十日目(後編)
ミントの誤解を解いた私は、ご主人様の部屋へと向かいます。私も召喚魔法には興味があります。もし、すべてがうまくいけばご主人様はいなくなってしまいますから。
途中、浴室にかけたままの状態のドレスを取り込んでおきましょう。改めてドレスに目をやると、全体に刻まれた皺はそれほど目立たなくなっていました。平らな物をのせて延ばしたりまた湯気に当てたりすると綺麗になってくれるでしょう。今日は、もうしまっておきますが。
ご主人様の部屋の近くまで行ったところで扉が開き、中からはエミリヤとご主人様が出てこられました。ご主人様に話を伺ったところ、これから屋敷の庭で召喚魔法についての実験を始めるとのことでした。
ご主人様は、一人で監視室に向かわれました。おそらく、オーブを操作して、魔力を増幅させる杖や回復させるアイテムを取り寄せに行ったのでしょう。私は、エミリヤと庭へ向かいました。
庭へと向かう途中、彼女と仲良くなる為に世間話をしていました。ダークエルフはエルフの亜種らしく、その本家からは疎まれていて、歴史的ないざこざもあったそうです。どちらも、寿命の長い種族なので一度個体数が減少してしまったら、簡単には元に戻らないでしょう。
エルフとは肌の色と身体つきが違っており、白い肌をして全体的に細長い印象のエルフに対して、ダークエルフは褐色の肌をして出るところの出たの身体といったところでしょうか。両者の仲が悪い原因とは容姿は関係ないでしょう。それよりも何を食べたらそんなに発育良く育つのかが気になります。
髪も両者で異なっており、真直ぐの金髪のエルフに対して、ダークエルフは癖毛の銀髪らしいです。人間種族の考えでは、女性の髪の長さは高貴の証とか女性らしさの象徴といった考えがあるそうですが、他種族は特に長さについては気にしていないようです。
ダークエルフは大陸の南西に位置する、不毛な砂漠地帯で細々と暮らしているようです。身体能力にも魔力にも優れた種族の為、劣悪な環境でも苦にはならないのでしょう。大昔にエルフと決別した後、その利用価値の高さから他種族、おもに人間から乱獲されていたようですが、砂漠地帯に移住することによって地形的な守りを得たそうです。他の種族が、数を揃えて侵略したところで砂漠という土地柄、労力のわりに利益も少ないですから。
召喚魔法については、召喚した魔物を即座に返還する魔法が存在しており、エミリヤはそれを使うことが出来るようです。ちなみに一般的な召喚魔法は、少ない魔力で一時的に魔物を召喚して使役した後に勝手に消えていく魔法と、魔力の消費が大きいですが異なる世界から魔物を召喚して、永続的に使役する魔法があります。そして迷宮のオーブによって召喚されたご主人様を返還するのは難しいそうです。個人では到底持ち得ない大量の魔力が必要で、更に準備にも時間がかかるとか。腕の良い召喚魔法士を何人も揃えなければ実現は不可能でしょう。
オーブの魔力を流用出来ないかと、考えが浮かびましたが黙っておきましょう。どのみち、現在はオーブにあまり満足な量の魔力もありませんし。
呼び出された対象に返還の魔法を唱える事で、元いた世界への扉が開かれてその対象は吸い込まれていくそうです。私も一緒に、飛び込んでみようと思っています。以前に、この方法で異なる世界へと消えていった召喚魔法士がいたそうですから。扉を通る通行料として魔力を失う為、私としては準備しておく魔力は多ければ多いほど良いでしょう。通行料が足りない場合は、当然通過出来ませんので、ご主人様だけが通過していった等という事態は避けなければいけません。
聞きたかった情報は全て聞きだせましたね。エミリヤは温和な性格をした良い娘のようです。聞くところによると、個体差はあれどダークエルフは大抵このような性格らしいです。気位の高いエルフとは対照的ですね。残念ながら、このような性格の種族はすぐに滅んでしまうのですが。
「さあ、色々試してみようか」
ご主人様が、魔力を増幅させる魔石のついた杖や瓶に入った魔力を回復させる液体や魔方陣の描かれた大きな敷物を持って来ました。
