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22/27

選挙だけでは足りない

 配信当日、三浦は開始時刻の2時間前から部屋の中を歩き回っていた。

 ライブ配信に使うアカウントは、芸人時代に作ったものだった。

 《ポコぽんた 三浦》

 登録者の大半は、三浦がまだテレビへ出ていた頃に集まった人たちである。

 最後の投稿から、すでに2年近くがたっていた。

 政治用に新しいアカウントを作る案も出た。

 お笑いから政治へ。

 あまりにもジャンルが違う。

 昔のファンからすれば、久しぶりに通知が届いたと思ったら、元芸人が急に政治を語り始めるのである。拒否反応を示す人もいるだろう。

 それでも三浦は、元のアカウントを使うことにした。

「芸人だった俺と、政治家を目指す俺を、別の人間みたいにしたくないんだよ」

 そう説明すると、グリフはしばらく考えたあと、反対しなかった。

 久保も、

「知名度が足りない人間が、せっかく残っている知名度まで捨てる必要はない」

 と賛成した。

 上村だけは、

「昔のお前を知ってるやつから、何を言われても怒るなよ」

 と念を押した。

 配信場所は、いつもの三浦のアパートだった。

 六畳の部屋へ、小さな照明、ノートパソコン、外付けマイクが持ち込まれている。

 壁には、政治団体《話せる国》と書かれた紙が貼られていた。

 その下には、

 ――観客から主権者へ。

 という言葉がある。

 カメラの正面には三浦が座る。

 グリフは画面の外で、進行時間と説明内容を確認する役。

 上村は別の端末で、配信が途切れていないか、コメント欄が荒れていないかを見る。

 久保は、腕を組みながら部屋の後ろへ座っていた。

「久保さんも映ります?」

 三浦が尋ねた。

「映らん」

「少しくらい出てくれれば、政治関係者がいる雰囲気が出ますよ」

「私が出れば、お前より私が何者かという話になる」

「それは困りますね」

「それに、今日は候補者を見る日だ」

「まだ候補者ではありません」

「では、候補者になるつもりの人間を見る日だ」

 三浦は時計を確認した。

 開始まで、あと5分。

「何人くらい来ると思う?」

 上村が尋ねる。

「100人来れば、大成功じゃないか」

 グリフが答えた。

「昔は、動画によっては何万回も見られたぞ」

 三浦が言う。

「昔の漫才だろ」

「俺の顔を見たい人が、それだけいるってことだ」

「真壁を見たかった人も入ってるからな」

「直前に不安になること言うなよ」

 配信開始を予告する画面には、すでに30人ほどが待っていた。

 コメント欄に短い言葉が流れる。

 《本物?》

 《懐かしい》

 《何の配信?》

 《ポコぽんた解散してたのか》

 《政治家ってタイトルにあるけど、ネタ?》

 三浦はコメントを見て、喉を鳴らした。

「最後のやつ、どうする?」

「ネタではないと言えばいい」

 グリフが答える。

「本当のことを話せ」

「本当のことが一番信じてもらえないんだよな」

 残り10秒になった。

 久保が言う。

「カメラを人間だと思うな」

「じゃあ、何だと思えばいいですか」

「昔、お前を見て笑ってくれた客だ」

 三浦は一度、目を閉じた。

 舞台へ出る直前にも、こうして呼吸を整えていた。

 上村が配信開始のボタンを押す。

 画面に三浦の姿が映った。


 *


「どうも。皆さん、ご無沙汰しております」

 三浦は、少し緊張した笑顔で頭を下げた。

「元《ポコぽんた》の三浦です」

 コメント欄が一気に動いた。

 《老けたな》

 《髪形普通になってる》

 《相方は?》

 《久しぶり!》

「老けたと書いた人。あなたも2年分老けていますからね」

 三浦は反射的に言い返した。

 部屋の後ろで、久保が小さく笑った。

「今日は、漫才の配信ではありません」

 三浦は姿勢を正した。

「最初に、きちんとご報告します。《ポコぽんた》は解散しました」

 事務所からは、すでに解散が発表されている。小さなネットニュースにもなった。

 それでも、三浦本人の口から説明するのは初めてだった。

「相方の真壁は、芸能界を辞めました。けんか別れではありません。たぶん。少なくとも、殴り合いはしていません」

 短い笑いがコメントに流れる。

「真壁には、長いあいだ本当に世話になりました。ネタを書いていたのは、ほとんど真壁です。僕は、そのネタを少し分かりやすくしたり、間を直したり、自分が目立つようにしたりしていました」

