月 2
懐かしい香りに包まれていた。
ここ数ヶ月感じることのなかった温もり。
それがないと寂しいと感じるのはきっと僕がまだ子供だからだろう。
呪いを解かれ、成長し、拾われてから三ヶ月と少し、その期間で埋められる時間は限られている。
人間性、経験、全てにおいて欠けている僕らが高等部の人間として振る舞うのはかなり難しいことだというのはわかっている。
それでもやり遂げなければならない。アランディーノという高等学生を、演じ切らなければならない。
それが姫様に与えられた任務であり、姫様に命を救われた僕たちの役目だからだ。
けれど、ここ最近だんだんと慣れてきた気がする。
幼いアランディーノではなく、年相応のアランディーノに変化している気がする。
考え方というか、心の持ちようが変わってきたと感じている。それはロアナも同じらしく、2人でその変化を楽しむと同時に、変な感じがしていた。
僕は不安定な存在だ。
最近まで幼かった僕が大人の一歩手前にいる。
肉体的にもそうだが、多分精神的にもその変化を受けている。
僕たちに呪いをかけた魔術師はどんな魔術を使ってこの状況を作り出したのだろうか。もし魔術師がこの状況を想定していれば、その人はずっと先を見ていたに違いない。
生まれつき魔力の多い僕だが、今回は少々無理をしすぎた。
高難易度の光魔法を継続、黒魔法を打ち消し、それと同時に引き摺り込まれかけたお嬢様の治癒。
魔力欠になるのは理解していた。理解していてお嬢さんを助けた。
彼女は無事だろうか。
きっとルドは心配しているだろう。
姫様には申し訳ない。ロアナもいるけれど、第一王子の監視役が減ってしまったのだから。
***
黒髪が膝の上に散らばっている。
長いまつ毛は伏せられ、なだらかな頬に影を落としていた。
白い指先が彼の額に触れ、優しく撫でた。
愛おしげな表情は、子を見る親のそれであった。
「黒魔術の残滓は解析できた?」
女性は陽だまりの中、隣の男性に声をかけた。
男性は答えた。
「ああ、大体はね」
彼が空中に手を伸ばすと、隔離された黒いモヤが現れた。
彼は長い脚を組み、とん、とモヤをつついた。
「これはなかなか高度な黒魔術だ。細部まで行き渡る繊細な魔術式に、膨大な魔力。素人がやったとは思えない。明らかに魔術が得意な者の仕業だね。」
彼は冷たい目でそれを一瞥し、興味を失ったように消した。
それを隣で眺めていた彼女は、厳しい目をする。
「その様子だと、術者の特定は難しそうね。」
その言葉に彼は複雑そうな顔をした。
「今回は魔術式を作った者と魔術を発動させた人物は別人と考えたほうがいい。発動させた人物は特定した。けれどこの男にそんな教養があるとは思えない。」
彼の目の前に現れたのは酒に酔い潰れ、気持ちよさそうに眠っている男の姿だった。
身なりはどう見ても貧相で、ボサボサの髪にくすんだ肌をした男だった。
そんな彼の様子を見た彼女の手が止まり、その男を見定めるように見た後、息をついて撫でる手を再開した。
「そうみたいね。でも仮にこの男が天性の才能を持った人物だったら、不可能とは言い切れないわ。」
男の姿が消える。
彼は彼女を見ると、太陽を見たかのように目を細めた。
「明日の予定は?」
その問いの意図を察したのか、彼女は美しく笑った。
「空けるわ。」
それは無理矢理にでも、という意味であり、彼は呆れたように、けれど嬉しそうに微笑んだ。
あまりにも執筆が遅すぎる…アイデアと執筆が進む道具が欲しいです




