十三日目(中編)
屋敷へと帰還した私は、ご主人様の居られる監視室に向かいます。ご主人様は、足を組んで椅子に座り、憂いを帯びた表情でもってモニターを見ているのでした。私が近づいてもその姿勢を崩さず、気になった冒険者の行動をノートへと書き記しておられるようです。
ノートには相変わらず冒険者の年齢や性別や見た目から判断した職業に装備等の項目が、わかり易いように四角の線でパーティー毎に区切られて事細かに描かれているのでした。最近は複数の魔物を相手に、パーティーがどのような行動を取ったかを気にしておられるようです。
中には気に入った容姿の人物や服装等も記載されているのでした。パーティー内の特定の人物を優先的に捕らえるといった命令を下されるのは困りますが、図解付で描かれた服装には興味があります。ご主人様のおすすめとあらば、是非とも参考にさせて頂きたいところです。
大抵は、鎧で身を包んだ前衛が魔物の攻撃に耐え、その前衛を後方の冒険者が回復させ、攻撃役の冒険者が厄介な魔物から順に片付けてゆく戦法がとられているのでした。これらに対抗してご主人様は、他の魔物達を交戦中のパーティーの後方に向かわせたり、弱い魔物を大量に配置することで対策をとられています。他の方法では、強力な魔物を徘徊させる事で簡単に敵の守りを崩せるのですが、同時に迷宮からの撤退といった事態を招くため、あまり良い方法ではありません。
「ご主人様、ラミアの元から報告に戻ってきました。残念ながら送還の機能の付いたオーブの完成には今しばらく時間がかかるようです」
ゆっくりとご主人様の背中越しにモニターを覗き込みながらいいます。
わざわざ目を近づけなくとも見えるのですが、新しい使い魔も入ったことですし、自らの存在を再確認して頂く為にもこういった行動は必要でしょう。エミリヤという厄介な僕もいますから、ご主人様の中で私の価値はどれほどのものか分かりかねます。
「オーブの完成を待って婚約といった方法がよろしいかと思われます」
返答を待たず続けた私には、ノートに描かれた服装の一つが目に入ってくるのでした。
寝巻きに似たゆったりとした上着と、同様の短めのズボンに似たスカート、長い靴下、これは動き易そうで気に入りました。わざわざ描かれているのですからご主人様も気に入っておられるのでしょう。早速、後で奴隷にでも作らせましょうか。ここでも私は、ご主人様から情報の大切さを学ぶことになるのでした。
「リリがそう言うのなら間違いは無いだろう。引き続き観察をお願いするよ」
私の急な接近に対して、心なしかご主人様は少し驚かれた様子です。そろそろクリエの事について話しましょうか。
ご主人様を背後から抱きしめるように手を回す私。そしてゆっくりと耳元に口を近づけ、言いました。
「お願いがあります。ラミアから冒険者を一人預かって来たのですが、それ私に下さいませんか?」
ご主人様に対してこのような手段を取るのは不本意ですが……。しばらくの沈黙の後に、ご主人様は仰られました。
「えっと、それは男?女?」
私のせいで動揺されておられるご主人様の姿を見るのは心が痛みました。
「女の有翼人です。ご安心下さい、私はご主人様の事しか心にありません」
「わかった。好きにしていいよ」
「わがままを言って申し訳ありません」
ご主人様の温もりをしばらく味わった後、私は手を離すのでした。実際の所、私のほうがご主人様よりも遙かに動揺していたのですが。
「そ、そうだ。面白そうな魔物を見つけたのだった」
話題を変えようとしておられるのか、ご主人様は不意にオーブを操作し新しい魔物を呼び出されます。
進化鼠、少ない魔力によって呼び出すことが出来る魔物ですがとても弱く、繁殖能力が無い替わりに寿命を迎えることがありません。また、敵を捕食する事によって様々な魔物へと姿を変えながら強くなっていく鼠です。育てるのは難しいですが、たとえドラゴンになったとしても魔物の維持に必要な魔力は鼠の頃から変わらないという特徴があるのでした。
