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最後の街頭演説

 さらに数日がたつと、別の変化が起きた。

 若手芸人が、三浦の応援に来るようになった。

 三浦から呼んだわけではない。

 芸能人は、政治家との距離を警戒する。

 一つの候補者を応援しただけで、その政治家の全政策に賛成したと思われることもある。

 所属事務所が政治活動への参加を好まない場合もある。

 だが三浦は、特定の思想や政党へ強く寄っていなかった。

 それに何より、

 ――昔世話になった先輩が、変なことを始めて、本気で頑張っている。

 そんな見方をする後輩たちがいた。

 ある夕方。

 三浦がいつもの足場台から話していると、人垣の後ろに見覚えのある顔を見つけた。

「あ」

 三浦が演説を止めた。

「皆さん」

 笑顔になる。

「今日は、サプライズゲストがいる……かもしれません」

「かもしれません?」

 聴衆から声が飛ぶ。

「本人にまだ確認してないから」

 笑いが起きる。

 三浦は人垣の後ろを指さした。

「逃げるなら今だぞ!」

「もうバレてますよ!」

 若い男が笑いながら前へ出てきた。

 漫才コンビ《明太子パスタ》の森田だった。

「どうも」

「はい、上がって」

「いきなりですか?」

「最近ここ、そういうシステムなんだよ」

 三浦は森田を足場台へ上げた。

 この頃には、誰かを上へ乗せることが当たり前になり、マイクも3本用意していた。

「皆さん、今日は応援に来てくれました」

 三浦は紹介する。

「人気はともかく、実力があります」

「ちょっと待ってください!」

 森田が即座に突っ込んだ。

「そこ逆にしてもらっていいですか?」

「人気あるの?」

「そこ確認するんですか?」

「実力があるのは俺が保証する」

「人気もあるって言ってくださいよ!」

「人気は、選挙と同じで数字だから」

「急に厳しい!」

 聴衆が笑う。

「《明太子パスタ》の森田君です」

「どうも、森田です」

 森田はマイクを持った。

「いやあ、三浦さん。本当に政治家目指してるんですね」

「何だと思って来たの?」

「途中で飽きると思ってました」

「お前までグリフと同じこと言うな」

「芸人仲間、だいたいそう思ってますよ」

「誰だ。名前言え」

「政治家になろうとしてる人が圧力かけないでください」

 笑いが起こる。

 三浦は森田を見る。

「でも、何で来てくれたの?」

「いや」

 森田は少し真面目な表情になった。

「最初は面白半分で動画見てたんですよ」

「やっぱりそうなの」

「元芸人が政治家目指してるって、まあ、ちょっと面白いじゃないですか」

「悪口から始めるなよ」

「でも、見てたら、ちゃんと勉強してるし」

 森田は観客を見る。

「分からないことを、“分かりません”って言うじゃないですか」

「それ褒めてる?」

「政治家って、何でも知ってる顔をしなきゃいけないと思ってたから」

 三浦は少し黙る。

「俺、知らないこと多いからな」

「そこは自慢しないでください」

 森田は続けた。

「あと、俺ら芸人って、売れてないと発言権ないじゃないですか」

「急に重いな」

「先輩の言うこと聞く。事務所の方針もある。番組でも、売れてる人がしゃべったあとに、“そうですね”って言って終わる」

