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十四日目(前編)

 私が目を開けると同時に飛び込んでくる、赤と黒を基調とした色の寝具。室内に飾る妙に造形に拘った骸骨や龍の置物や机と相まって独特な雰囲気がでているのでした。また壁には武器等も飾られており、片刃の大きな曲刀や棘の生えた丸い頭部を持つ鈍器が、天井からの光を受けて鈍い輝きを放っています。


 部屋から出た私は、居住区を歩き回り監視室へと向かうのでした。オーブを調べてラミアの迷宮の全容を調べようと思っています。もしかすると、ご主人様の迷宮に流用できる仕掛けがあるかもしれません。


 居住区に溢れている魔力、その元を辿って通路を進んだ先には金属で作られた大きな扉があるのでした。人間数人が並んで通る事ができる程の幅を持ち、表面に大きな龍を模った飾りがついています。その龍の目に当たる部分には、赤い宝石が埋まっており妖しく輝いているのでした。


 取っ手を掴み思い切って押すと、重厚なつくりの扉は音を立てて開いていき、徐々にその隙間から白い光が溢れてきます。初めはまばゆい光によって室内の様子はつかめなかったのですが、次第に目が慣れていくことによって、その姿を明らかにしてゆくのでした。


 中央に飾られた通常の物よりも一回り大きなオーブ。白い光の粒子が金色の球体の周りを常に周回しており、それの真下には金色の龍の飾りが支えているのでした。オーブには赤や青や白い色をした紐が何本も繋がっており、その紐は回りに置かれている多数のモニターへと繋がっています。紐はオーブの機能を制御しモニターへと伝える為のものですが、まず私はその異常な本数に驚きました。


 モニターへ繋がっていない紐は、かわりに部屋の至る所へと置かれた銀色の箱につながっています。私が近付くと銀色の箱は鈍い唸り声を上げているのでした。私の背丈ほどもある大きな箱、表面に何の飾りも無く、塗装すらされていないそれは龍族が作ったものとは思えませんでした。私は恐る恐る手を伸ばして箱に触れてみたところ、その表面は熱を帯びています。触れた瞬間、私は思わず伸ばした手を引っ込めるのでした。


 火傷するほどではありませんが、おそらく其れなりの熱を帯びているでしょう。長時間掴んではいられないほどの熱さでした。そして室内に大量に並べられた箱すべてが熱を放っています。ここに来た当初は気がつきませんでしたが、この室内の温度は箱から発せられる熱によって暑いぐらいになっているのでした。


 私の脳裏にある考えが浮かぶのでした。このままではこの箱は自身の熱によって溶け、やがて炎を発するでしょう。折角のオーブや迷宮がこのままでは燃え尽きてしまうかもしれないのです。この箱をすぐにでも冷やす必要性があります。


 周囲を見渡したところ、部屋にはオーブとモニターと箱以外は机しか置かれていません。全体的に薄い緑色をしたこの部屋は、赤い内壁で彩られたラミアの迷宮の一部とは思えませんでした。まったく装飾の無い室内に、必要な物だけを用意した部屋。何か理由があるのでしょうが、残念ながら私には分かりません。私はこの場所に箱を冷やす為の物が無い事を知ると、部屋をあとにするのでした。


 居住区を歩き回り賄室へと辿り着いた私は、大きな水差しを手に取ります。次に水差しへと一杯の水を注ぎ込み、先ほどの部屋へと急ぐのでした。水で満たされたそれは、両手で持ち上げるのがやっとといった重さでしたが、贅沢は言っていられないでしょう。私は両腕を水差しに回し、抱きかかえるようにして、中の水を零さないよう注意しつつ歩くのでした。


 水の冷たさが腹部に伝わると同時に水差しの表面にできた水滴が私の服を濡らします。一歩一歩歩くごとに内部の水が揺れ、私の腹部へとその振動が伝わってきました。私は奇妙な感覚を覚えますが、迷宮のしいてはご主人様の為を思い運びます。ご主人様の事を思えば、こんな水差しなど軽いものでしょう。



 私が水差しを抱えてオーブの置かれた部屋へと戻ると、そこにはラミアとバハムトがいるのでした。二人は何やらオーブについて話をしているようです。表情からは困った事態が起きている事が容易に察する事ができます。おそらく銀色の箱が熱を発している事について悩んでいるのでしょう。火事になったら困りますから。


「後一歩なんだが、何かが足りない」

「旦那様の厚意に答える為にも、何とかして完成させないと」

頭を抱えるバハムトと焦った様子を見せているラミア。


 椅子に座りうなだれているバハムトに寄り添い、必死に励まそうとしているラミア。どうやら二人は既に心を通わせ合っているようです。私とご主人様同様に。二人の姿に私は本来あるべき、迷宮の主とそのサポートをする使い魔としてのあり方を見た気がするのでした。お互いが励ましあい、協力して目標を達成する姿。それは私が初めて迷宮管理センターから派遣された時、最初のご主人様に仕えた時に感じた事と同じものでしょう。種族は違えど私達のあり方は変わらないものだったのです。


 きっと二人は幸せに暮らしていけるでしょう。ラミアを手放すのは惜しいと思っていましたが、彼女の幸せの為には婚約を進めるのが最良の選択でしょう。心の通った二人の仲を引き裂くなんて考えられませんから。私は二人の姿に、自らとご主人様の姿を重ねて考えるのでした。


