計画が外へ根を伸ばす
配信の視聴者は、急激ではないものの、少しずつ増えていった。
最初は、三浦が芸人だった頃からのファンが中心だった。
久しぶりに見た三浦が政治家を目指しているという物珍しさから見に来る人。
昔のギャグを期待して来る人。
単純に、
――何を始めたんだ、この人。
と興味を持った人。
そこへ、倉沢町の住民や、地方自治に関心のある人が加わった。
さらに、電子署名や直接民主制という言葉を検索して、偶然たどり着く人も出てきた。
1回目の配信では、三浦が話している最中の視聴者は100人にも満たなかった。
それが200人になり、300人になる。
配信終了後の再生回数も、数千回へ届く動画が出始めた。
「増えてるな」
上村が管理画面を見て言った。
「俺の人気が戻ってきた」
三浦が得意そうに言う。
「政治の話を見に来てるんだろ」
「俺が話してるんだから、俺の人気でもある」
「真壁との昔のネタを切り抜いた動画が一番伸びてるぞ」
「それは今、言わなくていい」
数字としては、世間を動かすような規模ではない。
それでも、誰にも知られていなかった数か月前と比べれば、明らかな変化だった。
*
ある朝、倉沢の地方紙に三浦たちの記事が掲載された。
三浦がそれを知ったのは、グリフから送られてきたメッセージだった。
――新聞買ってみろ。
コンビニへ行き、紙面を開く。
地域面に、小さくはない記事が載っていた。
元お笑い芸人が国政挑戦へ。
倉沢町で約10年続く住民参加型の政治制度を国レベルへ広げようとしている。
元町議の田辺直人らと政治団体《話せる国》を立ち上げ、電子署名を使った政治参加制度を提案している。
記事の中では、その構想が、
――「新型民主制」
という言葉でまとめられていた。
その日の夜、4人が三浦の部屋へ集まった。
三浦は新聞をテーブルの中央へ置いた。
「ついに名前が付いたな」
「自分たちで、ずっとそう呼んでただろ」
グリフが言う。
「でも、外の人が使ったのは初めてだ」
三浦は記事の「新型民主制」という部分を指で叩いた。
「これで、俺たちが言い始めなくても使える」
上村が笑う。
「よかったな。“珍しい制度です”って、お前が何度も言ってたから、俺は少し心配してたんだ」
「何が?」
「見出しが、“元芸人三浦、持論の珍民主制を展開”とかになったらどうしようかと思ってた」
一瞬の沈黙のあと、久保が吹き出した。
「珍民主制」
「やめろよ!」
「お前なら、あり得たぞ」
「そんな言葉、誰が使うんだよ」
「新聞記者が面白がったら使うかもしれん」
「使わないですよ」
グリフだけが真面目に否定した。
久保は記事をもう一度眺めた。
「悪くない書き方だ」
「久保さん、何かしました?」
三浦が尋ねる。
「何を?」
「記者に話を回したとか」
「知らんな」
「本当に?」
「新聞記者に、“三浦を記事にしてくれ”などと頼んでも、記事にはならん」
久保は平然としている。
三浦はグリフを見る。
グリフも首を横に振った。
本当に久保が何もしていないのか、三浦には分からなかった。
ただ、久保が東京で何人もの人間と会っていることは知っている。
どこかで、
――倉沢に面白い元芸人がいる。
くらいの話をした可能性はある。
「まあ、いい」
久保は新聞を畳んだ。
「こちらから売り込んだように見えないほうがいい」
「やっぱり何かしたんじゃないですか」
「何も言ってない」
「今の言い方が一番怪しい」
*
その記事が出てから、2か月ほどたった。
年末が近づいた頃、今度は地元テレビ局から連絡が入った。
夕方に放送されている情報番組への出演依頼だった。
三浦だけではない。
グリフにも出演してほしいという。
「俺も?」
連絡を受けたグリフは、三浦に何度も確認した。
「2人でって言ってる」
「俺は政治団体の代表じゃないぞ」
「動画で毎回横にいるから、セットだと思われてるんじゃないか」