「あるな」

「政治も似てるのかなと思って」

 三浦が少し笑った。

「それで《話せる国》?」

「そうです」

「お前、政治の話できるじゃん」

「俺だって――」

 森田が頭へ手を載せる。

 聴衆が少しざわついた。

 森田も笑顔のまま手のひらを出す。

「売れてない芸人だからって、馬鹿にすんなよ」

 一気に笑いが起こった。

 三浦も大笑いした。

「お前、それやりに来ただろ!」

「半分は」

「残り半分は?」

「テレビに映るかなと思って」

「正直だな!」

「政治家の応援に来るメリットも考えないと」

「お前、俺より政治家向きじゃないか?」

 森田が少し考える。

「じゃあ三浦さん、当選したら俺を秘書に」

「嫌だよ」

「即答!」

「俺より先に炎上しそうだから」

 笑いが続いた。

 そのあと森田は、短く言った。

「政治のことは、正直、全然詳しくありません」

「でも」

 周囲を見渡す。

「詳しくない人が、ここに来てもいいんですよね?」

 三浦がうなずいた。

「もちろん」

「だったら今日は、それだけ言いに来ました」

 三浦は少し驚いたあと、笑った。

「十分だよ」


 *


 投票日まで残り3日となった頃には、夕方6時半の駅前へ30人ほどが集まるようになった。

 全員が三浦の支持者というわけではない。

 散歩の途中で来る人。

 会社帰りに10分だけ寄る人。

 政治の話より、三浦と聴衆のやり取りが面白くて来る人。

 他候補の支持者だが、直接民主制の話だけは聞いてみたいという人。

 いろいろだった。

 そして、

「〇〇なのに、すごいですね」

 と三浦が言い、

「〇〇だと思って、馬鹿にすんなよ」

 と足場台の上の人が返す。

 それが定番になっていった。

 三浦は最初に、その人へ尋ねる。

「あなた、自分を一言で言うなら何ですか?」

 ある男性は、

「サラリーマン」

 と答えた。

「サラリーマンなのに、政治詳しいですね」

「サラリーマンだと思って馬鹿にすんなよ」

 ある女性は、

「田舎者です」

 と言った。

「田舎者なのに、国際情勢詳しいですね」

「田舎者だと思って馬鹿にすんなよ」

 ある若者は、

「夢追い人」

 と言った。

「夢追い人なのに現実的ですね」

「夢追い人だと思って馬鹿にすんなよ」

 その日は一番の笑いが起きた。

 別の女性は、

「永遠の19歳です」

 と答えた。

 三浦が一瞬止まった。

「……年齢聞いていいですか?」

「聞かないのが大人ですよ」

「失礼しました」

 そして、

「永遠の19歳だと思って馬鹿にすんなよ」

 とやる。

「誰も馬鹿にしてないですよ!」

 そんなやり取りが続いた。

 ある日、1人の中年男性が台へ上がった。

「あなたは?」

 三浦が尋ねる。

「庶民です」

 三浦は少し笑った。

「庶民なのに、政治のことよく考えてますね」

 男は右手を頭へ載せた。

「庶民だと思って」

 手を前へ出す。

「馬鹿にすんなよ」

 拍手と笑いが起こった。

 ところが男は、それで終わらなかった。

「皆さんも一緒に」

 三浦が目を丸くする。

「え?」

 男がもう一度言う。

「庶民だと思って、馬鹿にすんなよ!」