 私は二人の悩みを解決する為に、抱えた水差しを銀色の箱に傾けました。水差しの口から勢い良く出た水は、熱を発している箱に降り注ぎます。水のかかった箱は火花と共に白い煙を発し、バチバチと大きな音を立てるのでした。部屋中に薄い白煙が立ち込め、水のかかった箱からは低い唸り声が聞こえなくなります。


「お姉さま、一体何を?」

白い煙の向こうでラミアがこちらを見ているのでした。煙のせいで表情はよく分かりませんが、困惑している様子だと思います。いくらラミアといえど熱くなった箱を冷やす為に水をかけるという発想は思いつかなかったのでしょう。


 ラミアの隣で、声にならない声を上げて椅子から倒れるバハムトの姿がありました。煙でも吸ってしまったのでしょうか?まあ放っておいてもラミアが彼を助けるでしょう。それよりも他の箱も冷やしていきます。煙が出たという事は水が熱を奪ったという事でしょう。水によって箱を冷やすという私の考えは正しかったことが窺えます。


「お姉さま。お願いします、もうやめてください」

二つ目の箱に水をかけた私に、急にラミアが抱きつくのでした。彼女の大きな胸の感触が私の腕を包みます。おそらくバハムトもこれにやられたのでしょう。


「何を言っているのです?冷やさないと火事になってしまいますよ」

「あと少しだったのに……」

床へと崩れ落ちるラミア。一体どうしたのでしょう?泣きそうな顔をして床に座り込んだラミアに驚いた私は水差しをその場に置くのでした。



 彼女の話では、この箱は雷属性の魔法によって動く機械というものであり、水をかける事で雷が全体に伝わり壊れてしまうとの事でした。どうやら私は大変な事をしてしまったようです。少々の熱を発するということは想定されており、特に気にする必要は無いらしいのでした。ちなみに二人は熱についてでは無く、送還の機能がうまく働かない事について悩んでいたというのです。


「あとは私がなんとかしますから、お姉さまはひとまずお帰り下さい」

ラミアは泣きながら私に言うのでした。



 すっかり意気消沈してご主人様の迷宮へと戻った私を、金髪を耳元まで刈り上げた奇妙な髪形をした目の大きな少女が迎えるのでした。見た目の年齢は10代前半といったところでしょうか?愛らしい容姿と整った顔立ちから察するに、召喚魔法士の使い魔でしょう。


「リリ先輩。始めまして、使い魔のミランダです」

スカートの両端を摘み、お辞儀する姿はとても愛くるしいですね。私の心が洗われるようです。


「ご主人様が成長型の魔物を用いて実験を行われるそうです。一緒に行きましょう」

私を潤んだ瞳で見上げながら喋るミランダ。私は早速監視室へと向かうのでした。


 モニターには迷宮内の片隅に作られた大部屋が二つ映っています。片方の大部屋には、進化鼠だけ200体がおり、もう片方の部屋にはグラトニーウィッチのみが200体。そしてモニターを見つめるご主人様とエミリヤとシャハルラム。どうやら彼も自由に屋敷内を移動する事を認められたようです。魔法のかかった首輪を付けられている為、勝手な事は何一つ出来ないので安心です。


「同じ型の魔物だけを集めて戦わせて、これを繰り返して生き残った魔物同士で戦わせれば順調に強くなってくれるだろう」

ご主人様は自信満々に仰ります。


 確かに他の魔物と戦わせていればどの魔物が生き残るか分かりませんが、同一の魔物同士が戦えば最後に残る魔物も同一の魔物でしょう。二つの大部屋で同じ事を繰り返して、別々に鼠と魔女を育てるつもりみたいです。幸い牢屋には多数の奴隷達が入っていますから、魔力には余裕もありますね。


 ですが、私の心は魔物どころではないのでした。ご主人様にラミアの迷宮での一件をどう報告してよいのやら。なんせ自らの手で完成間近のオーブを壊してしまったようですから。


「さあ、うまくいくかな?」

ご主人様は魔物同士の戦いに夢中になっておられるようです。私がどうやて話を持っていくか悩んでいるところ、急に監視室の扉が開きミントが慌てた様子で入ってくるのでした。


「リリ先輩、ラミアが大騒ぎしてましたよ」

ラミアに負けない程の騒ぎ方でミントが言うのでした。


 あろうことか、監視室内のすべての顔がミントに注目しています。ご主人様もモニターから目を離して、彼女の次の一言を待っておられる様子です。私はこの場から逃げ出したい気持ちで一杯になりました。大勢の前で大失敗を暴露されるのですから。


「なんでも機械に水をかけて短絡して何とか……。」

ミントは曖昧な内容を話しているのでした。専門的な用語が出てきたので、私にも意味は分かりません。出来る事なら、このまま曖昧な内容のまま話が流れて欲しいところです。


「とにかく、リリ先輩のおかげで送還機能が完成したみたいですよ。今ラミア達が最終的な調整を行っているとか言ってました。数日のうちにこちらへ持ってこれるそうです」

笑顔を見せるミントは予想だにしない事を喋るのでした。

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