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30/33

庶民を馬鹿にすんなよ

 翌朝。

 三浦たちは、再び選挙事務所へ集まっていた。

 机の上には大量のポスター。

 昨日貼れなかった分が、まだ275枚ほど残っている。

 三浦は椅子へ座ったまま、太腿を揉んでいた。

「痛い」

「昨日、自転車こぎすぎたな」

 上村が言う。

「階段がきつい」

「候補者が2日目で壊れるなよ」

「体力系の選挙だと思ってなかった」

 そこへ、ドアが開いた。

「おう」

 久保が入ってきた。

「みんな、頑張ってるの」

 片手には紙袋を持っている。

「久保さん」

 グリフが立ち上がった。

「東京まで来てくれたんですか」

「様子を見に来た」

 久保は紙袋を机へ置いた。

「陣中見舞いだ」

「ありがとうございます」

 袋から出てきたのは、倉沢の和菓子だった。

 《藤樹堂 ココまる》

「あ」

 三浦が言う。

「これ、知ってる」

「倉沢土産で有名になったやつだ」

 ココナッツを使った和菓子で、かつてグリフが商品開発に関わったものだった。

「懐かしいな」

 グリフが箱を手に取った。

「藤樹堂さん、まだ作ってくれてるんだ」

「今じゃ定番商品だぞ」

 久保が答える。

 上村が1個取り出した。

「じゃあ、食べる前に」

「何だ?」

「久保さん、今日は50枚お願いします」

 久保の顔が止まった。

「何を?」

「ポスター」

「俺も貼るのか?」

「当然でしょ」

 上村は平然としている。

「仲間なんだから」

 グリフが慌てて止めた。

「いやいや、久保さんはいいよ」

「何が?」

「東京まで来てもらっただけでありがたいし。外、寒いし」

「倉沢より暖かい」

「それはそうですけど」

 上村が地図を見ながら言った。

「じゃあ、久保さんだけ車で回ればいい」

「車?」

「タクシー使いましょう」

「タクシーでポスター貼り?」

「自転車より早いですよ」

 三浦が疲れた顔で言った。

「だったら、全員タクシーでよくない?」

 部屋が静かになった。

 3人が地図を見る。

「昨日、3人で135枚」

 グリフがすぐ計算を始めた。

「残り275」

「4人で分けると、1人70弱」

「タクシーなら、1人70は行けるだろ」

 上村が言う。

「1台、1日借りて4万円くらいとして」

「4人で16万」

 グリフが続ける。

「高いけど……」

「1日分、早く終われば?」

「三浦をポスター貼りから解放できる」

 久保が言った。

「それなら価値はあるな」

「三浦が1日ポスターを貼るより、街宣車で選挙区を回ったほうがいい」

「俺もそう思う」

 三浦は即答した。

「俺は今すぐポスター貼りから解放されたい」

「お前の疲労は判断材料に入れてない」

「入れてくれよ」

 上村は地図を見た。

「だったら、今日から三浦だけ外そう」

 三浦が顔を上げる。

「いいの?」

「候補者がポスターを貼るのは、最初の日だけで十分だろ」

「俺とグリフと久保さんで貼る」

「久保さんも?」

「久保さんも」

 久保が苦い顔をする。

「決定事項か」

「せっかく東京まで来たんだから」

「来なければよかったな」

「そんなこと言わないでくださいよ」

 三浦が笑った。

「久保さんが貼ったポスターから票が入るかもしれません」

「1枚につき1票入るならやる」

「全部貼れば400票ですね」

「少なすぎるだろ」


 *


 結局、その日の段取りは決まった。

 三浦は街宣車へ乗る。

 グリフ、上村、久保はポスター貼り。

 人通りの多い駅周辺や商店街など、目立つ場所は優先してその日中に貼る。

 残りは翌日へ回しても構わない。

 久保は、不満そうにポスターの束を持った。

「こんなこと、若い頃でもしたことないぞ」

「じゃあ、いい経験ですね」

 上村が答える。

「60過ぎて初体験だ」

「まだまだ若いですね」

「お前、完全に遊んでるだろ」

