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クーリエナースは長距離の鉄道旅行において、高齢者や幼児を抱えた家族連れなどの乗客の不安を解消するために作られた制度で、正看護師の資格を持ち、若く容姿端麗で独身の女性であり、明るく親しみやすい接客態度を持つ人が採用されていた。
医療行為はもちろんの事、託児や列車内放送による観光案内まで
幅広く担当していた。そのため、若い方のクーリエナースの言動は多少問題があったようだ。
結局、先輩にたしなめられて謝罪してもらったため、謝罪を受け入れた後いくつか質問させてもらって事なきを得た。
質問をして分かった事だが、やはり彼女たちがクーリエナースになるのはなかなか難しい採用を勝ち取らなければならないらしく、まるでスチュワーデスになるくらいの難しさがあったようだ。この時代の女性の憧れの職業の一つであったらしい。
やがて、ディナーのコースが運ばれてきて、五大湖産の白身魚ホワイトフィシュは最高級の白身魚で骨を取り除いて焼き上げられた切り身にフレッド・ハーヴェイ社が作り出したマデラソースがかかっており、甘みとコクがホワイトフィシュのしっとりとした脂の乗った旨味を引き立てているこの会社の人気メニューの一つであった。
食事も満足し、クーリエナースに挨拶して客席に早々に戻った。
何しろ、彼女たちは結構注目を浴びる人たちで、あまり話していると何処から難癖付けられるか分からない爆弾とも言える存在なのだから。
こうやって「スカウト」内の時間が過ぎていき、腰の痛みに耐えながら翌日夕方4:15分にはカンザスシティに到着して、午後9:10分まで停車してから夜行でシカゴに向かうことになっている。
俺は随分列車の長旅に音を上げていたのだが、松川さんはシベリア鉄道の経験者で上手に付き合っているのか、あまり弱音を吐くことが無かった。
「東京ローズ」関連の情報がないまま、シカゴ・ディアボーン駅に着いたのは8月12日午前8時50分であった。実に58時間35分という時間と約3600㎞という東京とベトナムのハノイ間に匹敵する距離の鉄道旅だった。
ニューヨークに出発する列車の時間はニューヨークセントラル鉄道のラサール・ストリート駅午後4:30発の「ウォーター・レベル・リミテッド」の予約であり、とにかくあまり時間がない。
「東京ローズについては、はっきりしないから取り敢えず今は何もすることは出来ないから、とにかくシカゴの日本人街であるニア・ノースサイドと呼ばれるクラーク通りに行って、名物の「スキヤキ」を食べに行きましょうか!」
「あまり物騒な話よりそちらの方が余程安心してニア・サイドに行けますよ。」
そう松川さんは言って、タクシーで現地に向かう事にしたのだった。ディアボーン駅からクラーク通りまでは15分ほどで着いた。
クラーク通りには日本語で書かれた看板が乱立と言っていいほどの多さで存在した。理髪店、クリーニング店、食品店に料理屋など。目立ったのは「トウキョウ・ホテル」だった。
まずは、この日本人街の顔役に挨拶するために、当時の社交場とも言うべき理髪店に聞き込みをして「戸栗商店」という輸入雑貨の店主である戸栗氏が取りまとめをしていることを聞き、北クラーク通りにある会社に挨拶する事にしたのであった。