 グリフが、最後の一つは言わなくてよいという顔をした。

「今日は、解散報告だけではありません」

 三浦は一度息を吸った。

「配信のタイトルにもありますように、私は政治家を志すことにしました」

 コメントの流れが変わった。

 《え?》

 《本当にネタじゃないの》

 《何党?》

 《地方議員?》

 《急すぎる》

 三浦は画面を見た。

「急だと思いますよね。僕も、半年前には思っていませんでした」

 地元へ戻ったこと。

 高校時代の友人である上村を通じて、元町議のグリフと知り合ったこと。

 倉沢町で行われている、町民会議と住民投票の仕組みを知ったこと。

 それを国の政治へ広げられないかと考え始めたこと。

 細かい経緯は省き、できるだけ短く説明した。

「政治に、まったく関心がなかったわけではありません。でも、詳しかったかと言われると、全然詳しくありませんでした」

 三浦は正直に言った。


 *


「ところで、皆さん、最近、選挙に行きましたか?」

 コメント欄に、行った、行かなかった、覚えていないという言葉が混ざって流れる。

「僕は、行ったり、行かなかったりです」

 三浦は少し間を置いた。

「正直に言います。だいたい行っていませんでした」

 画面の外で、グリフがわずかに眉を寄せた。

 政治家を志す人間の最初の配信で言うには、危険な告白だった。

 しかし久保は何も言わない。

「一応、友人に調べてもらいました」

 三浦は足元からスケッチブックを持ち上げた。

 手書きの文字をカメラへ向ける。

 ――選挙に行かなかった主な理由。

 1、適当な候補者や政党がなかった。

 2、選挙にあまり関心がなかった。

 3、政党や候補者の違いが分からなかった。

 4、仕事や用事があった。

 5、選挙で政治がよくなると思えなかった。

 6、自分1人が投票しても変わらないと思った。

「いろいろな調査がありますので、順番や言葉は違います。ただ、よく出てくる理由は、だいたいこんな感じです」

 三浦はスケッチブックを見た。

「僕の場合、4番は違いますね」

 数秒置く。

「暇でしたから」

 コメント欄に笑いを示す文字が流れた。

「僕の場合、一つには絞れませんが、1番と2番ですかね。入れたいと思える候補がいなかった。そもそも、そこまで政治に関心がなかった」

 三浦はスケッチブックを下ろした。

「でも、真面目に投票へ行こうと思ったこともあるんです」

 候補者個人のことは分からなくても、政党なら政策を調べられる。

 そこで各党の主張を見比べた。

「これは、あくまで僕個人の印象です」

 三浦は念を押した。

「自由共和党は、国を守ることや経済については、僕と近い部分もありました。でも、政治と金の問題が何度もニュースになる。そこは嫌だと思いました」

 画面の外で、グリフが「言葉に気をつけろ」と書いた紙を上げる。

「もちろん、所属する人が全員悪いと言っているわけではありません」

 三浦はすぐに補った。

「じゃあ、社会公正党や共生労働党はどうか。人権や福祉の考え方には、いいと思うものもあります。選択的夫婦別姓も、選びたい人が選ぶなら、僕は別にいいと思います」

「でも、安全保障の考え方には、僕と違う部分がある。僕は、国を守る自衛隊は必要だと思っています」

 三浦は両手を少し広げた。

「ほかにも、いろいろあります」

「何が言いたいかというと、一つの政党へ票を入れたら、その党の主張を全部支持したことにされるのが嫌なんです」

 コメントの流れが少し遅くなった。

 視聴者が聞き始めていることを、三浦にも感じられた。

「例えば、自衛隊は必要だと思って自由共和党へ入れたとします」

「そうすると、政治と金の問題まで、“選挙で勝ったから国民は許した”“みそぎは済んだ”と言われるかもしれない」

