれ以上に元の性能を強化されている魔物は、くじでしか手に入りません。これにより迷宮管理センターは評判を落としましたが、多大な利益を上げたと言われています。魔王クラスになると、使い魔数十体分のお金を注ぎ込む管理者もおられるそうですから。
「あの手の商売は、のめりこむ人はとことん行くからな」
嫌そうな顔をされるご主人様。既にご存知のようでした。
「でも、予算を決めて行われる分には何の支障も無いと思います。それで一等の魔物が当たれば素晴らしい働きを期待出来ますよ」
いつの間にか現れたミランダがしきりに薦めているのでした。より評判の悪い商売を。
「嫌、今回は追加購入しか考えてないよ」
誘惑に屈しないご主人様です。
「確かに、資金には余裕もありますし。捕えた冒険者の数も相当ですから、すこし冒険してみるのもいいかもしれませんね」
つい私も勧めてしまうのでした。誰でも当たった時の事を考えてしまいますから。楽しそうですし。
「これとか、どうかな?安いみたいだ」
我々の誘惑を振り切ったご主人様の目に一体の魔物がはいったようです。それは試作の段階の魔物を使用する権利を安く売っているものでした。新しく作られた魔物は、こうやって一部の管理者達に安く提供され、その使い勝手や問題点について情報を集め、改良されて商品となります。これらの魔物は、先着順で限られた管理者にしか、権利が与えられず使用感等は不明な場合が多い為、上級の管理者以外は使いこなせないと言われています。
その魔物はパーウクと言い、見た目は普通の女性ですが、その下半身は蜘蛛になっているというよくある合成魔物でした。異なる種族の体を組み合わせるという方法で生み出された魔物は、他にも大量に存在します。ですがその殆どが、組み合わせたそれぞれの体を生かすことが出来ず、あまり優秀とは言えない魔物が多いのでした。
「どうして蜘蛛にこだわるのですか?」
「糸を集めて奴隷達に紡がせて何か出来ないかと思って」
ご主人様にはそのような思惑があったのでした。
「普通の絹や綿であれば、迷宮管理センターにございます。他にも、炎の属性を持った狐の毛皮等、変わった物もありますので、お探しになってはいかがですか?」
懲りずにミランダが商品を薦めています。どうやら彼女は、裁縫関係には疎いようですね。お勧めする商品に魅力を感じません。知識が足りないのでしょう。
「試作の魔物は危険な面もあります。一応人型なので、それなりの知能を有しており命令も聞くようですが、よくお考えになられてはどうでしょうか?」
「大丈夫だろう。たとえ異常発生した所で、屋敷の上は極寒の階層が続いているからここへは来れない。手当たり次第に襲い掛かってくる奴じゃなければ、オークにでも糸を集めさせておけば問題は無いだろう」
確かに、極端に温度の低い階層を幾つも突破しなければ、ここへは辿り着けません。あの階層を無事に進む事が出来るのは、実体を持たない幽霊か冷気に耐性を持つ魔物だけでしょう。ご主人様の選ばれた魔物は、冷気に弱いとされている為、我々に危険が及ぶ事は無いはずです。
やがて呼び出される蜘蛛の下半身を持つ女性の魔物。癖のついた長い金髪にこれといって特徴の無い顔立ち、何も身につけていない為にそのふくよかな胸が露わになっていますが、腰の辺りから黄と黒の縞模様の蜘蛛の胴体が付いている為か、まったく魅力を感じませんね。ですが、一応は女性らしい体形を持っている為、幼児体形のミランダは魔物を冷たい目で見ているのでした。
人語をある程度理解し、ご主人様に対して忠誠を誓う素振りを見せるパーウク。彼女は第一階層において数体試験的に運用されるのでした。彼女自身に聞いたところ、あまり戦闘能力も高くはなく、糸を吐いて獲物を捕えて体液を吸うという戦い方を行うそうです。一応、獲物を麻痺させる毒を持っており、糸によって罠を作る事も可能だと言っていました。また一体のみでの繁殖が行えますが、一階層の生態を乱さぬよう言い聞かせていますから、異常発生の心配も無さそうです。
購入時の情報では高い戦闘能力と知能を有しているとされていましたが、彼女は戦闘は自信が無く、強力な力も牙も無いと言うので密林の片隅に配置する事が決まるのでした。炎属性に対しても弱いらしいので、冒険者との戦闘能力はあまり期待出来そうにありませんね。もっとも、下手に強い魔物だと手が付けられなくなる事もあるので、この魔物は丁度良かったのかもしれません。
見た目が災いして魔物を扱おうという管理者がいなかった為、長い間センター内で放置され、処分される事が決まっていた矢先のご主人様の厚意に謝辞を述べるパーウク。あの態度を見る限りでは有用な働きも期待出来るかもしれません。
我々は、新たな魔物の活躍に期待しつつ迷宮の扉を開くのでした。