グラトニーウィッチ、美しい少女の姿をした魔物です。弱い魔物ですが、相手の魔力を吸う事によって強くなっていくと言われています。相手の魔力がない場合は生命力を吸い取るようです。ですが、周囲に存在する魔物に対して見境なく攻撃を仕掛ける為、大抵は反撃によって命を落としてしまう儚い魔物です。迷宮の主の命令には従うので、手がつけられないといった事にはなりませんが。
アストラルボディ、実体を持たず単体では戦闘力がありませんが、他の魔物や人間の死骸に取り付く事によってその体を動かし戦うことが出来る魔物。呼び出す為に必要な魔力は多いのですが、取り付いた体の損傷が激しくなると、すぐに本体が逃げ出す為あまり役には立ちません。本体は物理攻撃は全く利きませんが、魔法や特殊な効果を持った武器による攻撃の前にはすぐに消滅してしまう魔物です。敵の命を奪う事で、姿形こそ変わりませんが耐久力等の能力が上がっていくと言われています。この魔物は、魔法を使う冒険者がいないときは使えそうですね。
ご主人様は、これらの魔物を呼び出されるのでした。多くの迷宮管理者が、一度はこの手の成長型の魔物に期待を抱くのですが、役に立ったという話はあまり聞きませんね。元々の能力が低く、生半可な成長では実用的な魔物にはなりません。迷宮の管理を軌道に乗せた主が、娯楽として育成を楽しまれる程度の価値しかない存在です。とある有名な魔王は、捕えた冒険者達を次々と魔物の餌として使い、最終的には強力な魔物へと育て上げたと言われています。あくまで噂ですが。
ご主人様も管理者として余裕が出てきたと見るべきでしょうか。まあ、失敗は教訓となるので今は黙っていましょう。こういった事は、実際に経験してみなければ実感できませんし。私は、半ば呆れながらも監視室を後にするのでした。
私の目の前には部屋の中央にて、目隠しをされ猿轡を噛まされ、両手足と翼を縄で縛られたクリエがいるのでした。可愛らしく癖の付いた赤毛は薄汚れており、着ている服も所々破けていて、とても痛ましい姿をしています。彼女は室内に私が入ってきた事を感じた為、恐怖で震えているのでした。刺激しないようにゆっくりと近付いた私に、呻き声によって意思を伝えようとするクリエ。
私は彼女の周囲を一周して、怪我や欠損等が無いか確認するのでした。注意深く隅々まで見る私。幸いこれといった外傷は見当たらず、安心しました。この迷宮で捕えている回復魔法士を呼ぶ必要はなさそうですね。それにしてもどうして捕えられたのか気になるところですが、あえて聞く必要もないでしょう。嫌な事を思い出させてしまっては可哀相ですし。
「お願いします。いう事を聞きますから、殺さないで」
私が話をする為に猿轡を外すと同時に喚き散らすクリエ。
「大丈夫ですよ。今、楽にしてあげますから」
彼女を拘束している縄に手を掛けると、身を捩って這うようにして逃げるのでした。
「やめて。どんな事でもしますから。命だけは」
悲痛な叫び声が室内に響き渡ります。クリエは私の声など忘れてしまったのでしょうか?
私は、恐怖の余り歯を鳴らせている彼女を抱きしめ、落ち着かせようと何度も話しかけるのでした。ですが、彼女はひたすらに助命を請い、震えています。以前、街で会った事を話しても彼女の態度が変わることはありませんでした。それどころか、私が誰であるか分かっていないようです。
「これからは迷宮に関わらず、静かに暮らすのですよ」
そう伝えた私はリザードマンを呼びつけ、彼女を安全に外まで運んだ後自由にしてやるように命じます。
そしてリザードマンに抱えられるクリエの手に、以前一緒に購入した翼の羽根と幾らかのお金を握らせます。運ばれていく彼女の姿を見ていた私は、益々沈んだ気持ちになっていくのでした。