「いや、そこは許していない。自衛隊の話だけで入れたんだと言っても、政治家には聞こえません」

 三浦は、見えない投票用紙へ印を付けるように、指を動かした。

「それぞれの問題について、別々に丸と罰を付けさせてくれ」

 言ったあと、数秒黙った。

 芸人時代から身についた間だった。

「そう思いませんか?」

 《分かる》

 《全部賛成の党なんかない》

 《選挙はそういうものでは》

 《候補者を選ぶしかないだろ》

 賛成だけでなく、反論も流れ始める。

 三浦はすぐには反応せず、話を続けた。


 *


「あと、消費税を上げるとか、僕たちの負担が増えることって、選挙が終わったあとに決まることが多いですよね」

「選挙のときに、はっきり言わなかったことまで、“選挙で選ばれましたから”で進んでいく」

「もちろん、急に起きる問題もあります。選挙の前に、4年間のすべてを決めておくのは無理です」

「でも、それなら大きなことを決めるときに、もう一度、僕たちへ聞く道があってもいいんじゃないでしょうか」

 三浦の声から、少しずつ緊張が消えていった。

「政治のニュースを見ていると、よく言いますよね」

 三浦は、テレビのキャスターをまねるように、声を少し落ち着かせた。

「“この問題は、国民的な議論が必要です”」

 次に、真面目なコメンテーターの顔を作る。

「“国民一人一人が、考えるべき時期に来ているのではないでしょうか”」

 元の表情へ戻る。

「それ、いつ、どこでやってるんですか?」

 久保が声を出さずに笑った。

「僕が子供の頃から、ずっと聞いています。でも、だいたいそのあと、天気予報か芸能ニュースへ行きます」

「国民的な議論、30秒で終了です」

 コメント欄が速くなる。

「テレビの人を怒らせると、今後呼んでもらえなくなるので、これ以上はやめておきます」

 一度笑わせたあと、三浦は少し表情を改めた。

「でも、マスコミにも、問題点を紹介するだけじゃなくて、解決まで追いかける番組があってもいいと思います」

「問題を解決しようとする1人の公務員や、一つの町を何か月も追いかける」

「アイドルが成長していく番組が、あれだけ人気になるんです。政治や行政で頑張る人の成長だって、見せ方によっては面白いと思います」

「少なくとも僕は見たいです」

 グリフが、次へ進めと書いた紙を掲げた。

 三浦がその紙を見た。

「すみません。愚痴ではないんですが、不満ばかりになってきました」

「画面の外から、“先へ行け”と指示が出ました」

 《誰がいるの》

 《スタッフいる?》

 《相方?》

「相方ではありません。今日は友人たちに手伝ってもらっています」

 三浦は話を戻した。

「選挙に行かない人が増えれば、政治にいつも関わっている一部の人の意見が、強くなります」

「政治家と直接会える人。大きな企業や団体の代表。昔から後援会へ入っている人」

「もちろん、そういう人たちが悪いわけではありません。政治家に意見を伝えるために、時間を使って努力しているんですから」

「でも、僕たち普通の人が政治家と話せるのは、選挙のときに握手して、1分くらい話せるかどうかです」

 三浦は両手を合わせ、握手をするまねをした。

「“応援しています”“ありがとうございます”」

「終わりです」


 *


「政府が国民の声を聞くために、有識者会議を開くこともあります」

「ところで、有識者って誰でしょう」

 三浦はカメラへ顔を近づけた。

「皆さんの友達に、有識者会議へ出た人、いますか?」

 コメント欄に、いない、大学教授の知人ならいる、という言葉が流れる。

「パブリックコメントという制度もあります。でも、資料が難しい。普通の人が仕事から帰って、何十ページもある行政資料を読んで、期限までに意見を書くのは大変です」

「制度はある。でも、使える人が限られている」