「セットじゃない」
「テレビ局に言ってくれ」
番組はいわゆる地域情報バラエティだった。
県内のニュース、地元グルメ、芸能情報、暮らしに役立つ話題。
スタジオには司会者のほか、地元タレントや文化人、元スポーツ選手などのコメンテーターが並ぶ。
その日の一つの話題として、
――元芸人、国政を目指す。
という15分ほどのコーナーが組まれた。
*
収録当日。
三浦は久しぶりのテレビ局に、少し懐かしさを感じていた。
控室。
スタッフの慌ただしい動き。
廊下を小走りで通り過ぎるAD。
遠くから聞こえる笑い声。
芸人だった頃には、何度も見た風景だった。
「懐かしいな」
三浦が言う。
「俺は初めてだよ」
隣でグリフが落ち着かない様子を見せていた。
「町議のとき、テレビ取材はなかったのか?」
「ニュースのインタビューくらいはある。でもスタジオでバラエティに出るのは初めてだ」
「大丈夫。何か振られたら、笑って答えればいい」
「それが一番苦手なんだ」
「今日は俺がいる」
三浦は自分の胸を叩いた。
「こういう場所では、俺のほうが先輩だからな」
「政治の話をするんだろ」
「テレビでは、政治の話をする前にテレビに出なきゃいけないんだよ」
グリフには意味が分からなかった。
*
本番が始まった。
司会者が2人を紹介する。
「さて続いては、元お笑い芸人が政治の世界へ挑戦という、ちょっと変わった話題です」
モニターに、三浦の昔の写真と、現在の配信映像が映った。
「では、お呼びしましょう」
司会者が明るい声を出す。
「政治団体《話せる国》のお2人でーす!」
三浦とグリフは、一瞬顔を見合わせた。
――お2人?
三浦はすぐに察した。
テレビでは、ここで止まってはいけない。
2人でカメラの前へ出る。
三浦が満面の笑顔で頭を下げた。
「どうもー、《話せる国》です!」
そのまま手を広げる。
「今日は名前だけでも覚えて帰ってください!」
数人の出演者が反射的に拍手した。
三浦は一拍置いて、
「って、違いますよ。コンビ名じゃありません。政治団体の名前です」
スタジオに笑いが起きた。
グリフは隣で、少し憮然としていた。
その様子を見た、ベテランの女性タレントがすぐに拾った。
「あら。でも、隣の方、えらい男前やないの」
地方番組らしい柔らかな訛りが混ざる。
「私、顔ばっかり見て、話が頭に入らんかもしれん」
グリフが突然、自分を指さされた。
「え、あ……ありがとうございます」
顔が少し赤くなる。
女性タレントはさらに笑った。
「かわいいわあ」
スタジオの空気が一気に柔らかくなった。
三浦がすぐに割って入る。
「いやいや、顔だけじゃなく、話も聞いてください」
「三浦さんは?」
女性タレントが聞く。
「僕は政策で勝負します」
さらに笑いが起きた。
「今日はよろしくお願いします」
三浦は頭を下げた。
モニター越しに番組を見ていた久保は、家で1人、つぶやいた。
「そういうところだぞ、グリフ」
*
番組で聞かれる内容は、事前の打ち合わせどおり、基本的なものだった。
「そもそも、新型民主制というのは何なんですか?」
「倉沢モデルとは?」
「国民が直接政治へ参加すると、何がよくなるんでしょう」
「電子署名って、どう使うんですか?」
厳しい討論番組ではない。
番組の趣旨は、制度の問題点を徹底的に検証することではなかった。
元芸人として一度挫折した三浦が、新しい目標を見つけ、政治の勉強を始めた。
それを、
――地元のちょっと変わった挑戦者。
として紹介する企画に近かった。
三浦にとって、質問自体はすでに初歩的なものだった。
「簡単に言うとですね」
三浦は手書きのパネルを指した。
「選挙の日だけ国民になるんじゃなくて、選挙と選挙の間にも政治へ意見を言えるようにしましょう、という話です」
「今も意見は言えますよね?」
司会者が尋ねる。
「言えます。でも、言えることと、政治家が聞かなきゃいけないことは別なんですよ」
