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すみれ荘には普通の人間がいない 〜元・天才フィクサーの平穏な日常は、深夜のキッチンで崩壊する〜  作者: リリリリス
【第二章:共犯者たちの学園狂騒曲】

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第十四話:電撃の抜き打ち検査と、影の回収作戦

お弁当を巡る旧校舎でのドタバタ劇から、わずか数日後の木曜日。

白蘭学園に、未曾有の緊張感が走っていた。


 キーンコーンカーンコーン……。


 五時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り響くと同時に、教室のドアが荒々しく開いた。入ってきたのは、学園内でも「鬼の風紀顧問」と恐れられる生活指導の黒岩教諭。その後ろには、腕章を巻いた風紀委員たちがズラリと従っている。


「全員、席を立つな! 今からこれより、全校一斉の『抜き打ち持ち物検査』を実施する!」

 黒岩のドスの効いた声に、教室中から「ええーっ!?」「マジかよ!」と悲鳴が上がった。


 スマートフォン、マンガ本、お菓子——。一般的な高校生にとっての「お楽しみ」が次々と没収される地獄絵図が始まろうとしていた。


 だが、俺——相沢湊は、窓際の席で冷徹に周囲の状況を観察していた。


 俺のカバンの中身は、教科書、ノート、そして無地の筆箱のみ。カモフラージュとしては完璧な、一点の曇りもない「模範的モブ」の手札だ。検査など何回やられようと痛くも痒くもない。


(ふっ、哀れな奴らめ。学校に余計なものを持ち込むからそうなるんだ……)


 そう高みの見物を決め込もうとした、その時だった。


 ピリリ、と制服のポケットの中で、マナーモードに設定したスマホが微かに震えた。


 机の影で画面を確認すると、それはすみれ荘の住人専用に作られた、暗号化グループチャットからの通知だった。


> 九条凛:【緊急事態】タスケテ。カバンの中に、昨日深夜までやってた携帯ゲーム機(限定版)と、セロハンテープで補強したあの『廃人眼鏡』がそのまま入ってる。見つかったら私のアイドル人生が物理的に終わる。


> 一ノ瀬拓海:こっちもヤバい! 顧客の政財界のオジサマたちの個人情報が詰まった『占星術カルテ(裏帳簿)』がファイルごと入ってる! 没収されたら俺、マジで東京湾に沈められるかも〜〜!!汗


> 羽鳥栞:私もよ。次作の猟奇ミステリーのプロットノートが入っているわ。タイトルの『フィクサーを監禁して徹底的に〇〇する計画』を見られたら、私は次回作の執筆前に、現実の独房に監禁されることになるわ。


「……おい」


 俺は思わず、誰も聞こえないほどの小声で毒づいた。


 画面に並ぶ、あまりにも致命的すぎる「裏の顔」の証拠品たち。


 よりによって、こいつらは揃いも揃って、防衛戦が終わったばかりで油断し、ヤバい私物を学校に持ち込みやがっていたのだ。


 パッと斜め前方の席を見ると、九条さんが今にも泣き出しそうな顔で、カバンをギューッと抱きしめて震えていた。さらに、廊下の向こうからは、隣のクラスの拓海が「マジで死ぬ!」という顔で俺の教室を窓越しに覗き込んでいるのが見えた。


(……チッ。こいつらの秘密がバレれば、巡り巡って俺の『すみれ荘の平穏』も崩壊する。やるしかないか)


 俺は深くため息をつくと、スマホのキーを素早く叩いた。

 

>相沢湊:これより、作戦名『サイレント・スイープ(静かなる回収)』を開始する。全員、検査官が自分の席に来るまで、一分一秒でも長く時間を稼げ。


1. 最初の時間稼ぎ(九条凛の矜持)

「次、九条! カバンを机の上に開けなさい」

 黒岩教諭の鋭い声が、九条さんの席に突き刺さった。


 風紀委員たちが彼女の机を囲む。普段なら完璧な笑顔で応じる彼女だが、カバンの中には「廃人ゲーマー」の証拠が詰まっている。


 だが、ここで九条さんは『学園のアイドル』としてのプロの演技力を爆発させた。


「あっ……申し訳ありません、黒岩先生。あの、実は……少し、体調を崩してしまいまして……」


 九条さんは、はらりと金糸の髪を揺らし、今にも消えてしまいそうな儚い表情で自らの胸元を押さえた。その完璧な「薄幸の美少女」の演技に、周囲の男子生徒たちが「九条さんをいじめるな!」と色めき立つ。


「む、九条、大丈夫か? 顔色が悪いようだが……」

「ええ……。少し、眩暈が。カバンを開けるのにも、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか……?」