「まず貼り方を説明しますから、一緒に1枚やりましょう」

 上村は久保を連れて外へ出た。

「掲示板の番号を間違えないでください」

「それくらい分かる」

「上下逆に貼らないでくださいね」

「馬鹿にするな」

「風で飛ばされないようにしっかり」

「もう帰るぞ」

「久保さん、怒らないで」

 2人の声が遠ざかっていった。

 グリフは笑いながら、残ったポスターを自分の鞄へ入れた。


 *


 三浦は、1人で街宣車へ乗った。

 運転席へ座る。

 助手席には誰もいない。

 後ろにもスタッフはいない。

 スピーカーのスイッチを確認する。

「これ、自分で運転しながらしゃべるのか」

 少し不思議な気分だった。

 車は、見た目こそ選挙用になったが、中は昔のワゴン車のままである。

 ダッシュボードには傷。

 エアコンの吹き出し口には、前の会社が使っていたらしい芳香剤の跡。

 三浦はエンジンをかけた。

「よし」

 ゆっくり車を走らせる。

 スピーカーから、自分の声が街へ流れた。

「皆さん、こんにちは」

 一度咳払いする。

「政治団体《話せる国》、三浦です」

 信号待ち。

 前を歩いていた女性が振り返る。

 三浦は続けた。

「三浦です」

「本人が運転しております!」


 *


 その頃、グリフは住宅街でポスターを貼っていた。

 掲示板の前で、テープを押さえる。

 遠くから、聞き覚えのある声が近づいてきた。

『三浦です!』

 グリフが顔を上げる。

『政治団体《話せる国》、三浦です!』

「近くにいるな」

 次の瞬間。

『本人が運転しております!』

 グリフの手が止まった。

「そこ、アピールポイントか?」

 思わず1人でつぶやいた。

 角を曲がって、白いワゴン車が見えた。

 会社名の跡がまだ少し残った古い車体。

 屋根のスピーカー。

 側面の簡素な看板。

 運転席では、三浦が片手でハンドルを握りながら、満面の笑顔で前を見ている。

『大きな政党もありません!』

『大きな後援会もありません!』

『運転手もいません!』

 グリフは吹き出した。

『ですので、本人が運転しております!』

「もう分かったよ」

 誰もいない住宅街で、グリフは笑った。

 三浦の街宣車は、そのままゆっくりと通り過ぎていく。

『でも、本人だからこそ、皆さんの近くまで行きます!』

『見かけましたら、ぜひ声をかけてください!』

『政治家に話しかけるのは難しいと思っている皆さん!』

『今なら運転席にいます!』

 グリフは、ポスターを貼る手を止めたまま、しばらく車の後ろ姿を見ていた。

 立派な選挙ではない。

 金も、人も、車も足りない。

 何もかも、大政党の候補とは比べものにならない。

 それでも三浦は、足りないものを一つずつ笑いに変えていた。

 その白い古びたワゴン車が、グリフには少しだけ頼もしく見えた。


 *


 三浦たちの、貧乏な選挙活動は続いた。

 昼間は街宣車で選挙区を回る。

 商店街では車を降りて歩く。

 人の多い場所を見つければ、短く話す。

 そして夕方6時半になると、ほとんど毎日、同じ駅前広場へ戻ってきた。

 選挙が始まった頃は、立ち止まる人が数人だった。

 それが、5人になった。

 10人になった。

 通勤帰りに毎日のように顔を出す人も現れた。

「今日もいるね」

「6時半だから」

 そんな会話が聞こえるようになった。

 いつの間にか、

 ――この時間にここへ来れば、三浦本人と話ができる。

 ということが、少しずつ知られるようになっていた。

 他の候補者の街頭演説とは、雰囲気が違っていた。

 候補者が一方的に20分話し、拍手をもらって終わるのではない。

 三浦は10分も話せば、

「はい。俺ばっかりしゃべっても仕方ないんで、なんかありませんか」

 と言う。

「質問でもいいです」

「反対意見でもいいです」

「文句でもいいですよ。できれば人格攻撃以外でお願いします」

 それが、この場所のやり方になっていた。


 *


 公示から5日目。

