町議を辞める理由
午後1時を少し過ぎた頃、グリフは藤樹堂の事務所に着いた。
藤樹堂は、グリフの母の姉である春子が社長を務める会社だった。もともとは地域の食品を扱う小さな商いから始まったが、土産物の製造販売、飲食店の運営、インターネット通販などへ事業を広げ、今では倉沢町を代表する企業の一つになっている。
敏夫は春子の夫で、現在は会長だった。
グリフも役員として経営に加わっている。彼が11年前に始めた《ワルン・クラサワ》も、当初は個人経営だったが、店舗の増加とともに藤樹堂へ統合された。
会社の規模はずいぶん大きくなった。
それでも事務所は、昔のままだった。
低い天井、少し色あせた壁紙、年季の入った書棚。暖房の近くには従業員たちの手袋やマフラーが干され、窓際には春子がどこかでもらってきた鉢植えが並んでいる。
来客用のソファも、グリフが高校生の頃から同じものだった。
事務所に入ると、敏夫はコートを片手に立っていた。
「直人君、おはよう」
「もう午後ですよ」
「君にとっては、おはようじゃないのか」
「……聞きました?」
「上村君から、朝に電話が来た。昨夜は楽しかったそうだな」
「余計な報告を」
敏夫は笑いながら腕時計を見た。
「悪いけど、このあと出かける用事が入ったんだ。すぐ打ち合わせでもいいかな」
「はい。遅れてすみません」
「まあ、座って」
2人は事務所の隅にある打ち合わせ用のテーブルについた。
敏夫は手帳を開き、眼鏡を少し上げた。
「それで、次の選挙だけど」
前置きなく、本題に入った。
「どうするつもりだ?」
グリフは一度、姿勢を正した。
「次は出ない方向で考えています」
「そうか」
敏夫は手帳に視線を落としたまま、しばらく黙っていた。
グリフの任期は、あと半年ほど残っている。町議選への態度を明らかにするには、まだ多少の時間はあった。
*
「もったいない気はするな」
敏夫が顔を上げる。
「今なら、出ればまず当選するだろう。私も2期で辞めた人間だから、偉そうなことは言えないけどね」
敏夫も、かつて倉沢町議を2期務めていた。
8年前、藤樹堂の事業が大きくなり始めた時期に、会社経営へ専念するため出馬を見送った。だが、長年支援してきた後援会からは、後継者を立ててほしいという声が強かった。
そのとき、敏夫が白羽の矢を立てたのが、甥のグリフだった。
飲食店の経営者として地域に顔が知られ、商店街や河川清掃などの活動にも参加していた。外国人の受け入れや太陽光発電所の問題でも町政に深く関わっていたため、まったくの素人というわけでもなかった。
それでも、本人は最初、出馬を渋った。
最終的には、当時の村田町長からの後押しもあり立候補し、そのまま当選した。
「村田知事からは、今度は県議に出てみないかと言われている」
「敏夫さんがですか?」
「いや、私は断ったよ。今さら議員に戻るつもりはない」
敏夫は手を振った。
「だけど、直人君が町議を辞めるなら、そっちはどうだ。町より大きな仕事ができるぞ」
現在の岩手県知事である村田は、以前、倉沢町長を務めていた。
町長時代から敏夫とは近く、グリフが新人候補として当選できたのも、村田の支援によるところが大きかった。村田が県政へ転じたあとも、両者の関係は続いている。
「県議ですか」
「向いていると思うけどな。町議としての実績もある。知事との関係も悪くない」
「私としては、料理人に戻りたいと思っています」
敏夫の表情が少し変わった。
「料理人に?」
「はい。店の経営だけでなく、もう一度、厨房にもきちんと立ちたいんです」
「今も、ときどき店には出ているだろう」
「昨日みたいに、注文を取って、そのまま客と飲み始めるような出方じゃなくてですよ」
「なるほど」
敏夫は声を出して笑った。
グリフも笑ったが、そのあとで少し真剣な表情になった。
「私の性格では、政治と仕事の両方を続けるには、少し容量が足りませんでした」
「容量?」
「キャパシティーです。どちらかを適当にできればいいんでしょうけど、頼まれると、つい最後までやろうとしてしまう」
「それは分かるな」
「海翔も大きくなってきました。ローサにも、ずいぶん負担をかけています。家族との時間も作りたいんです」
「海翔君は、まだ3歳だったな」
「はい」
敏夫は眼鏡を外し、ハンカチでレンズを拭いた。
「直人君は、議員になっても、もう少し適当にやると思っていたんだが」
「ひどいですね」
グリフは笑った。
「いや、不真面目だと思っていたわけじゃない。ただ、昔から割と適当なところもあったから」
「もっと要領よく、手を抜くと思っていた?」
「正直に言えば、少しはね」
「自分でも、そう思っていました」