「なるほど」
「僕らの第1段階では、電子署名で一定数の反対が集まったら、国会や行政は必ずもう1回考えて、その結果を公表する」
女性タレントが言った。
「お母さんが、“あんた、それ本当にやるの?”って聞くようなもん?」
三浦は一瞬考えた。
「かなり近いです」
「もう1回考えなさい、と」
「そうです。ただ、お母さんの場合は、子供が何万人署名しても聞かない可能性があります」
スタジオが笑う。
横でグリフも笑っていた。
配信のときとは違う。
ここで求められているのは、制度の例外を全部説明することではない。
視聴者に、
――何となく分かった。
と思ってもらうこと。
そして、2人に好感を持ってもらうこと。
グリフは、その空気を感じ始めていた。
久保からも、何度か言われている。
「政策を100点に説明するより、また話を聞きたいと思われるほうが大事な場面がある」
政治家も、昔のように難しい顔で演説するだけではない。
笑顔で話し、親しみを持ってもらうことも大切になっている。
グリフ自身は、そういう政治の見せ方を少し軽く感じていた。
だが、テレビに出てみると、意味は分かった。
人は、話の内容だけを見ているのではない。
この人は怖くないか。
話を聞いてくれそうか。
一緒にいて嫌ではないか。
そういうところも見ている。
グリフは意識して、普段より少し笑顔を増やした。
*
三浦も、自分1人だけが話さないように気を配った。
本当なら自分で答えられる質問でも、時々グリフへ振る。
「倉沢の町民会議って、最初から今の形だったんですか?」
「これはグリフのほうが詳しいです」
グリフが答える。
「いえ。最初はもっと単純でした。町民を集めて説明し、話し合い、住民投票をする。ただ、何度かやるうちに、参加できない人や、情報の偏りを心配する人が出てきました」
「それで、オンライン参加とかも増えた?」
司会者が聞く。
「はい。コロナ以降は特に増えました」
三浦は横でうなずいている。
グリフは途中で気づいた。
この質問なら、三浦自身が十分答えられたはずだ。
わざと自分へ話を振っている。
以前の三浦なら、自分が目立てる場面を人へ渡すことなど考えなかっただろう。
その変化に、グリフは少し驚いた。
もちろん三浦には、別の計算もあった。
15分間ずっと自分だけが話していれば、
――隣の男は何をしに来た。
となる。
それでは2人で呼ばれた意味がない。
テレビの間の取り方を、三浦は知っていた。
*
コーナーの最後に、司会者が尋ねた。
「三浦さん、本当に国会議員を目指すんですか?」
「はい」
「厳しいですよ」
「分かっています」
「今のところ、どこかの政党から出る予定は?」
「ありません。今は無所属で挑戦する方向です」
「勝算は?」
三浦は少し考えた。
「今のところ、ないです」
スタジオが笑った。
「ないんですか!」
「嘘ついて、“あります”って言っても仕方ないですから」
三浦も笑う。
「ただ、昨日よりは少し増えました」
「昨日より?」
「今日、こうしてテレビで見てもらったから」
司会者が笑顔でうなずいた。
「なるほど」
三浦はカメラへ向いた。
「まずは僕たちが何を考えているか、知ってもらいたいです」
「政治に詳しい人だけじゃなく、僕みたいに今まで選挙へ行ったり行かなかったりした人にも聞いてもらいたい」
「政治の観客じゃなく、参加する側へ行きませんか」
画面には、
――観客から主権者へ。
という文字が表示された。
15分のコーナーは、和やかな雰囲気のまま終わった。
*
テレビ出演は、その一度きりだった。
全国放送から声がかかることもなかった。
三浦は少し期待していたので、2週間ほどしてから、
「次、来ないな」
と言った。
「1回出ただけでも十分だ」
グリフが答えた。
「もう1回くらい呼ばれると思ったんだけど」