 週末の夕方だった。

 普段より人が多い。

 三浦は、いつものアルミ製の足場台に腰を掛けていた。

 選挙戦が始まってからも、この形だけは変えなかった。

 大きな街宣車はない。

 候補者名を繰り返すウグイス嬢もいない。

 統一されたジャンパーを着た何十人ものスタッフもいない。

 三浦がしゃべる。

 誰かが止まる。

 質問する。

 三浦が答える。

 ときどきグリフへ振る。

 また誰かが話す。

 それだけだった。

「ほかに、なんかありますか」

 三浦は聴衆を見渡した。

「せっかくなんで、文句でもいいですよ」

 後ろのほうで、一本の手が上がった。

 三浦は少し目を細めた。

「お」

 制服姿の男子高校生だった。

「若い」

 人垣が自然に少し開いた。

「どうぞ」

 高校生は、自分が本当に指されたことに驚いたようだった。

 周囲を見ながら、ゆっくり前へ出てくる。

「何でもいいよ」

 三浦が言った。

「戦争について聞いていいですか」

 駅前のざわめきが、少しだけ静かになった。

 三浦も笑顔を消さずにうなずいた。

「もちろん」

「中国とか北朝鮮とかが危ないから、防衛費を増やさなきゃいけないっていう人がいるじゃないですか」

「いるね」

「でも、日本が軍隊を強くしたら、相手も怖がって、もっと強くするんじゃないですか」

 三浦はすぐには答えなかった。

「君、名前は?」

 高校生が答える。

「何年生?」

「2年です」

「高校2年で、そんなこと考えてんの?」

 何人かが笑った。

 三浦も笑う。

「俺、高二のとき何考えてたかな」

 上村が少し離れたところから言った。

「女の子だろ」

「余計なこと言うな!」

 笑いが広がった。

 三浦は足場台から降りた。

「ちょっと、ここ上がって」

「え?」

「俺だけ高いところからしゃべってるの、ずるいだろ」

 また笑いが起きる。

「大丈夫。そんな高くないから」

 高校生は戸惑いながら、足場台へ上った。

 三浦が下からマイクを差し出す。

「もう1回言ってみて。今の話」

 今度は多くの人間が自分を見ている。

 高校生は少し緊張したらしく、最初よりゆっくり話した。

「日本が中国を怖がって、軍隊を強くする」

「うん」

「中国も、日本が強くなってきたから、もっと軍隊を強くする」

「うん」

「それを見て、日本もまた増やす」

 高校生は一度言葉を止めた。

「そうやって、ずっと続くんじゃないかと思って」

 三浦はうなずいた。

「俺も、安全保障の勉強をしてて、同じことを思った」

 高校生が少し驚いた顔をする。

「だったら、防衛費を増やすのは反対なんですか?」

「そこなんだよなあ」

 三浦は頭をかいた。

「俺も最初は、単純にそう思ったんだよ」

「向こうが増やしたから、こっちも増やす」

「こっちが増やしたから、向こうも増やす」

 三浦は両手を交互に上げていく。

「向こう、もっと増やす」

「こっち、もっと増やす」

「そのうち、両方とも金がなくなる」

 聴衆から笑いが起きた。

「だったら、どっちかがやめりゃいいじゃんって」

「はい」

「でも」

 三浦は手を止めた。

「日本だけやめて、中国がやめなかったら?」

 高校生は少し黙った。

「困るだろ」

「……はい」

「だから難しいんだよ」

 三浦は少し歩きながら続ける。

「国と人間のけんかを、そのまま一緒にはできないけどさ」

「たぶん、相手より強くなる必要まではないんだと思う」

「中国より戦闘機を多く持ちましょう」

「中国よりミサイルをいっぱい持ちましょう」

「そんな競争したら、日本のほうが先に財布が空になるかもしれない」

 何人かが笑いながらうなずいた。

「でも、攻めてきたら簡単には取れませんよ」

「やったら、そっちも大変ですよ」

「そう思わせる力は必要だと、今の俺は考えてる」

 高校生が聞いた。

「抑止力ですか?」

「そう、それ」

 三浦は笑った。

「難しい言葉知ってんな」

「学校で習いました」

「俺は最近習った」