「ところが、頼まれると断れない」
「そうなんですよ」
「しかも、困っている人を見つけると、自分から話を聞きにいく」
「それは敏夫さんの影響でしょう」
「私のせいにするのか」
「最初に立候補を頼んだのも敏夫さんです」
「それを言われると弱いな」
2人は顔を見合わせて笑った。
敏夫は再び眼鏡をかけると、少し穏やかな口調になった。
「要するに、疲れたということかな」
「まあ、そうです」
「それなら、少し休むのもいいかもしれないな」
敏夫は椅子の背にもたれた。
「政治は、辞めたら二度と戻れないというものでもない。海翔君が大きくなって、手が離れる頃に、またやりたくなれば戻ればいい」
「そうですね」
「後援会の人たちは残念がるだろうけど、理由を説明すれば分かってくれる人もいる」
「支援してもらった方には、申し訳ないと思っています」
「後任の当ては?」
「今のところ、特には」
「そうか」
敏夫は手帳を閉じた。
「だったら、それは私のほうでも探してみよう」
「もう探すんですか」
「半年なんて、すぐだよ。選挙の準備は早いほうがいい」
敏夫は立ち上がり、コートに腕を通した。
「それに、直人君が本当に辞めるかどうかは別として、選択肢は用意しておいたほうがいい」
「まだ疑ってます?」
「人は、周りに頼まれると気が変わるからな。特に、頼まれると断れない人間は」
「よく御存じで」
「長い付き合いだからね」
敏夫はそう言うと、時間を気にしながら事務所を出ていった。
***
1人残ったグリフは、自分の机に座った。
パソコンを立ち上げ、溜まっていたメールを確認する。
飲食店の仕入れに関する連絡。藤樹堂の通販部門からの売上報告。町議会事務局から届いた次回会議の資料。
その中に、支援者からのメールがあった。
件名は、「コミュニティバスの増便について」。
町営バスを利用している高齢者から、午後の便をもう1本増やしてほしいという要望だった。現在の時刻表では、病院の診察が少し長引いただけで、帰宅できる便が夕方までなくなってしまうという。
グリフはメールを読みながら、机の横に積まれた資料へ目を向けた。
そこには、住民投票や町民会議に関する過去の報告書が並んでいた。
倉沢町は、住民投票の多い町として知られている。
最初に行われたのは、9年ほど前。山のふもとに計画された太陽光発電所の建設をめぐるものだった。
当時の村田町長が、住民の意思を確認するために実施を決めた。しかし、その仕組みを提案したのはグリフだった。
単純に、建設に賛成か反対かを問うだけではない。
まず、無作為に選ばれた町民を中心に町民会議をつくり、専門家や行政、事業者、反対住民の説明を聞く。そのうえで、計画どおり建設する案、規模を縮小する案、場所を変更する案、中止する案など、複数の選択肢を検討する。
町民会議で絞り込まれた案を、最後に住民投票へかけるという方法だった。
住民投票の結果に法的な拘束力はなかったが、村田は、結果を最大限尊重すると議会で明言した。
翌年には、学校の統廃合をめぐって2度目の住民投票が行われた。
このときも、投票の前に町民会議が設けられた。児童数や校舎の維持費だけでなく、通学時間、地域コミュニティーへの影響、廃校後の校舎利用まで話し合った。
会議を設けたことで、住民の間には、自分たちも行政の判断に関わっているという意識が生まれた。
ただ賛成票や反対票を投じるだけでなく、なぜその案を選ぶのかを、家族や近所の人と話すようになった。
政治に関心のなかった住民が傍聴に訪れ、町の資料を読むようにもなった。
最初の2回は、町長側の主導によるものだった。
だが、村田が知事選へ転じ、別の町長に代わってからも、住民投票は何度か行われた。
理由の一つには、政治的な計算もあった。
住民投票を行えば、町長が新聞やテレビに取り上げられる。住民参加を重視する町長という印象を与えることができ、実際、最初のうちは支持率の上昇にもつながった。
しかし、何度も繰り返せば、報道の新鮮味は失われる。
住民投票は次第に特別な政治イベントではなく、通常行政の手続きの一つとして見られるようになった。費用や職員の負担も問題になり、町長側から提案される回数は減っていった。
*
そうした中で、直近の2回は住民側からの要請を受けて実施されたものだった。
一つが、町営コミュニティバスの導入。
もう一つが、過疎対策と子育て支援を目的とした教育費の助成と、英語教育の充実である。
どちらの案件にも、グリフは積極的に関わった。
コミュニティバスでは、近隣自治体の運行状況や経費を調査した。
何人乗りの車両を使うのか。毎日走らせるのか、曜日を限定するのか。利用者から料金を取るのか。高齢者や障害者は無料にするのか。利用者が少なかった場合、何年で見直すのか。