「政治家として呼ばれたいのか、芸人として呼ばれたいのか、どっちだ」
「両方」
「欲張りだな」
しかし、テレビ出演には別の効果があった。
動画配信者から、コラボの依頼が届くようになったのである。
地域情報を扱う配信者。
中小企業の経営を扱うチャンネル。
子育てや教育について話す配信者。
元会社員が社会問題を扱う小規模な番組。
ただし、久保は相手をかなり選んだ。
「政治色の強い人とは、今は組むな」
「何でです?」
「すでに支持政党が決まっている視聴者を奪い合っても、効率が悪い」
「直接民主制に賛成の人なら、いいんじゃないですか?」
「その人のほかの政治主張まで、お前のものだと思われる」
グリフも同意した。
「今は、右にも左にも色を付けないほうがいい」
「無色でいく?」
「無色というより、論点ごとに考える姿勢を出す」
久保の狙いは、最初から明確だった。
既存政党を強く支持している人を説得するのは難しい。
それより、今まで特定の政党を支持していない人。
選挙へ行ったり行かなかったりする人。
政治には不満があるが、政治活動へ参加するほどではない人。
そこを狙う。
「無党派を、どれだけ投票所へ連れていけるかだ」
久保は何度も言った。
「自民……じゃなかった、自由共和党の支持者を100人奪うより、今まで投票していなかった1,000人のうち100人に来てもらうほうが、三浦には現実的だ」
「じゃあ、政治の話を普段していない配信者へ出る」
「そうだ」
「料理チャンネルでも?」
「政治の話をさせてもらえるならな」
「ゲーム配信でも?」
「お前がゲームをできるなら」
「できない」
「なら、やめろ」
三浦は、政治の世界へ入ろうとしながら、政治の外にいる人間へ会うことを求められていた。
それは不思議でもあり、三浦には合っている気もした。
***
秋から冬へ入る頃には、政治団体《話せる国》への寄付も呼びかけ始めた。
最初は、三浦自身が驚くほど集まらなかった。
1週間で数万円。
2週間で10万円ほど。
「こんなものか」
三浦が落胆する。
「ゼロよりいい」
久保は淡々としていた。
「見ず知らずの元芸人に、自分の金を渡すんだぞ。1,000円だって大きい」
「でも選挙には1,000万必要だって」
「1,000万を、1,000円ずつ1万人から集めたら1,000万だ」
「1万人必要じゃないですか」
「そういうことだ」
三浦は頭を抱えた。
それでも、配信のたびに寄付の案内を出した。
無理のない範囲でお願いします。
大口の支援者だけで活動したくない。
少額でも、多くの人に支えてほしい。
そう説明した。
年末までに集まった金額は、100万円には届かなかった。
それでも、三浦にとっては大きかった。
自分の政治活動へ、自分と直接会ったことのない人間が金を出した。
「これ、すごいな」
入金一覧を見ながら、三浦が言った。
「1,000円の人、多いですね」
「いいことだ」
久保が答える。
「1人から100万円もらえば、その人の顔色を見なければならなくなる」
「1,000円を1,000人なら?」
「1,000人の顔色を見ることになる」
「もっと大変じゃないですか」
「それが民主主義だ」
久保は笑った。
*
そうして、少しずつ準備は進んでいった。
政治団体を作った。
週1回の動画配信を続けた。
地域紙に取り上げられた。
テレビにも一度出た。
配信者とのコラボも始まった。
寄付も、わずかながら集まった。
上村は昔の知り合いへ少しずつ連絡を取り、東京で手伝えそうな人を探していた。
久保は選挙関係の業者や、東京の知人とのつながりを増やしている。
グリフは電子署名基盤の制度案を詰めながら、三浦と一緒に、経済、安全保障、外国人政策などの勉強も続けていた。
何か一つが、大きく成功したわけではない。
それでも、数か月前には三浦のアパートの中にしか存在しなかった計画が、少しずつ外へ根を伸ばしていた。