 男の知り合いらしい数人が声を合わせた。

「庶民だと思って、馬鹿にすんなよ!」

 聴衆が笑う。

「もう1回!」

「まだやるの?」

 男は3回目へ行こうとした。

 三浦が止めた。

「もう帰ってください」

 大きな笑いが起きた。

「俺の演説を乗っ取らないでください!」

 男も笑いながら台から降りた。


 *


 そして、最終日。

 駅前には100人を超える人が集まった。

 三浦自身が、一番驚いていた。

「すごいな」

 上村が言う。

「最初、3人だったよな」

「3人もいたんだぞ」

 三浦が答える。

「今となっては美談にするのか」

「原点だからな」

 前のほうの人たちは自然にしゃがんでいる。

 何度も来ている常連の中には、小さな折り畳み椅子を持参する人までいた。

 レジャーシートを広げ、

「ここ座れますよ」

 と知らない人へ勧めている女性もいる。

 グリフは少し心配になった。

 常連だけのコミュニティになってはいないか。

 内輪の言葉が増え、初めて来た人が入りづらくなったら、《話せる国》という名前に反する。

 だが、見ている限り、常連たちは新しく来た人へ場所を譲り、三浦に話しかける順番を守り、妙な圧力をかけることもなかった。

 他の候補者の街頭演説なら、

「そうだ!」

「いいぞ!」

 と支持者が声を上げることもある。

 ここでは、

「それ違うんじゃない?」

 という声まで普通に出る。

 三浦も、

「それ、あとで答えます」

 と返す。

 少なくとも今は、この形でいい。

 グリフはそう思った。


 *


「今日は大物ゲスト来てないの?」

 聴衆から声が飛んだ。

 三浦が足場台の上から答える。

「俺がいるだろ!」

「大物?」

「元中物くらいだよ!」

 笑いが起きる。

「今日は最終日だから、有名な芸能人が来ると思った人」

 何人かが手を挙げた。

「残念でした」

「予算ありません!」

 さらに笑いが起きた。

「それに、最後くらい俺1人でしゃべらせてくれよ」

 そんなやり取りをしながら、いつものように質問を受けた。

 特別な政策発表はしない。

 大物政治家の応援演説もない。

 最後まで、いつもと同じだった。

 そして午後7時50分を過ぎた。

 グリフが時計を見た。

 あと10分もない。

 三浦も気づいた。

「そろそろ時間ですね」

 声が少し落ち着く。

「今日は最終日です」

 三浦は周囲を見渡した。

「集まってくださった皆さん。本当にありがとうございました」

「初日、ここに立ったときは、聞いてくれた人が3人でした」

「正確には最大同時観客3人です」

 笑いが起きる。

「今はこんなにいる」

 三浦は少しだけ驚いたような顔をした。

「不思議ですね」

「それから」

 スタッフたちを見る。

「手伝ってくれた皆さん」

「ポスター貼りに来てくれた人」

「仕事のあとに来てくれた人」

「動画を撮ってくれた人」

「ビラを配ってくれた人」

「本当にありがとうございました」

 拍手が起こる。

 三浦の頭には、事前に考えていた最後の形があった。コール&レスポンスである。

 ――観客から!

 と言う。

 聴衆が、

 ――主権者へ!

 と返す。

 あるいは、

 ――主権者を!

 ――馬鹿にすんなよ!