魔方陣の描かれた敷物を広げ、その上で杖を構えるエミリヤ、その正面に神妙な面持ちで立っているご主人様。見たことの無い表情をされていますが、悪くはありませんね。どうせなら私を見て欲しいですが、それは無理な話でしょう。私は、万一魔法が成功してしまった場合に備えてご主人様の傍にいましょうか。
エミリヤが、目を閉じて、ぶつぶつと詠唱しています。やがて目を開けると同時に、手にしていた杖をご主人様に向けました。
突然、蒼い色をした輪がご主人様の目前に現れ、そのままの状態で宙に浮かんでいました。なんと魔法が成功してしまいました。そして疲れ果てたのか、魔方陣の敷物の上にしゃがみこむエミリヤ。顔に汗を滲ませ、肩で息をしていました。どことなく艶やかな印象を受けますね。一連の光景を私は冷静に見ることが出来ています。なぜなら、魔法自体は成功しているのですが、現れた輪が人間の頭程の大きさしかない為、慌てる必要がありませんでした。
ご主人様は現れた蒼い輪を掴み、輪の向こう側に広がる世界を覗き込んでいました。私もご主人様のいた世界に興味がありますから、一緒に覗き込みましょう。輪とご主人様の間に潜り込み、輪を覗き込みました。ご主人様の頬と私の頬が触れ、その温もりを肌に感じます。真剣な表情をしたご主人様の息遣いが聞こえてきました。輪の中に広がる世界では、四角い形をした建物が佇んでいてその周りを奇妙な服を着た人間達がめまぐるしく歩きまわっていましたが、それどころではありません。
やがて、輪が光の粒となって徐々に宙に散っていきます。とても残念そうな表情をされているご主人様ですが、どうすることも出来ません。きっと魔力が足りなかったのでしょう。ですが、改善すれば二人で元いた世界に帰る事が出来ます。あとで私が、ご主人様を元気付けて差し上げましょう。
「魔力が足りなかったか。エミリヤに無理をさせる訳にはいかないから、今日はもう終わりにしよう」
「これで戻られる目処が立ちましたね。召喚魔法士を十分に集めて行うと、満足な結果が得られそうです」
早速、ご主人様を励ましておきましょう。今日の実験は成功ですし、私も良い思いをしましたから。
「リリの言うとおりだ。召喚士の確保を急ごう」
そう仰ったご主人様は、すぐにエミリヤの元へ駆け寄りました。
エミリヤは敷物の上に座り込んだ状態で、肩で息をしながら潤んだ瞳でご主人様を見上げています。
「大丈夫?とりあえず、寝室に。リリには、ここの後始末を頼む」
ご主人様はエミリヤを抱え上げて屋敷へと戻っていかれました。
命令通りに敷物を丸め杖等を回収した私も、屋敷へと向かいます。魔法は便利なものという認識しかありませんでしたが、案外大変そうなのですね。彼女の心配をしながら歩いていると、ミントが現れて荷物を半分持ってくれました。
「夕食の支度が済んだので呼びに来た所、隠れて見ていましたがうまくいきましたわね。誤って異世界の魔物が出て来たら、どうしようかと思っていましたわ」
「それよりも、エミリヤが心配です」
「彼女の事はお任せください。ご主人様のお部屋に、二人分の食事と一緒に滋養強壮の秘薬を届けておきますわ」
ミントは色々な薬を持っていて助かりますね。でもご主人様とエミリヤの関係という新たな心配が生まれそうですが。
食後にラミアの様子を少しだけ見る為に迷宮に向かった私は、そこで龍帝を名乗る男性の龍族に会いました。彼は心底ラミアを気に入っており、よくこの迷宮を訪れては、彼女の手助けをしているようでした。彼のお陰もあってラミアの迷宮は急成長を遂げていました。
「ラミアを、后に迎えたい。主にお目通り出来ないだろうか?」
「明日にでもご主人様に伝えておきます。それと、ラミアの手助け感謝致します」
今ここにはいませんが、流石ラミア良い働きです。
過程はどうであれ、早くも立派な結果を出してくれました。ご主人様もきっと喜ぶでしょう、うまくやれば優秀な管理者を仲間に出来そうです。ラミアに会って話をしたいのですが、龍帝がいるので明日にしましょうか。結果をみて満足した私は帰ることにしました。ここは居心地も悪いので。
寝室のベッドに横になった私は、龍族をどのようにして利用するかを考えるのでした。




