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カナリアさんの秘密のお部屋  作者: クロ
第五章 学園編
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暗転

遅くなりました。

普通の日常とは、多分こういうことを言うんだろう。

アランは木の上に寝っ転がり、青空を見上げた。


夏の風が通り過ぎ、あっという間に長期休暇を目前にしていた。


「あ、いたいた。」


木の下から声が聞こえ、アランは葉の隙間から彼を覗く。

その彼は軽い身のこなしでアランの隣に座った。


「はい、お腹空いただろう?」


「ん。」


差し出されたパンをそのまま頬張る。

もぐもぐと口を動かすアランを見て、自分の手にある齧られたパンを見て、彼は呆けたあと、笑った。


「ははっ。そうか、そんなにお腹が空いていたのかい?」


なら、もっと食べるといい。


彼はそう言って、懐からさらにパンを取り出す。

その様子を見ていたアランは、少し慌てた。

無限に出てくるパンに驚いたからだ。


「ルド、なんだその量。どこからそんなに…」


ルドウィグは意地悪く笑った。


「アランが教えてくれた闇魔法の応用だよ。ここと食堂の空間を繋いでいるんだ。で、光魔法で光の反射を調節して、相手からは見えないようにしているんだよ。」


さらりと言ってのけたが、もうこれは学生としての知識・技量を大きく超えている。

アランの技術がルドウィグに共有され、彼はそれを使いこなしていた。


「…流石というか、なんというか。」


アランは呆れたように息を吐くと、先ほどと同じようにルドウィグの手からパンを頬張った。


2人の間に沈黙が流れる。

けれどそれは居心地の悪いものではなく、むしろ丁度良い心地よさを孕んでいた。


木々の間を風が吹き抜け、緑の葉を揺らした。

葉の隙間から覗く青空は明るく、思わず目を細める。


どこか遠くで蝉が鳴き、燦々とした太陽が地面を照らす。

梅雨が明けたからりとした暑さは夏らしい。


そんな穏やかな昼に、悲鳴が響く。

それは喉の奥からかろうじて搾り出されかのような、それでいて恐怖を帯びた声だった。


その声を聞いたアランが木から飛び降りる。

ルドウィグもそれに続いた。


悲鳴の聞こえる方へ駆けていく。

薔薇の庭園を抜け、魔力でその気配を探る。

角を曲がり、中庭へと急ぐ。

そこにあったのは、黒い魔法陣。

禍々しい魔力を放ち、飲み込もうとするそれには嫌悪感しか抱かない。

そして、それに引き摺り込まれる女子生徒がいた。

涙を浮かべて、必死に出ようとしているが、彼女がもがけばもがくほどズブズブと沈んでいく。

底なし沼のような果てしない底は、一度入ったら二度と生きては帰ってこれないだろう。


「っ!」



魔法陣の近くには、ユーレの第一王子がいる。

彼は状況を整理しているかのように周りを見渡すと、飲み込まれかけている女子生徒に手を伸ばした。

彼諸共引き摺り込まれる可能性があるが、一国の王子が女性を見放すなど、男の風上にも置けない。

周りを見ていたので術者を探していたのだろうが、ここに魔力の残滓はない。

そして、第一王子は魔法陣の解読に入った。

魔法陣を解除するつもりらしい。

第一王子の周囲の魔力が膨張し、魔法陣を取り込んでいく。


だが、違う。


あれは、魔法ではない。


魔術。


彼の手には余る。

その証拠に、彼の魔力が吸われ、その美しい顔には苦痛の色が見える。



「ルド。君は女子生徒を。魔法陣は私がなんとかする。」



「わかった。頼んだよ。」


魔法陣に向かって光属性の魔法を放つ。

膜のように魔法陣にかぶさり、浄化を試みたが、そう簡単にいくわけがない。


「この魔術は黒魔術だ!単なる光魔法じゃ通用しない!」


第一王子が駆けつけたルドウィグの隣で叫んだ。



「………そうなのですね、感謝いたします。」



最大質力で光魔法を形成する。

直径十メートルほどの魔法陣が顕現した。

それは、光魔術。




『数多なる星を照らし、導く其よ。』




言語ではない言葉を発する。




『我にその御心の慈悲を。』




魔力がごっそりと抜かれる感覚がした。

指先が冷たくなっていく。


瞬間、周囲が光に包まれる。

黒魔術が浄化され、黒い霧となって天へと昇っていった。


女子生徒は涙を浮かべてうずくまっている。

ルドウィグは心配そうに様子を伺っていた。

第一王子は、ほっとしたように息をつき、次には厳しい顔になる。


あれは何か、心当たりがあるのだろう。


それを聞き出すのが最善だが、彼も確信していない以上、こちらから干渉するのはよろしくない。

お互いが確信を持った上で話した方が道筋が見えるだろう。


ルドウィグはこちらに目線を送る。

無事な姿を確認して気が抜けたからか、視界が白くなっていく。


…魔力切れか。


ルドウィグが目を丸くして、こちらに駆け寄ってくるのが見えた。


…迷惑をかけてしまうな。


大丈夫だと伝えようと思ったが、それを言葉にできることはなかった。

視界が暗転する。



最後に見えたのは、月の色。

背に添えられた温かな手は、ルドウィグのものだろうか。



それを確認する術は、僕にはない。




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