十二日目(前編)
耳元で囁く声によって覚醒した私は、モニターから発せられる光に思わず目を細めるのでした。刺すような光に次第に目が慣れていき、やがて映った映像を知覚出来るようになります。
「リリ先輩。リッチ退治にいきますわよ」
いつの間にか全身を鎧で包んだミントの姿がそこにあるのでした。彼女の中ではシャハルラムはもうリッチとなっているようです。ちなみにミントの姿は、あの鉄仮面と酷似していますが。
意外な事に私よりも早く目覚めたミントは、既に準備を済ませていたのです。いつものように寝過ごし、仕方無く彼女を起こしに行こうと思っていたのですが、今日はお互いの立場が入れ替わりましたね。
彼女は初めての強敵との戦いを前にして、緊張しているのかも知れません。それよりも出来るのなら、いつも自分で起きて欲しいところですが。まずはオーブを操作し、連れて行く魔物を選びましょう。モニターに魔物の絵と名前が並び、その中から役に立ちそうな魔物を探します。
ご主人様はミントを買った為、迷宮管理者(古参)になられており、今まで以上に扱える魔物が増えています。この事により、ついに使い魔歴の長い私が活躍する日がやってきたのです。迷宮管理センターでずっと事務仕事をしていた私は、ありとあらゆる魔物を熟知しており、敵の能力やパーティーの構成に合った魔物を即座に選ぶことが出来るのでした。色々な面で強い魔物は誰でも選べるでしょうが、私ともなれば低コストで必要最低限の魔物を選ぶことが出来るのです。
敵は骸骨達を連れていますから、まずブルーキャンサーという大蟹を選びます。この魔物は、水や冷気の耐性を持つ硬い甲殻で覆われたカニで両手についた大きなハサミで攻撃をする事が出来ます。比較的少ない魔力で作り出せる魔物ですが、硬い甲殻に守られた身体は刃物による攻撃を受け付けません。骸骨やシャハルラムにとって脅威といえるでしょう。もっとも横にしか移動出来ない為、複数体用意しておかなければあまり役に立ちませんが。五体もいればいいでしょう。
次に、魔吸羽虫を大量に用意しましょうか。低ランクの小さな蝿の魔物なので、動きも遅くすぐにやられてしまいますが、敵に取り付いて魔力を少しだけ吸収する能力を持っています。一般的に役立たずと言われていますが、大量に現れ敵に取り付く事で効果を発揮するでしょう。これは最初にご主人様から教えて頂いた戦い方です。見たところ敵は、範囲攻撃手段を持っていませんからこの手の魔物の大量運用は有効でしょう。
最後に、ステルスコングを二体用意します。透明になる能力を持った大猿で腕力自慢です。奇襲戦法を得意とする魔物なのに素手による攻撃しか出来ない為、殺傷能力が低く思われがちですが、ご主人様の捕獲優先という考えに沿った魔物といえるでしょう。急に背後から羽交い絞めにされると、人間の腕力では抗う術はありません。
これでミントに鉄仮面の相手をさせれば完璧でしょう。更に私は念のため姿を隠して戦いを見守り、敵が隙を見せたときに短剣による攻撃を加えます。生け捕りにしたいので、腹部を狙えば問題ないでしょう。
「さあ、侵入者を狩りに行きましょうか。ミントは鉄仮面をお願いしますよ」
「わかりました。やっと暴れられますわ。モニターの監視なんてもうたくさん」
バケツのような兜から頼もしい台詞が発せられます。
「でも、なんでこんな魔物を選びましたの?ドラゴンとかいっぱい呼べばすぐですのに」
これは聞かなかった事にしましょう。迷宮管理センターの耳に入れば、ミントは再教育されてしまいます。
次第に嫌な予感がしてきました。ミントが自信ありげに行動して良い結果をもたらした事は、今まで一度もありませんでしたから。シャハルラム達を勢い余って始末してしまうのなら良いのですが、逆にミントがやられてしまったらご主人様に顔向け出来ません。
これといった取り得の無い少し生意気な彼女ですが、寝食を共にしていると次第に大切な存在へと変わっていきます。彼女の欠点すら可愛らしく見えてくるのでした。そういえば、ご主人様も私の事をそう思ってくれているのでしょうか。もっとも、私は欠点なんてありませんが。
「急がないと、リッチが起きてしまいますわ」
ミントは怒りの入り混じった声で言うのでした。こうしてみるとミントは冒険者のほうが似合っているかもしれません。使い魔としての能力が欠けている事ですし。
全身をミスリル銀の鎧で隙間無く包んでいる彼女なら、心配は無いかもしれませんね。魔物達も連れて行くことですし。なんといっても私達は使い魔ですから、人間に後れを取るはずがありません。
魔物達を引き連れてシャハルラムの野営地へと向かった私達は、極寒の階層にて準備を進めるのでした。
「私とコングは隠密スキルを使って、機会を窺っています。ミントは手筈通りにやるのですよ」
「勿論ですわ。私の実力をリッチに見せて差し上げますわ」
力強い返事を返すミントは勇ましく歩いていくのでした。
