月 1
アランが倒れる寸前。
ルドウィグは、アランの背後に突如現れた人物たちに目を剥いた。
「もう、無茶をするから。」
月の如く煌めく銀髪に、左右で色の違う瞳。
なだらかな白い肌に、華奢でありながら女性らしい身体。
どこか儚げで、妖艶な雰囲気を持った人物は、倒れたアランを大切そうに抱きしめていた。
「魔力欠か。」
厳かな声は、聞いたことのある声だ。
ブロード家次期当主、公爵子息、ロベルト様。
青みがかった髪に、深く冷たい海を連想させる瞳。
長身で、意外としっかりとした体つきをしているのは騎士団の訓練の時に知った。
社交界では冷淡でありながら美しい、『氷の公爵』と呼ばれる優秀な人物。
最近婚約されたと聞いたが。
婚約者は、この国の第二皇女殿下。
つまり。
隣にいる美女は。
あの瞳の色は。
その事実認識した瞬間、身体が勝手に動く。
首を垂れ、地面に膝をついた。
言葉などいらない。
この方達に気軽に話しかけられる立場に"私"はいないのだから。
『光の王よ。』
春の芽吹きのような、温かな声が響く。
直ぐに、第二皇女殿下の声だとわかった。
『遍く闇を照らすその御心に敬意を。我が眼前の曇りを払い、清き道へと導け。』
その祈りの言葉が紡がれた途端、周囲に光魔術の気配が行き渡る。
アランが消した黒魔術の残滓が跡形もなく飛散し、庭園には聖なる力というべきか、清らかな空気が流れる。
そのあまりの変わりように後ろを振り返り、視界に入ったその状況は神秘的だった。
薔薇の庭園の花は咲き誇り、瑞々しいまでに光り輝き、どこかしらかやってきた蝶が飛んでいる。
桃源郷とはこう言った場所をいうのだろう。
この状況を作った究極魔法にも匹敵する術を祈った第二皇女殿下はというと、なんのふらつきもなく立ち上がり、アランをブロード殿に渡していた。
呆けてそのやりとりを見ていると、第二皇女殿下と目があった。
慌てて首を垂れて、闇魔術の残滓を消してくださったことに感謝を口にしようとした時。
ふわりと頭に何かが触れた。
ゆっくりと動くその温かな感覚で、頭を撫でられているのだと理解する。
厳しい家族にされたことはない。
知らない温もりだ。
柔らかな手は心地よく、ぬるま湯に浸かっているようだ。
「ありがとう。」
思わず顔を上げた。
礼を言われるようなことはしていない。
ただ、自分の好きな奴の隣にいるだけ。
その考えが伝わったのか、第二皇女殿下は柔らかく笑った。
黄金と新緑はこの世のどの宝石よりも綺麗に見えた。
「隣にいてくれてありがとう。この子を大事にしてくれてありがとう。」
第二皇女殿下はブロード殿の腕の中で眠るアランを愛おしげに撫でた。
その横顔は恐れ多くも華やかで、薔薇が何本あっても足りない。
僕は何も言えなかった。
その美しさと、清らかな心に魅入っていた。
なんと純粋無垢、それでいて強い方なのだろう。
アラン、君は幸せだね。
だって君はこんなにも、愛されているのだから。
「…いえ。私が感謝申し上げるべきかと。私が彼とこうしていられるのは、貴女様のおかげですから。」
自然と口角が上がったのがわかった。
草木が揺れ、鳥が楽しげに鳴く。
その中にいる皇女殿下は目を見開くと、咲き誇る花の如く笑った。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。アランは少し預かるけれど、心配しないでね。」
ひらり、と青いドレスが翻り、突如空間に現れた白い煙に消える。
空間魔法の一つだろうか、場所同士を繋げ、その間を行き来する。
アランは、これを学んだのかもしれないな。
頭の隅でそんなことを考えながら、皇女殿下を見送る。
続いてブロード殿が消える。
と思いきや、ブロード殿はパチンと指を鳴らした。
その瞬間背後から重い音が響いた。
後ろを振り向けば、生徒たちが眠りについていた。
ユーレの王太子殿下もだ。
慌ててブロード殿を見ると、薄い微笑みを浮かべ言葉を紡いだ。
「この記憶は消させてもらった。…安心して、授業に戻るといい」
こうして彼らは去っていった。
それから2日。
未だ、犯人は見つからない。