 九条さんがわざとゆっくりとした動作で、カバンのファスナーに手をかける。一ミリ開けるのに五秒かけるほどの超スローモーション。

 よし、まずは三十秒の時間を稼いだ。


2. フィクサーの神速回収

 九条さんが黒岩の視線を釘付けにしているその隙に、俺は行動を開始した。


「先生、お腹が痛いのでトイレに行っていいですか?」


 俺はどこにでもいるモブ生徒の顔で、手を挙げた。黒岩は九条さんの美少女オーラに毒されて調子が狂っていたのか、「あ、ああ、さっさと行ってこい」と雑に許可を出した。


 教室を出た瞬間、俺の身体から「モブの気配」が完全に消失した。


 廊下の監視カメラの死角を完璧にトレースし、風紀委員の配置を脳内マップで計算しながら、まずは隣のクラスの拓海の元へ。


 廊下の窓から、拓海の席はすぐそこだ。


 俺は廊下を通り過ぎる一瞬の刹那、開いていた窓の隙間から、拓海が机の横に下げていたカバンのファスナーを「指先一つの感覚」で引き下げた。


 そして、中から『占星術カルテ』の黒いファイルを、音もなく抜き取った。


「(……うお、マジかよ! 一瞬で消えた……!)」


 拓海が驚愕の表情で俺の背中を見送る。

 次に、図書室の近くの廊下で検査を受けていた栞の元へ。


 彼女は風紀委員に対し、「このノートに書かれている内容は、近代文学における構造主義の裏返しであり、あなた方の知性では理解が及ばない領域よ」と、超難解な文学論をマシンガントークで浴びせて煙に巻いていた。


 俺は栞の背後を「ただの通りすがりの生徒」としてすれ違う。


 その瞬間、彼女の背後に回した俺の手が、コートのポケットに突っ込まれていた『監禁プロットノート』を無反動でスリ取った。


「(……ふふ、さすがね。私のフィクサー)」


 栞が微かに口元を緩める。


 そして最後は、我がクラスの九条さんだ。

 トイレから戻るフリをして教室に入った俺は、まだスローモーションでカバンを開けようとしている九条さんの斜め後ろを通過した。


 黒岩の視線が、九条さんの顔面に集中している。


 俺はすれ違いざま、自分の制服の長い袖の中に、九条さんのカバンの奥にあった携帯ゲーム機と、セロハンテープでギチギチに補強されたあの『廃人眼鏡』を、まるで手品のように吸い込ませた。


 カサッ、という微かな音すら立てない、かつて国家機密のマイクロチップを盗み出した際の『神速の抜取り(ディスアーム)』。


 俺はそのまま自分の席に戻り、カバンから抜き取ったすべての「爆発物」を、自分の机の引き出しの奥深く、元フィクサーにしか分からない「絶対の死角」へと隠匿した。


「……よし、先生。準備ができました」


 九条さんが、ついにカバンを全開にした。

 黒岩教諭が鋭い目で中身を検分する。だが、そこに入っていたのは、綺麗に整理された教科書と、可愛らしいピンクのペンケース、そして——。


「ん? 九条、この『だし巻き卵の匂いがする空のお弁当箱』は何だ?」


「あ、それは……その、今日の私のお昼ご飯です! 栄養バランスを考えて……!」


 九条さんが顔を真っ赤にして弁解する。黒岩は「ふむ、健康に気を使うのは良いことだ。よし、異常なし!」と、満足そうに頷いた。


 放課後。

 嵐のような持ち物検査が終わり、静まり返った旧校舎の空き教室。


「ハァ〜〜〜〜ッ!!! 死ぬかと思った!! 本当に助かったわ、相沢くん!」


 九条さんが、俺から返却された携帯ゲーム機と廃人眼鏡を胸に抱きしめ、床にへたり込んだ。学校でのアイドルスマイルはどこへやら、完全にいつものズボラな顔に戻っている。


「マジで湊は神! 俺の裏帳簿、もし黒岩に見られてたら、今頃お偉いさんたちの怒りを買って、俺の星の寿命が尽きてたよ〜!」


 拓海が涙目で俺に感謝の握手を求めてくるが、俺はそれを冷たくあしらった。


「お前ら、次から余計なものを学校に持ってきたら、その場で黒岩に突き出すからな。俺の心臓の寿命が縮むわ」

「あら、でも相沢くん。あなたのあの手際、やはり素晴らしかったわ」


 栞がプロットノートを愛おしそうに撫でながら、不敵に微笑む。


「私のカバンからノートを抜き取る際、衣服の摩擦音すら計算して消していたでしょう? ……今日のあなたの活躍、次作の第3章のクライマックスにそのまま使わせてもらうわね」

「だから、ネタにするなと言ってるだろ……」


 俺は呆れてため息をつきながら、カバンを肩にかけた。


 住人たちの「裏の顔」を守るための、影のフィクサー活動。


 学校という舞台に移っても、俺の「歪な平穏」を守るための戦いは、どうやら終わりそうにない。


「ほら、帰るぞ。今日は九条さんのリクエスト通り、ハンバーグにしてやるからな」

「やったぁ! 相沢くんの特製ジューシーハンバーグ!」

「俺、チーズトッピングで!」

「私は、和風おろしソースを希望するわ」


 夕暮れの学園の廊下を、賑やかに歩いていく四人の影。


 かつては孤独を愛した元・フィクサーの背中は、騒がしい共犯者たちに囲まれながら、すみれ荘へと続いていくのだった。

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