十四日目(中編)
「迷宮の床に魔法をかけて気圧を下げたりって出来るのかな?」
唐突にご主人様がまた奇妙な事を仰ります。
「気圧とは何でしょうか?」
「空気にかかっている圧力だよ」
すかさず聞き返す私に、ご主人様は言いました。目に見えない空気にどうやって圧力をかけると言うのでしょう。圧力とは何かで押しつぶしたりする事なのは分かりますが、それで何の意味があるのかまったく分かりません。
監視室内に不穏な空気が流れると共に沈黙が訪れるのでした。私やミントは慣れているのですが、他の皆はこういった事態は初めてでしょう。ミランダなんかはご主人様の事を、可哀相な人を見るような目で見ているのでした。きっと彼女はとんでもない主の所へ派遣されてきたと思っているのでしょう。
「魔方陣を描いてその上にあるものを持ち上げたりすることは出来ますが、空気など……」
シャハルラムも呆れ顔で言います。白く長い顎髭を触りながら目を細め、ご主人様を見ているのでした。
ご主人様はおそらく罠についての話をされているのでしょうから、ここは私達使い魔だけで話を聞きたいところです。エミリヤとシャハルラムは魔法について詳しく、それに対して私とミントは魔法を使えず、ミランダはまだ未熟な使い魔です。この二人が話に参加していては使い魔の沽券に関わります。ただでさえミントが無能さを見せ付けているというのに。
「申し訳ありませんが、ご主人様がどのような物を望まれているのか、私達には分かりません」
私は正直に申し上げました。今までの経験上、何か例え話などが出てきてくれると、それに合わせて良い案が浮かぶ事が多いので。
「高い山の上のような環境を作りたいんだ」
残念ながら例え話は役に立つものではありませんでした。ご主人様は迷宮の中に山を作りたい等と仰られています。ここは我々使い魔ではなく回復魔法士の出番でしょう。ご安心ください、私はたとえご主人様がおかしくなられてもずっとお傍にいます。
「高い山の上だと疲れやすいとか感じたことはあるだろう」
「そりゃあ、高い山に登るのは大変ですから。疲れるのは当然ですわ」
ミントがもっともらしい事を言っていますが、ご主人様はそんな事を言いたいのではないのでしょう。
「階層だけ他の場所に作り、ワープゾーンによって離れた場所にある階層同士を繋ぐ事はできます」
突然ミランダが淡々と答えるのでした。
容姿に似合わずに頭脳明晰なミランダ。折角の愛らしさも口を開けば影を潜めてしまいますね。
「ワープゾーンは気取った管理者の方に、階段と同じ使われ方をする事が多いのですが、離れた場所に別の階層を作り、荷物等の搬入口や脱出口として利用する事も出来ます。ただそこから冒険者を招き入れる事は出来ません。複数の場所を一つのオーブの所有者が独占する事は禁じられていますから」
私達の半分ほどの背丈しかない、小さな子供のような体をしていながらスラスラと答えるミランダ。
確かに冒険者を招き入れる入り口が、世界各地に散らばっていればそれは便利でしょう。でも他の管理者は黙っていないでしょうね。自分の迷宮の近くに他の迷宮が出来る事すら争いの火種になるというのに。
「それは、冒険者を招く入り口でなければ良いのかな?通気孔とかなら大丈夫?」
「はい。それと迷宮は入り口からオーブまで通路や部屋が繋がってなければいけません。小さな孔しか繋がっていないとなると、地脈が乱れてオーブが力を失うと言われています。冒険者がオーブまで辿り着ける構造であれば問題は無いと思います」
ミランダの言う事は以前、私がご主人様に説明させて頂いたものと同じですね。私は迷宮管理センターでの決まり事としか思っていませんでしたが、もっともらしい理由があったのですね。
「よし、それなら標高の高い山の中にでも新しい第二階層を作って、迷宮と繋げよう」
ご主人様はミランダの出した解決策にご満悦の様子です。ワープゾーンは階段と違い、維持の為に魔力が必要ですが少量なので問題は無いでしょう。
大陸の東側の高い山脈の内部に階層を一つだけ作られ、今までの第一階層と第二階層を結ぶ階段の変わりにワープゾーンを置かれ、それぞれを繋ぎます。これにより第一階層の密林からワープゾーンによって新しい山の中の第二階層へ移動し、更にワープゾーンによって一段下がる事になった旧第二階層へと移動する事になるのでした。ややこしい話ですが、どうもご主人様は途中に階層を継ぎ足すのが好きなようですね。毎回これをやっています。
新しい第二階層は、所々壁に小さな通気孔が設けられており、幅の狭い迷路状の通路の途中に幾つかの大部屋を置く構造になっているのでした。この階層には不死系の魔物や魔法によって動く、非生物系の魔物を配置しているようです。
お馴染みの骸骨の兵や魔法で動く鎧、新たにゴーストという実体を持たない魔法使い系の幽霊、鈍重ですが土で作られた頑丈な体を持つゴーレム、金切り声をあげて冒険者に恐怖を与え弱体化させるバンシーという女性型の不死系の魔物が配置されています。ついでにシャハルラムも既に人間を辞めていますからこの階層に置くと良さそうですね。彼は不死系の魔物を召喚出来る事ですし。
