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駅前という劇場

 数日後、三浦とグリフは東京へ入った。

 東京での活動初日である。

 拠点にするのは、グリフの母親である涼子が所有しているマンションだった。

 駅から歩いて十数分。築年数はそれなりにたっているが、管理は行き届いている。涼子が長く東京で働いていた頃に購入したもので、今も家具や家電の多くが残されていた。

「ここがリビング。冷蔵庫は使っていい。中身はほとんど空だから、必要なものは自分で買ってくれ」

「十分だよ」

「洗濯機も動く。風呂も昨日確認した」

「ホテルよりいいな」

「ホテルだと思うなよ」

 グリフは予備の鍵を取り出した。

「じゃあ、合鍵を渡すから、ちゃんと管理してくれ。失くすなよ」

 三浦は受け取る。

「子供じゃねえんだから、大丈夫だ」

「お前の場合、大人だから安心とも言えない」

「信用しろよ」

「信用してるから渡してるんだ」

「そういう言い方なら許す」

 三浦は鍵をズボンのポケットへ入れた。

「そこじゃなくて、財布か鞄の決まった場所に入れろ」

「細かいなあ」

「だから失くすんだよ」

「まだ失くしてない」

 2人は東京へ着いてから、こうしたやり取りを何度もしていた。

 選挙が突然現実のものになったことで、グリフの細かさは以前より増している。

「選挙事務所のほうも、久保さんがコンサルの人を通じて手配してくれたらしい。来週から入れそうだ」

「早いな、久保さん」

「こういうときは、本当に頼りになる」

「普段はお笑い見てるだけなのに」

「本人には言うなよ」

「本人も分かってるだろ」

 グリフはスマートフォンで予定表を確認した。

「俺はこれから、選管と警察へ行ってくる」

「選管は分かるけど、警察にも?」

「街頭活動で道路を使う場合に、どこまでなら届出や許可が必要か確認しておく。駅前によって扱いも違うし、あとになって問題になるより、最初に聞いたほうがいい」

「真面目だな」

「選挙は、真面目にやらないと一発で終わることがあるんだよ」

 三浦も少し表情を引き締めた。

「お前は、その間、駅前で辻立ちしてくれ」

「辻立ち」

「1人で立って、話す」

「駅前でしゃべればいいんだな」

 三浦は少し笑った。

「劇場以外でしゃべるのは、若手の頃以来だ」

「路上ライブみたいにするなよ」

「漫談くらいなら」

「やるな」

「分かってるって」

「言ってはいけないことは、久保さんから聞いてるな?」

「ああ。ノートにもまとめた」

 三浦は鞄から小さなノートを出して見せた。

 表紙には大きく、

 ――街頭活動 注意。

 と書いてある。

「まだ公示前だから、具体的な選挙で“私に投票してください”とは言わない」

「そうだ」

「政治団体《話せる国》として、政策や政治活動を説明する」

「候補予定者という言い方も、状況に応じて慎重にな」

「分かってる」

「金品は配らない」

「当たり前だ」

「飲み物を通行人へ配るのも勝手にやるな」

「やらないよ」

「写真を撮るときも、通行人を勝手に大きく映さない」

「はいはい」

「あと――」

「グリフ」

「何だ」

「大丈夫だよ」

 三浦は笑った。

「今のお前なら大丈夫だとは思ってる」

 グリフも認めた。

「でも気をつけてくれ。これから少し知られるようになれば、ミスを待っている人間も出てくる」

 三浦の笑顔が少し消えた。

「ああ」

「多分ないと思うけど」

「何だよ」

「もし、お前が話して人が集まりすぎたら、一度終わらせて場所を変えるなりしてくれ。通行の邪魔になると警察から注意される」

「“多分ない”が余計だな」

「悪い」

「まあ、俺も多分ないと思うけど」

 2人は笑った。

「正式に道路使用の許可を取って、人を配置できるようになれば、その辺はやりやすくなる」

「その頃には人が集まるかな」

「許可を取ったのに誰も集まらなかったら、警察に笑われるかもな」

 グリフが珍しく冗談を言った。

 三浦は真顔になる。

「それ、あり得るから怖いんだよ」

「他の候補者なら、最初から支援者を10人、20人と立たせられる」

「分かってる」

「お前には、まだそれがない。上村の友達も仕事がある。毎日来られるわけじゃない」

「分かってるって。朝からプレッシャーをかけるな」

「現実を確認してるだけだ」

「その現実をこれから見に行くんだよ」

 グリフは玄関へ向かった。

「じゃあ、俺は先に出るから」

「ああ」

「何かあったら連絡しろ」

「分かった」

 グリフは靴を履いたあと、もう一度三浦を見た。

「頑張れよ」


 今までの注意とは違う、短い言葉だった。

 三浦も一瞬、真面目な顔になった。

「ありがとう」

 グリフが扉を閉める。

 1人になった室内は、急に静かになった。


 *


 三浦は、まず動画配信ができるように部屋を整えた。

 窓際では逆光になる。

 壁を背景にすると生活感が出すぎる。

 結局、小さなテーブルを動かし、その後ろへ《話せる国》と書いた紙を貼った。

「よし」

 配信は夜にやればいい。

 今は外へ出る。

 三浦はリュックを背負った。

 中にはノート、スマートフォン、充電器、水だけ。

 マイクはない。

 スピーカーもない。

 幟もない。

 腕章もない。

 ビラさえまだ出来ていない。

「本当に、ただのおっさんだな」

 鏡に映った自分へ言った。

 これで駅前へ行き、

 ――政治を変えます。

 と言う。

 怪しい人にしか見えない気もした。

 だが、何も揃っていないからといって、何もしなければ一日が終わる。

 三浦は部屋を出た。


 *


 電車を乗り継ぎ、選挙区内の駅へ向かった。

 車内では、何を話すか考え続けた。

 動画配信なら、最初から見ようと思っている人が画面を開く。

 街頭は違う。

 通勤する人。

 買い物へ行く人。

 学校から帰る学生。

 誰一人、三浦の話を聞くために駅へ来てはいない。

「劇場より厳しいな」

 三浦は小声で言った。

 若手芸人だった頃、商店街のイベントや店先で漫才をしたことがある。

 それでも、そのときは舞台があった。

 司会者が、

 ――それでは次は、若手漫才コンビです!