 また笑いが起きる。

「俺の言葉で言えばね」

 三浦は高校生を指さした。

「君が財布を持って歩いてる」

「はい」

「俺が悪い三浦だったとする」

「悪い三浦」

「そう。こいつなら簡単に財布を取れそうだと思ったら、狙われるかもしれない」

「はい」

「でも、君が俺に勝てるくらいムキムキになる必要はない」

「襲ったら逃げるぞ」

「大声出すぞ」

「警察来るぞ」

「こっちも怪我するぞ」

「割に合わないぞ」

「そう思わせればいい」

 高校生が少し考えた。

「何となく分かります」

「俺も、今のところそのくらいしか分かってない」

 今度は大きな笑いが起きた。

 三浦も笑った。

「でもな」

 声の調子が少し変わった。

「もう1個、考えてることがある」

 聴衆もそれを感じたのか、静かになった。

「戦争って、誰が決めるんだろうって」

 高校生が三浦を見る。

「政治家ですよね」

「最終的には、政府や国会の政治判断が大きいよな」

 三浦は一度、高校生から聴衆へ視線を移した。

「でも、戦争が始まったら、誰が死ぬ?」

 誰も笑わなかった。

 高校生が答える。

「兵隊とか……普通の人とか」

「そうだよな」

 三浦は足場台の上にいる高校生を見上げた。

「俺が国会議員になったとする」

「俺が、安全保障の政策を決める側に入る」

「でも、俺が決めたとき、最初に戦場へ行くのが俺とは限らない」

 声が少し低くなる。

「この子かもしれない」

 高校生の表情が変わった。

「この子の友達かもしれない」

「俺の子どもかもしれない」

「ここにいる人の息子や娘かもしれない」

「戦争になれば、戦場に行かなくても死ぬ人はいる」


 *


 駅前広場が静まり返った。

 電車の到着を知らせる音だけが、少し遠くから聞こえてくる。

「だから俺は」

 三浦はゆっくり言った。

「取り返しのつかない決定ほど、少ない人数だけで決めるのは怖いと思ってる」

 高校生が尋ねた。

「じゃあ、戦争するかどうかを国民投票で決めるってことですか?」

「何でも、すぐ国民投票」

 三浦は首を振った。

「それは無理だよ」

「ミサイル飛んできてるのに、“これから国民投票をします。1週間お待ちください”って言ってられないだろ」

 小さな笑いが起きる。

「攻撃されたときに守るのは、政府がすぐ決めなきゃいけない」

「軍事には秘密にしなきゃいけない情報だってある」

 三浦は指を1本立てた。

「でも」

「その戦いを、もっと広げるのか」

 2本目。

「どこまでやるのか」

 3本目。

「どれくらいの人が死ぬ可能性があるのか」

 4本目。

「外交や交渉など、別の方法は本当にないのか」

「そういう、少し時間を取って考えられることまで全部、政治家だけで決めていいのか」

 三浦は聴衆を見る。

「俺は、そこはもっと議論していいと思う」

「国民にも情報を出す」

「専門家の話を聞く」

「戦うべきだという人の意見も聞く」

「絶対に戦ってはいけないという人の意見も聞く」

「そして、普通の人も考える」

「それでも進むのか、考える時間を作る」

 高校生は少し考えたあとで言った。

「でも、国民のほうが戦争したいって言うかもしれませんよね」

 三浦はすぐにうなずいた。

「言うと思う」

 高校生が意外そうな顔をした。

「国民なら絶対に平和を選ぶ、なんて俺は思ってない」

 三浦は言った。

「俺たちだって、いつも冷静じゃない」

「もし日本人がたくさん殺された直後なら」

「俺だって、“やり返せ”って思うかもしれない」

「家族が殺されたら、もっとそうなると思う」

 言葉を切る。

「だから、考える時間がいるんじゃないかな」

 夕方の風が、三浦のたすきを揺らした。

「怒ってるときに決めない」

「怖がってるときに決めない」

「よく分からないまま決めない」

 一つずつ、ゆっくり言う。

「賛成の話も聞く」

「反対の話も聞く」

「それでもやるのか、考える」

 高校生は黙って聞いていた。

「俺は」

 三浦は続けた。