 でもいい。

 他の候補者なら、最後は支持者と一緒に候補者名を連呼したり、キャッチフレーズを唱えたりして盛り上げる。

 三浦も、一度くらいはやってみたいと思っていた。

 だが、目の前の人たちは、動員した支持者ではない。

 本当に返してくれるか分からない。

 スタッフは6人しかいない。

 しかも、そのうち3人は、グリフ、上村、久保である。

 三浦は想像した。

「観客から!」

 しーん。


 その横で、グリフが腕時計を見る。

 久保は無表情。

 上村だけが笑っている。

 ――地獄だ。


 三浦は迷った。

 言うか。

 言わないか。

 そうしているうちに、残り時間がなくなってきた。

「えー……」

 結局、普通に言った。

「皆さん。本当にありがとうございました」

「明日は投票日です」

「それぞれ、ご自身で考えて、1票を使ってください」

「今日まで、本当にありがとうございました」

 深く頭を下げる。

 拍手が起きた。

 そのまま演説を終えた。

 少し離れたところから声が聞こえる。

「普通だったね」

「最後、何かやると思った」

「逆に何これ?」

「三浦らしくていいじゃん」

 三浦には全部聞こえていた。

 ――俺も何かやるつもりだったんだよ。

 心の中で答えた。

 だが、もう時間だった。

 これ以上、マイクで何か言うことはできない。

 上村が笑いながら近づいてくる。

「最後、ひよったな」

「うるさい」

「絶対なんか言おうとしてたろ」

「時間がなかった」

「10分前から締め始めてたぞ」

「うるさい!」

 久保も近づいた。

「まあ、いい」

「本当ですか?」

「最後に無理に盛り上げるより、お前らしい」

「久保さんまで慰めないでください」

 グリフは何も言わず、立ち馬を畳んでいた。

 三浦が聞く。

「グリフは?」

「何が?」

「最後」

「普通でよかったと思う」

「本当に?」

「ああ」

 グリフは畳んだ足場台を持ち上げた。

「ここは演説会じゃなくて、ずっと話す場所だっただろ」

 三浦は少し黙った。

「最後だけ、みんなに同じことを言わせる必要もないんじゃないか」

 三浦は、聴衆が少しずつ帰っていくのを見た。

 確かにそうかもしれない。

 ここでは、みんな違うことを言っていた。

 国防を強くしろという人もいた。

 軍事費を減らせという人もいた。

 増税が必要だという人。

 絶対嫌だという人。

 高校生も来た。

 芸人も来た。

 主婦も、会社員も、年金生活者も来た。

 最後だけ全員で同じ言葉を叫ばせるのも、少し違ったのかもしれない。

「じゃあ、結果オーライだな」

「結果だけだな」


 *


 選挙事務所へ戻った。

 スピーカー。

 マイク。

 腕章。

 のぼり。

 何度も使った折り畳み椅子。

 そして、あのアルミの足場台。

 それらを片づける。

「打ち上げする?」

 上村が言った。

 三浦は時計を見る。

「ビールくらい飲む?」

「俺、帰って寝たい」

 グリフが答える。

「私もだ」

 久保も言った。

「年寄りは眠い」

「自分から言った」

 三浦が指摘する。

「今日はいいんだ」

 ほかのスタッフも、ほとんど同じだった。

 2週間近く、仕事をしながら手伝った人もいる。

 全員、疲れていた。

「じゃあ、解散にしよう」

 三浦が言った。

「今日はありがとうございました」

 1人ずつ頭を下げる。

「明日、結果出たらまた」

「まだ投票してないぞ」

「そうだった」

 笑いが起きる。

 久保は帰り際、三浦の肩を一度だけ叩いた。

「今日は寝ろ」

「はい」

「選挙の反省会は、落ちてからでもできる」

「落ちる前提やめてくださいよ」

「当選したら反省する暇がなくなる」

「じゃあ、それでお願いします」


 *


 グリフ、上村、三浦の3人はマンションへ戻った。

 久保は別の宿へ戻った。

 部屋へ入ると、誰もすぐには話さなかった。

 三浦が冷蔵庫からビールを3本出す。

「1杯だけ」

「1杯だけな」

 グリフが受け取る。

 缶を開ける。

 3人で乾杯した。

「選挙、お疲れ」

 三浦が言った。

「まだ終わってない」

 グリフが答える。

「明日は投票日」

 上村が言う。

「分かってるよ」

 ビールを一口飲む。

 三浦は、この2週間を思い出そうとした。

 初日の3人。

 自転車で貼ったポスター。

 久保が文句を言いながら貼ったポスター。

 古いワゴン車。

 本人が運転しております。

 BS番組。

 倉沢を馬鹿にすんなよ。

 高校生。

 若手芸人。

 100人を超えた最後の駅前。

 思い出せば、いくらでもあった。

 だが、感傷に浸る気力がなかった。

「俺、もう寝る」

 三浦が言った。

「俺も」

「俺も」

 上村まで続いた。

「せっかく3人いるのに会話ないな」

「明日しろ」

 グリフが答える。

 3人はそれぞれ横になった。

 明日、自分たちに何票入るのか。

 1万票なのか。

 数千票なのか。

 供託金が戻るのか。

 それとも、驚くような結果が出るのか。

 本来なら、考えて眠れない夜なのかもしれない。

 だが三浦は、布団へ入って数分もしないうちに眠った。

 グリフも、そのあとすぐに眠った。

 上村の寝息も聞こえ始めた。

 長かった選挙戦を振り返るでもない。

 明日の結果を想像するでもない。

 ただ、眠りたかった。

 翌日は、投票日だった。


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