「ご主人様は迷宮にザコーンを置かれないのですか?」
今度はミランダが訳の分からない事を言うのでした。そしてザコーンについての説明を行う彼女。
ザコーンとはつい最近、迷宮管理センターが考え出した設置物の事でした。迷宮内に設置する事で様々な効果を発揮するそうです。ザコーンには属性といった概念があり、一階層毎に一つの効果を付与する事が出来、迷宮全体を同一の属性にする事でより大きな効果を発揮するというものでした。それぞれの階層に別々の属性を付ける事は出来ますが、一つの階層に複数の属性を与えることは出来ず、また冒険者にもその効果が及ぶとのことでした。属性は、斬撃、刺突、打撃といった攻撃系や火や水といった魔法効果系や毒や麻痺といった状態異常系、種族毎のもの等、多岐に渡るもので数十種類も存在するようです。
「ザコーンはそれぞれの属性に該当する攻撃や防御の手段を強化し、属性に合った魔物を自動で復活させたりといった素晴らしい効果を発揮してくれます。是非購入されてみてはいかがですか?ちなみに売れ筋は、魔法効果系となっております。例えば火の属性のザコーンと魔物で迷宮を統一し強力な火力で冒険者を焼き尽くす等といった戦法が取られたりしております。」
急に商品の宣伝を始めるミランダ。ミントが無能なせいで忘れていましたが、使い魔の主だった目的は迷宮管理センターの商品の宣伝でしたね。そういう私もご主人様に買われる以前は、よく商品の宣伝をしていました。
「他にも新たな効果の罠やアイテム、新規の魔物が開発されております。是非一度ご覧になってください」
「ザコーンは龍族が昔から使ってた戦法ですね」
エミリヤが呟きます。
「元冒険者の視点から言わせてもらうと、魔族は龍族より迷宮の活用が遅れておるから攻略しやすいと評判じゃ……」
シャハルラムも偉そうに続けますが、私達に睨まれておとなしくなるのでした。
そういえばラミアの迷宮には龍を模った飾りが大量に設置されていましたが、あれは龍系統の魔物を強化する目的があったのでしょう。私は龍族は自己掲示欲が強いのだと思っていました。ちなみに、リザードマンも龍系統にあたるそうです。
「火とかで統一したら対策を取られそうだな。種族での統一も弱点が大体似通ったものだし」
「火の対策の水にさらに対策して雷の魔物を隠しておくといった方法も取れます。殆どの魔物は色々な属性を持ち合わせておりますから、階層毎に合ったザコーンを設置したりと試行錯誤を繰り返して最高の迷宮を作られてはいかがでしょうか?」
慌ててご主人様に返すミランダ。営利目的の宣伝はご主人様には通用しませんよ。
「何度も買いなおしたりは勿体無いな。そのうち流行とか冒険者の傾向とか発表しだして色々買わせようとしてきそう」
冷ややかな態度のご主人様に何も言えなくなり、俯くミランダ。泣きそうになっている彼女に同情したのか、ご主人様は言います。
「ま、まあ試しに恐怖系のザコーンで迷宮を統一してみようか」
恐怖の状態異常は、冒険者の能力を下げると同時に恐慌状態に陥れ逃げ出させるものです。麻痺や睡眠といった強力な状態異常と比べると効果はあまり良いとは言えない為、ザコーンの中ではとても値段の安いものです。多くの不死系の魔物達がこの属性を持っていますね。一応はこの迷宮に合っているともいえなくもありませんが、これはミランダに配慮しての選択でしょう。ご主人様も、あまり期待はされていない様子です。
「ありがとうございます。是非効果を体感してください」
笑顔に変わるミランダ。ご主人様は魔物達は使い捨て同然に扱われますが、私達には優しいお方です。
「一般的にラメラーアーマーとスケイルメイルってどっちが安いのかな?」
「ラメラーのほうが安いかのう。作業工程が少なく単純な作りのうえに金属に厚みがありませんな」
ご主人様に対してシャハルラムが答えるのでした。
ラメラーアーマーとは薄い金属で出来た小さな札の上部のみを内側のキルトに縫っていき、お互いの札が被さるようにぶら下げて体を覆う鎧です。スケイルのほうは厚みのある鱗状の金属を一枚一枚完全に縫い合わせて体を覆うもので、前者よりも重いですが頑丈です。
「一部の骸骨達の内部に以前から作り続けている火薬を詰め込み、ラメラーアーマーを着せて前線に出そう。敵に近付いたり倒された骸骨に、ゴーストが火の魔法を使って爆発させるように。骸骨はリザードマンとかよりも弱い代わりに安いし、シャハルラムも召喚できるし。飛び散った金属片と骨片で冒険者に被害を与える。金属片は骸骨達に拾わせて、自分達で縫いつけさせて再利用だ」
自信満々で仰るご主人様。ザコーンの復活機能も考えての事でしょう。
「多分、上部や下部に爆風が逃げるからあまり殺傷能力は強くないけど、変わりに冒険者の捕獲がしやすいだろう」
命の無い魔物だからといってその扱いはどうかと思いますが、比較的少ない被害で冒険者を排除出来そうではありますね。シャハルラムが暴れてくれたせいで魔物の数も大分減りましたし。魔物が再び繁殖によって増えるまでの時間稼ぎとしていいかもしれません。
私達は、ザコーンの設置や魔物の準備をはじめるのでした。