行政が示す資料を読むだけでなく、実際に別の町のバスに乗り、運転手や利用者からも話を聞いた。
その調査をもとに、町民会議では具体的な運行コースや料金、見直し時期まで話し合えるようにした。
英語教育の充実については、グリフ自身に思い入れがあった。
彼は英語を話すことができた。以前から、外国人観光客への対応に困っている商店街の店主たちを集め、簡単な英会話を教える活動も行っていた。
「子育てしやすい町にします」
それ自体は、どの地方自治体も掲げている。
給食費や教材費を助成するだけでは、倉沢町ならではの特色を出すことは難しいと、グリフは考えていた。
また、倉沢町では、グリフの父の故郷であるルンザット島をはじめ、インドネシアから多くの技能実習生を受け入れていた。
彼らの中には、インドネシア語だけでなく英語を話せる者もいた。
英語教育に協力してもらえば、実習生たちが倉沢町へ貢献する機会になる。それによって、外国人労働者を単なる働き手ではなく、地域の一員として見てもらえるのではないか。
グリフには、そんな考えもあった。
しかし、実際に学校教育へ参加してもらおうとすると、簡単にはいかなかった。
学校の授業に外部の人間を継続的に入れるためには、資格や責任の範囲、事故が起きた場合の対応など、いくつもの制度上の壁があった。
町民会議では、韓国でかつて運営されていた「英語村」のような施設をつくってはどうかという案も出た。
敷地内では原則として英語しか使わず、買い物や食事、宿泊などを疑似体験する施設である。教育効果だけでなく、観光施設としても利用できるのではないかという期待があった。
だが、建設費と維持費を試算すると、小さな倉沢町が単独で運営できる規模ではないことが分かった。
最終的に実現したのは、もっと小さく、倉沢町らしい取り組みだった。
商店街の一部店舗を、期間限定で「英語で買い物をする店」にしたのである。
中高生を含む子供たちは、店員と英語で会話をすれば、商品の代金が少し割引された。値引き分は、上限を設けたうえで町が負担した。
「これをください」
「英語で言ってみて」
「……ディス、プリーズ」
「もう少しだな」
店先では、そんなやり取りが繰り返された。
最初は恥ずかしがっていた子供たちも、友達同士で参加するうちに慣れていった。
中には、道に迷った外国人観光客から英語で話しかけられ、身ぶりを交えながら光明神社への道を説明した中学生もいた。
取り組みの前後に行われた学力テストでは、目立った点数の上昇は見られなかった。
だが、参加者へのアンケートでは、「外国人に話しかけられても、以前ほど怖くなくなった」「英語以外の言葉も知りたくなった」という回答が増えた。
数字で測れる学習効果は限定的でも、人への抵抗感を減らす効果はあった。
倉沢町の取り組みは、やがて地方行政に関わる研究者や自治体職員から注目されるようになった。
町民会議で複数の案を検討し、その後に住民投票を行う。
投票して終わりではなく、実施後にも効果を検証し、必要なら計画を修正する。
そうした一連の仕組みは、いつしか
「倉沢モデル」
と呼ばれるようになっていた。
*
グリフは、古い報告書の背表紙を眺めながら、支援者からのメールに戻った。
コミュニティバスが走り始めたときには、町民会議の参加者たちと一緒に、始発便へ乗った。
高齢の女性が、これで1人でも病院へ行けると喜んでいた。
だが、運行を始めれば、それで完成ではない。
利用する人の生活が変われば、必要な時間帯やコースも変わっていく。今回の増便要望も、制度が地域に根づいたからこそ出てきたものだった。
グリフは返信を書き始めた。
要望の内容は理解したこと。
現在の利用者数と運行費用を確認する必要があること。
まずは役場の担当者を紹介し、利用者から詳しい事情を聞く場を設けたいこと。
そこまで書いて、指を止めた。
自分の町議としての任期は、あと半年ほどしかない。
その先は、おそらく料理人へ戻る。
新たな要望に、どこまで関わるべきなのか。
最後まで責任を持てない仕事へ手を広げるべきではないという思いがある一方、困っている人から届いた声を、担当者へ回すだけで終わらせてよいのかという思いもあった。
グリフはしばらく画面を見つめてから、一文を書き加えた。
――必要であれば、利用者の方々との話し合いには、私も同席いたします。
書き終えてから、グリフは苦笑した。
「だから疲れるんだよな」
誰もいない机で、そうつぶやく。
送信ボタンを押すと、メールはすぐに画面から消えた。
窓の外では、雪が少しずつ強くなっていた。




