第十一話:日曜日の防衛線と網に掛かる蜘蛛
日曜日の午前中、すみれ荘は静かな戦場と化していた。
ダイニングテーブルには、俺が描き上げた「館内防衛図」が広げられている。各部屋の死角、窓の構造、敵が侵入するであろうルート、そして俺たちが仕掛ける「罠」の配置。
「いいか、作戦は単純だ。敵は我々の『裏の顔』をネタに脅迫してきているが、逆に言えば、敵は私たちが『秘密を守るために全力を尽くす』という弱みを知っていると考えている」
俺は冷徹に告げた。
一ノ瀬拓海は真剣な面持ちで、いくつもの端末を操っている。
羽鳥栞は、昨夜から一睡もせずに解析したネット上の通信ログを整理していた。
そして九条凛は、鏡の前で表情筋のトレーニングを行っている。
「敵は今日、日の入りと共にこの館の周辺に現れるはずだ。あいつらの目的は『すみれ荘の住人全員の公開』だろう。だが、残念ながらこの館は今日から、彼らにとっての『地獄』に変わる」
1. 偽りのアイドル(デコイ)
午後一時。九条凛はすみれ荘を飛び出し、あえて「人目の多い繁華街」へと向かった。
彼女は、何者かによって『すみれ荘にいる芋ジャージの女』としての素性が暴露されることを想定し、あえて『完璧なアイドルの姿』で街を練り歩く。
もし敵が彼女を尾行し、どこかへ連れ去ろうとすれば、街中の無数の監視カメラと、拓海が事前に仕込んでおいた「星読みのアプリ(位置追跡タグ)」がその足取りを完全に捕捉する。
彼女は自分自身を「餌」として差し出すことで、敵を市街地から引きずり出し、彼らの通信設備を露呈させようとしていた。
「(……私一人で、みんなを守るんだから!)」
九条の瞳には、パシリとして従っていた頃とは違う、強い決意が宿っていた。
2. 見えない占い師
一方、拓海はすみれ荘の屋上で、特殊なアンテナを自作していた。
彼は占いの知識を応用し、この地域で飛び交う「不自然な暗号通信」を逆探知している。
「ハァ……ハァ……。このノイズの重なり……占いじゃなくて完全に軍事用レベルの暗号だわ。湊、敵のサーバーの場所を特定したよ! すみれ荘のすぐ裏手にある、空き家の地下だ!」
拓海が即座に位置情報を俺のスマホに飛ばす。彼にとっての占いは、もはや「星を読む」ことではない。膨大な情報の中から「真実」という一点を読み解く、最強のセンサーになっていた。
3. 言葉の魔術師
栞は、敵のサーバーへ向けた「偽の通信」を作成していた。
彼女が書くのは小説だけではない。人の心理を誘導し、都合の良い情報を信じ込ませる「言葉の魔術師」としての能力が、敵の防壁をハッキングする。
「敵の管理アカウントに、あなたの『伝説』を流し込んでやったわ。もしあなたが本物の『フィクサー』なら、奴らは恐怖して、より大胆な行動に出るはず……そう仕向けたわよ、湊」
彼女の不敵な笑みに、俺は僅かに目を細める。栞という女は、俺の過去さえも利用して、敵を罠へと誘い込んでいるのだ。
4. そして、指揮官
俺はすみれ荘のキッチンにいた。
だが、作っているのは夕食ではない。
高感度の振動センサー、小型の光電管、そして、敵の通信を一時的に無効化する高周波ジャマー。
それらを、古びた館の至るところに設置していく。
館の床下、階段の裏、玄関のマットの下。
ただの掃除係が館の手入れをしているようにしか見えない動きの中で、館は完璧な「トラップ・ハウス」へと姿を変えていく。
——午後六時。
太陽が沈み、すみれ荘を濃い影が包み込む。
周囲の通信網は、拓海と栞によってジャックされ、外の世界から切り離された。九条凛は、敵の尾行を振り切って「何食わぬ顔で」裏口からすみれ荘へ帰還した。
「みんな、揃ったな」
リビングに集まった四人。
かつては互いの秘密を隠し合うだけの他人だった。
だが今は、同じ敵を共有し、背中を預け合う「共犯組織」として、そこに立っている。
「合図は、この館の全照明が消えた時だ。それまで、決して動くな」
俺がそう告げた、次の瞬間。
パチン、という乾いた音と共に、すみれ荘の全ての電気が落ちた。
完全なる暗闇。
その直後、館の外壁を這い上がる、金属質の靴音が聞こえた。
「来たわ……」
栞の囁きが、暗闇の中で響く。
窓ガラスが割られる音。何者かがリビングへと侵入してくる足音。
俺は暗闇の中で静かに目を閉じ、かつての『フィクサー』としての感覚を研ぎ澄ました。
「歓迎してやろう。俺たちの『普通の日常』を壊しに来た無粋な客人に」
暗闇の中で、俺の口元が冷酷な笑みを浮かべる。
すみれ荘の防衛戦、開戦だ。