 と紹介してくれた。

 客も、

 ――これから何か始まる。

 と分かっていた。

 今日は違う。

 何の目印もない。

 誰も紹介してくれない。

 三浦自身が、自分の舞台を作らなければならない。


 *


 駅へ着いた。

 改札を出る。

 人は多かった。

 だが、全員がそれぞれの目的地へ向かって歩いている。

 三浦は駅前を一度ぐるりと回った。

 通行を妨げない場所。

 店の入口ではない。

 バス乗り場からも離れている。

 先ほどのグリフの言葉が頭へ浮かぶ。

 ――人が集まりすぎたら。

「まず集めてから心配しろよ」

 三浦は自分でつぶやいた。

 壁際に立った。

 通行人が流れていく。

 誰もこちらを見ない。

 スマートフォンを確認するふりをした。

 1分。

 2分。

 3分。

「これ、始めるタイミング分からないな」

 舞台なら出囃子がある。

 配信なら開始ボタンがある。

 街頭には何もない。

 自分で最初の一言を出すしかなかった。

 三浦は深く息を吸った。

「こんにちは!」

 思ったより大きな声が出た。

 近くを歩いていた女性が、一瞬こちらを見た。

 三浦も驚いた。

「えー……」

 頭が真っ白になる。

 数秒前まで、何を話すか考えていたのに、全部消えた。

「元お笑い芸人の、三浦と申します!」

 2人ほどが振り返った。

 それだけだった。

 人の流れは止まらない。

「今、政治活動をしております!」

 声だけが駅前へ消えていく。

「政治団体、《話せる国》という団体を作りました!」

 誰も止まらない。

「怪しい団体ではありません!」

 1人の男性が三浦を見た。

 三浦は、自分で気づいた。

「いや、自分で怪しくないと言うと、余計怪しいですね」

 男性が少し笑った。

 そのまま歩いていった。

「今のは1人取ったな」

 三浦は小さくつぶやいた。

 少なくとも、反応はあった。

 もう一度、声を張る。

「皆さん、最近、政治家と話したことありますか!」

 数人が顔だけ向けた。

「テレビで見た、ではありません。直接です!」

「僕は、ほとんどありませんでした!」

「選挙のときに握手して、“頑張ってください”“ありがとうございます”!」

 三浦は一人二役でやった。

「これで会話終了です!」

 近くで信号待ちをしていた若い男性が、少し笑った。

 三浦はそこを逃さなかった。

「でも、政治家が決めることで、僕らの生活は変わります!」

「税金も、年金も、子育ても、仕事も、電気代も!」

「なのに僕らが政治へ意見を言えるのは、何年かに一度の選挙だけで、本当に十分でしょうか!」

 声が少し安定してきた。

 漫才の感覚に近かった。

 人の顔を見る。

 誰が聞いているか探す。

 全員に届けようとしない。

 1人でもこちらを見たら、その人へ向かって話す。

「僕は、選挙をなくせと言っているわけではありません!」

「国会議員も必要です!」

「僕自身、そこを目指しています!」

 そこで一瞬、

 ――投票してください。

 と言いそうになり、止めた。

 久保の顔が頭へ浮かんだ。

「ただ、選んだあとの政治にも、普通の人が参加できる道を増やしたい!」

 三浦は続ける。

「例えば、国会で新しい法律ができた」

「これ、おかしくないかと思った」

「今なら、ネットに書く。SNSで文句を言う。友達と話す」

「でも、それで終わることが多いですよね!」

 1人の年配男性が歩みをゆるめた。

 三浦は少しだけ声の調子を落とす。

「僕たちは、公的な電子署名の仕組みを作りたいと思っています」

「国が、本人確認のできる署名サイトを作る」

「そこで一定数の反対が集まったら、国会や政府は、その法律をもう一度考えなければならない」

「そして、なぜ変えるのか、なぜ変えないのか、きちんと国民へ説明する」

 男性は止まらなかったが、歩く速度を落としたまま聞いていた。

 三浦は思った。

 ゼロではない。

「政治家に全部任せるでもない!」

「国民が全部決めるでもない!」

「任せる。でも、任せきりにしない!」