骨や皮を用いて作られた家の回りに、大量の骸骨が見えます。こちらの姿を見た骸骨達は一斉に向かって来るのでした。ミントはブルーキャンサー五体に突撃命令を下し、それによって大蟹達は横走りで一斉に骸骨へと襲い掛かります。大蟹の硬い甲殻に跳ね飛ばされ、重量の乗った脚で踏み潰されていく骸骨達。蟹の突進を避けた骸骨は手にした刃物を必死に振るいますが、硬い甲殻に弾かれてダメージを与える事が出来ません。迷宮には硬い物を刃物で叩く音と何かを踏み潰す音が響き渡っていました。ある骸骨はハサミで叩き潰され、またある骸骨は切り裂かれます。
骸骨が駆逐されると同時に、家から鉄仮面が姿を現します。堂々とした風格を持つ鉄仮面は昨日と同じように、全身を分厚い鎧で包み込み、右手に斧左手に盾を持っていました。その付近にいた一体の蟹がハサミを振り上げ、鉄仮面に襲い掛かります。蟹の右のハサミが鉄仮面の盾を挟み、左のハサミで胴体を挟みこみました。蟹の強力な力によって身動きの取れない鉄仮面は、苦しそうに身を捩じらせます。やがて鉄仮面の脚が迷宮の床から離れるのでした。蟹から持ち上げられた鉄仮面は、右手の斧を振り上げ、勢い良く振り下ろします。金属を引っかいたような音と共に、縦に裂ける蟹の姿。鉄仮面の足が床に着くと同時に崩れ落ちる蟹。そこには蟹の体液で全身を濡らした鉄仮面が、立っているのでした。
「もうその仮面、いりませんわ」
短く言い放つと同時に右手の剣を横に振るうミント。その風きり音が鳴ると、一斉に残った蟹達が彼女の傍へと戻っていくのでした。
お互い全身を厚い鎧で包んだ両者は、しばらく睨み合っていました。斧を振り上げ盾を正面に構える鉄仮面に対して、剣も盾も力なく床へと向けているミント。突然、鉄仮面が床を蹴り、まるで風になったかのような速さでミントへと接近していくのでした。十五歩程離れていた距離を一瞬で縮め、ミントへと斧を振り下ろす鉄仮面。対するミントは、ゆっくりとした動作で頭部を仰け反らせているのでした。
迷宮に鈍い金属音が響き渡り、斧が触れるより先に金属のバケツが仮面を砕きます。左手で顔を覆い身を捩らせる鉄仮面に、ミントは右足を一歩踏み込み左手に持った盾を一旦後ろに向けた後、勢い良く鉄仮面の胸へと突き出すのでした。再び金属音が響くと、今度は接近してきた時と同じ速度で後方へと飛ぶ鉄仮面の姿。彼は自らの現れた家へと頭から戻って行くのでした。
上部に大きな穴を開けた家から呪文が聞こえてきました。しばらく聞こえていた呪文が鳴り止むと同時に、家の回りに新たな骸骨が50体現れ、動かなくなった鉄仮面を抱えたシャハルラムが出てくるのでした。彼は無造作に鉄仮面を放り投げると、曲がりくねった赤い刃を持つ奇妙な武器を両手に構えました。
ミントが今度は盾を頭上で振ります。再び蟹が横走りで骸骨達へと走りより、迷宮の天井付近からは気味の悪い羽音と共に夥しい数の魔吸羽虫がシャハルラムへと襲い掛かるのでした。次々と蟹によって粉砕される骸骨達の後方で両手を振り回すシャハルラムの姿。それを見たミントは駆け出し、蟹と共に骸骨を駆逐していくのでした。姿を消している私達も音を立てないように注意しつつ、シャハルラムへと近づいていきます。
骸骨達がすべて片付くとミントは数歩下がり、今度は蟹をシャハルラムへと向かわせます。両手を振るい蝿と戦っている彼を囲むような位置につく蟹達。やがて一体の蟹が彼の後方よりハサミを振り下ろすのでした。真後ろからの攻撃を身を捩じらせ紙一重で避けたシャハルラムは、おもむろに右手を蟹へと向けました。すると音も無く蟹の背中から赤い刃が現れるのでした。彼は蝿を相手にする事を止め、今度はまるで踊るような動作を始めます。踊る彼の周りには赤い物体が弧を描き、同時に次々と体液を散らし倒れていく蟹達。
蟹をすべて片付けた彼は全身に群がる蝿を気にすること無く、ミントを睨みつけているのでした。彼に答えるかのようにわざとらしく盾を構えるミント。シャハルラムが身を屈めてミントへと飛び掛ろうとしたその瞬間、私は背後からそれぞれの手に握った短剣を、彼の背中へと突き立てるのでした。
呻き声を上げて床をのた打ち回るシャハルラムに、二体のステルスコングが彼を捕らえようと詰め寄ります。ですがコングが手を伸ばした先に彼の姿は無く、一瞬で天井へと移動した彼は今度は天井を蹴って鉄仮面の元に降りてきます。そしてあろうことか、倒れている鉄仮面へと両手の武器を突き立て、引き抜くのでした。
立ち上がったシャハルラムの身体からは傷は消えていました。そして怒りをあわらにして、呪文を唱えます。彼の呪文と共に、床に散らばった骸骨や穴の開いた家が渦を描くようにして一箇所へと集まっていき、やがて大きな塊となっていくのでした。
彼が呪文を唱え終えると、塊だったものは姿を変え、骨が隙間無く合わさって人の形を成します。彼の前に立つそれは人間の三倍はあろうかという巨体を仰け反らせ、大きな咆哮を迷宮へと響かせました。
私達の前には骨で出来たゴーレムが立ちはだかるのでした。