「政治家が全部正しく決めてくれる国より、政治家も国民も一緒に考える国のほうがいいと思ってる」

「間違ったら?」

 高校生が聞いた。

 三浦は少し笑った。

「間違うだろ」

 何人かが笑う。

「政治家も間違う」

「専門家も間違う」

「国民も間違う」

 自分を指す。

「俺なんか、もっと間違う」

 今度はあちこちから笑いが起きた。

「でも、自分たちで考えて決めたなら、結果を見て、“あれは駄目だった”って直せる」

 高校生が言った。

「戦争だったら、直せないこともありますよね」

 三浦の笑顔が消えた。

「そう」

 短い答えだった。

「だから戦争だけは」

 三浦は少し間を置いた。

「間違える前に、何度も考えなきゃいけない」

 駅前には、もう笑いはなかった。

「政治家1人の頭で考えるより」

 三浦は足場台の高校生を見上げる。

「政治家も、専門家も、君みたいな高校生も、戦争へ行く可能性のある人も、その家族も」

「できるだけ多くの頭を使ったほうが」

「俺は、まだマシだと思ってる」

 しばらく誰も何も言わなかった。

 やがて、どこかから小さな拍手が起こった。

 少しずつ広がった。


 *


 三浦は高校生からマイクを受け取った。

「ありがとう」

「いい質問だった」

 高校生は少し照れた。

「高校生なのに、すごいね」

 三浦が言う。

 すると高校生は少し考えたあと、右手を頭へ載せた。

 笑顔になる。

「高校生だからって」

 手のひらを前へ出した。

「馬鹿にすんなよ」

「え?」

 三浦が目を丸くする。

 周囲の若い人たちから笑いが起きた。

「何それ」

「え、本人が知らないんですか?」

「何を?」

「僕らの間で、ちょっと流行ってますよ」

「嘘だろ」

 高校生がスマートフォンを取り出す。

 少し離れたところにいたグリフも、不思議に思って検索を始めた。

 すぐに出てきた。

 先日のBS番組である。

 切り抜かれているのは、三浦が、

 ――倉沢を、馬鹿にすんなよ。

 と言った部分だった。

 短い動画には、多くのコメントが付いている。

 投稿者は、

 ――地元で10年かけて積み上げたものを「小さい町だから簡単」と言われて怒った三浦氏。普通に郷土愛を感じた。

 と好意的に紹介していた。

 さらに最後には、

 ――三浦さん、本当は「元芸人だと思って馬鹿にすんなよ」って言いたかったんじゃない?

 と書かれていた。

 そこから派生したらしい。

 右手を頭へ載せ、手のひらを出す。

 型だけは三浦の昔のギャグと同じ。

 しかし言葉を自由に変える。

 ――サラリーマンだからって馬鹿にすんなよ。

 ――主婦だからって馬鹿にすんなよ。

 ――地方大学だからって馬鹿にすんなよ。

 ――50代だからって馬鹿にすんなよ。

 ――オタクだからって馬鹿にすんなよ。

 さまざまな動画が流れていた。

「知らなかった……」

 三浦が本気で驚いている。

「お前、自分のことなのに」

 グリフも笑っていた。

「選挙始まってから、ネット見る暇ないんだよ」

 実際、そのとおりだった。

 大きな陣営なら、SNSの動きを常に確認する担当者がいるのだろう。

 三浦陣営にはいない。

 ポスターを貼る。

 車を運転する。

 機材を運ぶ。

 動画を撮る。

 問い合わせに答える。

 会計をする。

 それだけで一日が終わる。

「これ、いい流れなのかな」

 三浦がグリフへ聞いた。

「分からない」

「久保さんに聞く?」

「久保さん、ネットの流行りは自信ないって言ってただろ」

「コンサルは?」

「たぶん、“様子を見ましょう”だ」

 実際、その日の夜に聞くと、ほぼ同じ答えだった。

『こちらから無理に広げるな。悪い内容じゃないなら、自然にやらせておけ』

 それだけだった。

 三浦は、

「政治って、分からないことだらけだな」

 とつぶやいた。


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