 これは以前、自分で考えた言葉だった。

 街頭で言うと、思ったより響きがよかった。

「政治を、見るだけで終わらせない!」

「僕たちは政治の観客じゃありません!」

 三浦は声を張った。

「この国の持ち主です!」

「観客から、主権者へ!」

 何人かが振り返った。

 三浦は、その瞬間だけ、駅前が小さな劇場になったように感じた。


 *


 だが、舞台とは違う。

 拍手はない。

 笑い声もほとんどない。

 話が終わっても、誰も残らない。

 人の流れは、何事もなかったように続いていく。

「厳しいな」

 三浦は小声で言った。

 10分ほど話して、一度休んだ。

 喉が渇く。

 水を飲む。

 そこへ、40代くらいの女性が近づいてきた。

「すみません」

 三浦は反射的に姿勢を正した。

「はい」

「前にテレビ出てませんでした?」

 三浦の目が少し輝いた。

「出てました」

「芸人さんですよね?」

「元、です」

「ああ、やっぱり」

 女性は少し考える。

「名前が出てこないんだけど」

「三浦です」

「コンビ名は?」

「ポコぽんたです」

「ああ!」

 女性が手を叩いた。

「それ!」

 三浦はうれしかった。

 政治の話は何も伝わっていない。

 それでも、今は人が1人、立ち止まっている。

「今、政治活動をやってまして」

「政治家になるんですか?」

「目指しています」

「へえ」

 女性は三浦を上から下まで見た。

「芸人辞めて?」

「はい」

「大変ですね」

 それだけ言って、女性は去っていった。

 三浦は後ろ姿を見送った。

「政策は聞かないのか」

 だが、少し笑っていた。

 最初はそれでいいのかもしれない。

 元芸人が何か変なことを始めた。

 そこから1人でも、

 ――何を言っているんだろう。

 と思ってくれればいい。


 *


 三浦は、再び話し始めた。

「こんにちは! 元お笑い芸人の三浦です!」

「今日は、票をお願いしに来たわけではありません!」

 自分で言ってから、少し間を置く。

「まだ、お願いできないんです!」

 数人が笑った。

「今日は、話をしに来ました!」

「だから政治団体の名前も、《話せる国》です!」

「皆さんが政治家へ話せる」

「政治家も皆さんへ説明する」

「国民同士も、意見が違っても話せる」

「そういう国にしたいと思っています!」

 三浦は、次第に自分の話し方を見つけていった。

 説明を長くすると、人が離れる。

 難しい言葉を使うと、視線が外れる。

 最初に疑問を投げると、少しだけ顔が向く。

「政治家に直接、何か言ったことがありますか?」

「一つの政党の政策、全部に賛成できますか?」

「選挙が終わったあとに決まった大きな政策に、“それは聞いてない”と思ったことありませんか?」

 反応がありそうな問いを投げる。

 そして最後に、

「それを言える道具を作りましょう」

 と電子署名へつなげる。

 グリフが作った制度説明を、そのまま話しても誰も止まらない。

 三浦は、わずか1時間ほどで、それを身体で理解し始めていた。


 *


 それでも、集まったと言えるほど人は集まらなかった。

 一度に立ち止まった人数は、せいぜい3人。

 その3人も、全員が最初から最後まで聞いたわけではない。

 スマートフォンで三浦を撮っていた若者もいたが、政治に興味があったのか、

 ――昔テレビに出ていた人が駅前にいる。

 と思っただけなのか分からない。

 2時間ほどして、三浦は声が少しかすれてきた。

「今日は、このあたりで終わります!」

 誰に向かって終わりを告げているのか、自分でも分からなかった。

「聞いていただいた皆さん、ありがとうございました!」

 1人の老人が軽く会釈した。

 三浦も頭を下げた。

「また、この辺に来ます!」

 そこまで言い、荷物を持った。

 機材など何もないので、撤収は10秒で終わった。

「楽だな」

 三浦は笑った。

 スマートフォンを見る。

 グリフからメッセージが来ていた。

 ――どうだった?