「じゃあ、こうなったのは、誰が悪いんでしょう」

 三浦は少し間を置いた。

「政治家ですか」

「マスコミでしょうか」

「それとも、選挙へ行かなかった僕たちでしょうか」

 部屋が静かになる。

「もちろん、悪い政治家もいると思います。無責任な報道もあるかもしれません。僕たち国民も、政治を人任せにしてきました」

「ただ、調べてみると、こういう問題は日本だけではありません」

「独裁国家の話ではありません。選挙のある民主主義の国でも、政治家と普通の人が離れている、政治への信頼が下がっている、選挙へ行く人が減る。似た問題があります」

 三浦は一度、言葉を選んだ。

「ということは、人だけの問題ではないんじゃないかと思いました」

「制度が悪い」

 そこまで言って、少し言い直す。

「悪いというより、足りない」

「選挙で代表を選ぶ仕組みは必要です。でも、それだけでは足りないんじゃないか」


 *


「世界には、普通の人が、もっと政治へ参加できる仕組みを持っている国があります」

 三浦は新しいスケッチブックを開いた。

 左にアイルランド、右にスイスと書かれている。

「まず、アイルランドです」

「アイルランドでは、難しい問題を政治家だけで決める前に、無作為に選ばれた普通の市民が集まることがあります」

「無作為というのは、国民の縮図になるよう、年齢や性別、地域などを考えて選ぶということです」

 三浦は、椅子に座った人たちの簡単な絵を指した。

「選ばれた人たちは、専門家から説明を聞きます。賛成する人の話だけでなく、反対する人の話も聞く。当事者の経験も聞く」

「それから、時間をかけて話し合います」

「いきなり、“賛成の人、手を挙げて”ではありません」

「同性婚や妊娠中絶のように、国を2つに分けそうな難しい問題でも、この市民会議が勧告を出し、そのあと議会や国民投票へつながった例があります」

「普通の人でも、きちんと情報をもらい、時間をかければ、難しい問題を考えられる。そういう仕組みです」

 三浦は、右側のスイスを指した。

「次がスイスです」

「スイスでは、国民が署名を集めて、憲法を変える提案を出すことができます」

「また、議会が新しい法律を作ったとき、一定数の署名が集まれば、国民投票にかけて、その法律へ待ったをかけることもできます。これをレファレンダムと呼びます。なんかかっこいいでしょ」

「国の大事なことは、政治家だけで終わらず、最後に国民が直接投票する。そういう制度です」

 三浦は短くまとめた。


 *


「アイルランドは、普通の人が、よく考える仕組み」

「スイスは、普通の人が、提案したり、止めたり、最後に決めたりする仕組みです」

 画面の外で、グリフが小さくうなずいた。

 正確さを優先すれば、補足したい点はいくつもある。

 しかし、初めて聞く視聴者へ大まかな違いを伝える説明としては、十分だった。

「じゃあ、日本では何もやっていないのか」

 三浦は続けた。

「国レベルでは、まだ限られています。でも、地方では似た取り組みがあります」


「例えば、岩手県の倉沢町です」

「倉沢では、無作為に選ばれた町民が、専門家や当事者の話を聞いて話し合います。そこでいくつかの案を作り、必要な場合は住民投票で町民全体の考えを確かめます」

「投票して終わりではありません。何年か後に、本当にうまくいったか確認します」

「間違っていれば、また直す」

「これを、約10年続けています」

「倉沢だけではありません。日本のほかの自治体でも、住民投票や、無作為に選んだ市民による会議は行われています」

 三浦はカメラをまっすぐ見た。

「このような仕組みを、日本の国政でも使えるようにする」

「それが、僕たちの主張です」


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