九日目(前編)
いつもより早い時間に目覚めた私は、迷宮を歩き新しい罠や仕掛けを確認する事にしました。本当はご主人様と一緒に歩きたいのですが、私の我が儘に付き合わす訳にはいきません。
きっと、お疲れになられていますから、お目覚めも遅いでしょう。既に、新しい迷宮の地図が作られていて、そこには罠の説明も描かれていますから、私が罠にかかる心配はありません。私も、冒険者のように入り口付近から降りてみましょう。
最初の密林は、新しい魔物、身軽な人型の魔物が木の上に多数配置されています。上から物を落としたり、地上に設置した輪の付いた縄を木の上まで伸ばし重りを付けておいて、敵を吊し上げたりするみたいです。
それと、密林には新しくとても狭い地下通路が張り巡らされていました。専用の小人型の魔物が、地面を模した地下通路の蓋から、突然上半身を出して攻撃するみたいです。非力な魔物なので、麻酔効果のある吹き矢を使っています。
地下通路は、捕獲した敵を回収するのに便利そうですが、残念ながら狭くて人間を入れる事は出来ないようです。でも、役に立ちそうですね、私が喉が渇いた時とか。
早速、円形に象られた地面が持ち上がり、水筒を手にした小人が出てきました。人間の子供並の大きさです。全身土色をしていて愛らしさはありませんね。
密林はもう見る所は無いので、二階層へ移動しました。ここから迷宮らしい景色が広がってきます。迷宮の内壁に描かれた、実際とは違う壁の絵が変わっています。定期的に変えるつもりなのでしょうか? 高台に囲まれ、深い砂地の床になった大部屋が追加されていました。途中まで敵が進んだ所で、高台に弓を扱う魔物達が現れ射かけるのでしょうか。砂に足を取られて回避は難しそうですね。
他にも地図上では、色々な部屋や罠が描かれていますが、魔力の温存の為に、ここの階層は砂地の大部屋だけしか完成していません。適宜、追加していきましょう。
似たような階層が数階続いた後に、今まで見たことの無いような階層が用意されていました。迷宮全体が高温多湿の環境に設定されていると思っていましたが、この階層とそれ以降は違うようです。
足を踏み入れると同時に、全身を襲う凍てつく冷気、視界に広がるのは全体的に青い色をした狭い通路でした。上の階層と違い、視覚を惑わせる壁画が無い代わりに、非常に狭い通路が網目状に張り巡らされた、複雑な迷路がそこにありました。
壁や床に目をやると、所々凍りついており、天井からは鋭い氷柱が垂れ下がっています。この階層だけで無く、これ以降はずっとこの寒い迷宮が続いているようです。
極寒の環境にも関わらず、不思議と辛さは感じません。意外な事に、しばらく迷宮を進んでも、寒さに体が耐えられないということはありません。きっと上の階層で、充分体が温まっているからでしょう。
大抵の冒険者は、このまま行けると判断するでしょう。問題は、この手の迷宮が数階層続く事です。勇み足で進んで、体が冷え切った頃には、進もうとしても戻ろうとしても抜け出せないでしょう。
この寒い迷宮には、何故か安全な大部屋が用意されています。入り口は頑丈な金属製の両開きの押し扉があり、内側には閂まで用意されていました。ここで立てこもって休憩出来そうです。部屋が大きい為、焚き火しても中々暖かくなりませんが。
でも、魔物から隠れるのに適していますね。扉と床との間には隙間が大きく空いている為、開け閉めも簡単ですし。でも冒険者の為に、休憩場所を用意する必要があるのでしょうか?
理由はすぐに分かりました。扉の内側の取っ手を引っ張ると、すぐに取れてしまいました。これでは部屋から出られません。地味な嫌がらせですね。取っ手を取って閉じ込める……。
部屋の外に出ると、魔物がいました。ここは、水の魔法やスキルを使う魔物が多く配置されているようです。水属性の魔物は、青い色の体をしている魔物が多く、迷宮の色に同化していて気がつきにくいです。
ここでも、地図上ではもっと罠が書いてありますが、魔力が足りなかったのでしょう。屋敷の外には、迷宮の近くの村を襲う為の魔物も用意してありましたから。
取りあえず、迷宮の守りは充分なので、これからは積極的に村や野良魔物の巣穴を襲って行けるでしょう。
また街へ行って、今度はこの迷宮の噂を広めて、冒険者を呼び込みたい所です。召喚士も探したいですし。
そろそろ、朝食の時間ですね。一旦、屋敷に戻りましょうか。ご主人様の様子も気になりますし。
屋敷へ戻った私は、その暖かく快適な空間に安堵しました。色鮮やかな調度品、歩きやすい床に、広い廊下とこの屋敷が迷宮の中にあるとは、思えません。
廊下を歩いていると、漂ってくるパンの焼ける香ばしい匂い。やはり、帰る場所があるということは素晴らしい事です。迷宮にはもう行きたく無くなってしまいますね。
あ、ご主人様がいました。朝の挨拶をすると、優しい表情で返してくれます。いつものご主人様に戻られたようです。
望郷の病が治るばかりか、迷宮の管理にも力を入れられて、いうことはありませんね。今までは真剣さがありませんでしたが、今は違うようです。
これは、私の勝手な予想ですがご主人様はきっと素晴らしい迷宮管理者になられます。豊富な知識に加えて、使い魔を大事に扱われますから。
「ラミアの様子は見てくれた?」
「はい。頑張っていました。あれなら直ぐに結果を出してくれるでしょう。これからも監視を続けます。」
安堵の表情を浮かべるご主人様です。彼女が裏切ったら、自由に扱える使い魔は私だけですからね。
「今日から魔物に近隣の村を襲わせよう。多少被害が出ても、すぐに補充出来るから、捕獲を優先させてくれ。ラミアの方も同じように。」
ご主人様は真剣な表情で、続けます。
「金を稼いで使い魔を増やす事で戦力を強化しようか。オーブの魔力だと時間がかかりすぎる。魔族でも龍族でもいいから、なるべく早く召喚魔法士が欲しい。」
「腕のたつ召喚士は中々手に入らないかも知れません。」
「見習い召喚士でも構わない。魔物を召喚させて数を出せれば使い道があるから。」
敵の召喚士の力量を計るのにも使えそうです。略奪の数合わせにも役に立ちますし。
「今日の略奪に参加しても宜しいでしょうか?街でこの迷宮の噂を流布した為、安全と思われますから。」
ご主人様が本気になられた以上、私も死力を尽くします。
「わかった。でも、無理だと判断したら手下を捨てて逃げるように。」
「ありがとうございます。」「まずは、朝食にしようか。」
ご主人様と食堂へと向かうのでした。