 三浦は少し考えた。

 ――大盛況。

 と打った。

 送信する直前に消した。

 代わりに、

 ――最大同時観客3人。

 と送った。

 すぐに返信が来た。

 ――上出来。

 三浦は画面を見た。

「本当かよ」

 さらに1件届く。

 ――ゼロから3人になった。

 三浦はしばらく、その文字を見ていた。

 動画配信なら、数百人が見ている。

 テレビなら、もっと多くの人へ届く。

 それでも今日、目の前で立ち止まった3人は、何かが違った。

 三浦の声を聞くために、足を止めた。

 ほんの数十秒かもしれない。

 それでも、自分の言葉で、人の動きを変えた。

 三浦は駅前を振り返った。

 明日も、ここへ来ようと思った。

 今度は、最初の一言をもっと短くする。

 政策説明も削る。

 笑わせるところも、一つくらい入れる。

 だが、政治の話はきちんとする。

 芸人の営業とは違う。

 客を笑わせて帰るだけではない。

 何か一つ、考えるものを持って帰ってもらわなければならない。

「観客から主権者へ、か」

 三浦は小さく口にした。

 その言葉を、配信でもテレビでも何度も使ってきた。

 だが、誰も自分を見ていない駅前に1人で立ってみて、初めて少しだけ意味が分かった気がした。

 観客を主権者にする前に。

 まず、その観客に振り向いてもらわなければならない。


 ***


 その日の夜、三浦がマンションへ戻ったのは、空がすっかり暗くなってからだった。

「疲れた……」

 玄関を開けるなり、靴を脱ぐ前に声が出た。

 1日のほとんどを立ったまま過ごした。

 午前中から駅前をいくつか回り、場所を変えては話す。

 マイクも幟もまだない。

 自分の声だけで、通り過ぎる人間に呼びかける。

 劇場で1時間漫才をするのとは、疲れ方がまったく違った。

 客席なら、少なくとも客は舞台を見る。

 駅前では、三浦を見ないことが普通である。

 振り向いてもらうところから始めなければならない。

 喉だけではなく、足と腰まで重かった。

 リビングへ入ると、グリフもすでに戻っていた。

 テーブルの上には、書類やパンフレットが何冊も広げられている。

「お帰り」

「ただいま。何だ、それ」

「選管と警察でもらってきた資料」

「そんなにあるのか」

「相談してきた。必要になる手続きも、だいたい分かった」

 グリフは1枚ずつ説明しようとしたが、三浦はソファへ倒れ込んだ。

「今は無理」

「聞いておいたほうがいいぞ」

「明日の朝にしてくれ」

「分かった」

 グリフも、三浦の顔を見て諦めた。

「どうだった?」

「最大同時観客3人」

「昼に聞いた」

「そのあと5人まで増えた」

「すごいじゃないか」

「その言い方、本気か?」

「5人が立ち止まったんだろ?」

「一瞬だけな」

「ゼロより5人多い」

「お前、急に前向きなこと言うようになったな」

「候補者が落ち込んでるからだよ」

 三浦は横になったまま笑った。


 *


 その夜も配信を行った。

 ただし、グリフは翌朝いったん倉沢へ戻る。

 飲食店の仕事もある。

 ローサや海翔との生活もある。

 いくら三浦の選挙を手伝うとはいえ、東京へ住み込むことはできなかった。

 1週間のうち、東京へ来られるのは半分程度。

 上村は基本的に週末だけ。

 久保も、選挙事務所が動き始めれば週に一度くらいは東京へ来る予定だったが、毎日面倒を見てもらえるわけではない。

「つまり、これから1人でやる時間が増える」

 配信前、グリフが言った。

「分かってる」

「俺が横から答えを出せないこともあるぞ」

「もう、それなりには話せるよ」

「前よりはな」

「素直に認めろよ」

 実際、三浦の配信は、最初の頃とはかなり変わっていた。

 以前は、三浦が用意した話をし、途中で質問に答える形式だった。

 今は逆だった。

 三浦が話す時間より、コメント欄へ寄せられた意見を拾う時間のほうが長い。

「原発を止めたら電気代が上がるんじゃないですか」

「外国人を受け入れなければ人手不足になるでしょう」

「逆に、受け入れすぎたら賃金が下がりませんか」

「防衛費を増やせば安全になるんですか」

 三浦は、自分の答えを押しつけなかった。

「これは、賛成側だとこういう理屈があります」

「反対側は、こういうリスクを指摘しています」

「この2つはトレードオフですね」

「それはインセンティブをどう設計するかの問題だと思います」

 以前ならグリフが使っていたような言葉も、自然に口から出るようになった。

 ただし、

「トレードオフって何?」

 と聞かれれば、

「こっちを良くすると、反対側がちょっと悪くなる関係です。両方100点は無理ってことです」

 とすぐ言い換える。

 難しい質問には難しい言葉を使える。

 簡単な質問には、普通の言葉で答える。

 いつの間にか三浦は、説明するというより、議論の司会をするようになっていた。

 グリフは画面の外から聞きながら、

 ――これは俺にはできないな。

 と思うことが増えていた。


 *


 そんな頃だった。

 新しいテレビ出演の依頼が届いた。

 今度は地上波ではない。

 BSの深夜番組だった。

 今回の衆議院選挙へ立候補を予定している人の中から、

 ――独自の主張を持つ候補予定者。

 を何人か集め、討論させるという企画だった。

 出演者の顔ぶれを見て、グリフは少し嫌な予感がした。

 1人は、移民政策について極端な発言を繰り返し、過去に何度も炎上している。

 1人は、税制をほぼ全面的に作り直すと主張する経営者。

 1人は、既存の国会を否定するような言葉で注目を集める小規模政党の候補者。

 もう1人は、SNSで数十万人の登録者を持つ動画配信者だった。

 言っている内容そのものは、必ずしもふざけてはいない。

 本人なりの理屈もある。

 しかし、わざと刺激的な言葉を選ぶ人が多かった。

 批判されても構わない。

 嫌われても、名前さえ覚えてもらえればよい。

 無名の候補者が埋もれないための戦略なのだろう。

「これ、出るのか?」

 グリフが久保へ尋ねた。

「出る」

 久保は即答した。

「同類だと思われませんか」

「その危険はある」

「じゃあ」

「今の三浦には、選べるほどテレビの仕事は来ていない」

 久保は冷静だった。

「ただし、ほかの出演者と同じように振る舞う必要はない」

「むしろ違いを出せ?」

「そうだ」

 三浦も出演者一覧を見た。

「結構、濃いな」

「お前も世間から見れば、その枠なんだよ」

 上村が言った。

「直接民主制をやりますって元芸人だからな」

「俺、普通だと思ってたんだけど」

「普通の人は国会議員になろうとして仕事辞めないから」


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