日常 2
「アランのそれ、美味しそうだね。」
「期間限定だそうですよ。」
クラスの人間には見慣れた関係だが、食堂に行くとそうでもない。
アランとルドウィグは互いの愛称を呼び合う仲になっていた。
あれから二週間、同じクラスということもあって色々な場面関わってきた2人は友として互いを認め合ったのである。
一方のロアナは早くもクラスに馴染み、日々情報収集と学園生活を楽しんでいる。
最近はアランディーノと一緒にいるところしか見かけなくなったほど、2人は日常的に共にいる。
今はどうだ。
隣の席で仲睦まじく昼食をとっている。
そんな彼らの会話を周囲の生徒たちは全神経を集中させて聞いている。
「そういえば、あと一週間で試験だね。アランは自信あるのかい?」
ルドウィグが問いかける。
「どうでしょう?試験は習った範囲から出されるそうですが、本番何が出てくるかわかりませんからね。」
それにさらりと答えたアランディーノ。
「それもそうか。よし、今日は試験に向けて勉強でもしようか。」
「そうですね。」
2人で微笑みあう2人はまるで絵画のようである。
そして、その会話を聞いて令嬢たちの耳が動く。
「聞きました!?今宵はお二人で勉強なさるそうよ!寮もご一緒だとお聞きしましたの!」
「まあ!ということはもしかして…」
噂好きのご令嬢がそういった会話をしているなんて露程も思っていない2人は、早々に食事を済ませ、食堂を後にした。
黒髪と柔らかな茶髪が去っていくのを見届けた生徒たちはごくりと息を呑んだ。
一体、なぜあんなにも仲良くなったのか。
その背景には先日の裏庭での件があるのだが、彼らは知る由もない。
***
その日の夜。
アランはルドウィグと並んで勉強をしていた。
勉強といっても、アランは隣で眺めているだけなのだが。
白いシャツを着崩した格好故に、アランとルドウィグの鍛え抜かれた胸がのぞく。
ここにご令嬢たちがいたら発狂するのだが、寮は男女で分かれているため関係ない。
「そう。で、ここがこうなるわけだ。」
「解けたな。」
アランは頬杖をつきながら感心するルドウィグの様子を眺める。
共に寮で過ごす用になってからは見慣れた光景である。
なぜ一緒にいるのかというと。
寮を共有する相手を決める時、ルドウィグが声をかけてきたのだ。
アランとしても、知らない誰かと生活を共有するよりも、自身の正体を知り、素の顔で接することのできるルドウィグと共に生活した方が気が楽だと思ったので、快く了承したわけだ。
まあ、こちらからも誘おうと思っていたのだが。
というわけで、共に過ごすようになって二週間ほど経過したわけだが。
ルドウィグと剣を交えたり、勉強をしたり。
そんな日常はアランにとっても勉強になることばかりだった。
「アランは頭がいいな。学年一位も目指せるんじゃないか?」
「やめてくれ。僕はそんなに目立つのは好きじゃない。この見た目じゃ、不服に思うやつもいるだろうからな。」
まあ、ほどほどにしておくよ。僕より優秀なやつはいる。君みたいにね。
といって、時は過ぎ。
試験当日。
アランの予想は大きく外れた。
***
しまったな。
アランは試験用紙を見つめ、億劫な気持ちになっていた。
試験開始から15分。
普通は60分かかる問題を終了させてしまった。
そして、間違えるような問題ではなかった。
なんなら、ルドウィグと共に解いた問題の方が難しい。
試験一日目からこれとは、中々まずい。
そして、間違えている気がしない。
間違えているのがベストなのだが、間違えていなかった場合満点を取ることになる。
けれどこれで間違えて問題を解けばルドウィグに怒られる。
昨晩、ルドウィグと最終確認をしている時。
ルドウィグに言われたのだ。
手を抜いたら一発殴ると。
穏やかな顔をしていて彼はなかなか過激だ。
そしてやるといったことは本当にやるという恐ろしいまでの実行力がある。
頭が痛い。
もちろん頭痛ではない。
一日目の日程。
一限:数学
二限:化学・地学・物理
三限:国語
二日目の日程。
一限:他国語
二限:歴史・地理
三限:貴族規則
この日程を考えると、どの教科も時間が余る。
どうしたものかと回答用紙に目を落とし、何もやることがないので、自分の回答をどう再現するかの工程も書いておいた。
これで何か変わるとかそういうわけではないのだろうが、暇なので仕方がない。
そして、この流れは二日目も続いた。
***
ローリアは目の前で一生懸命試験を受けている生徒たちを見つめ、無意識に微笑んだ。
きっと今頃、私の子も試験を受けているのだろうと。
高等科三年の試験をこっそり拝見したが、あの子達なら逆に時間が余って苦労するだろうと思った。
大きな窓から覗かせる雲を見つめ、同じ空をどこかでみている自分の婚約者を想う。
ああ、早く会いたいと。
自分から志願して潜入、そして教師をしているわけだが、部外者である婚約者がここに来ることはできない。
会えるとすれば、年に3回行われる大イベント。
六月の聖歌祭。
九月の聖体祭。
十二月の聖夜祭。
ローリアが特に楽しみにしていたのは九月の聖体祭だった。
聖体祭では魔法による武闘会、「魔法披露会」が行われる。
魔法披露会は披露会と書くが、実際は魔法による戦闘である。
これは生徒だけでなく、教師、一般市民も参加可能だ。
ということは、一般市民ではないがローリアの婚約者も参加可能となる。
そのことに胸を躍らせるローリアは、今日、一時的に屋敷へ帰る。
近況報告と、開かれる夜会に出席するためだ。
「そこまで。」
風魔法で声を拡張させ、告げた。
生徒たちが一斉にペンを置いたことを確認したローリアは微笑むと、魔法で回答用紙全てを集めた。
全ての数と名前を確認すると、ローリアはパチン、と手を叩いた。
「二日間の試験、お疲れ様でした。これで春の章は終了となります。各自、解散!気をつけて帰ってください。」
試験の後の安堵と不安の入り混じった空気が弾け、生徒たちは帰っていく。
すると、男女四人組の生徒たちがこちらに向かってくるのにローリアが気づいた。
「どうかしたの?アンヌさん。」
「あの…ずっと、気になってたんですけど。」
アンヌがキラキラとした目でローリアを見上げる。
それにローリアは目を瞬かせ、次に来た質問に驚いた。
「先生って、結婚してますか!?」
「えっ?な、なぜ?」
唐突な質問にローリア…いや、カナリアは狼狽えた。
結婚。
その単語を聞いたときに頭に浮かんだのはロベルトだ。
そのことに気づいたのと同時に恥ずかしさが思考を満たす。
「やっぱり!なんだか優しい雰囲気というか、大人の余裕を感じたのよ!」
「うわ。あんたすごいね。」
アンヌの誇らしげな声に反応したもう1人の女子生徒、リリーが感心したように頷く。
そこでカナリアは我にかえった。
「け、結婚はしていないわよ?」
慌てて否定する。
「結婚は!?つまり、婚約者様はいるんですか!?」
アンヌがカナリアに詰め寄る。
机に手をつき、今にも鼻と鼻がくっつきそうな距離である。
アンヌのその勢いに押されながらも、カナリアは頷いた。
「え、ええ…………いるわ。」
その答えを聞いて女子生徒たちは悲鳴をあげて抱き合い、男子生徒は落ち込んでいた。
何を落ち込んでいるのかとカナリアは思ったが、実際にロベルトを婚約者と口に出すと、気恥ずかしい。
頬に手を当て、困ったようにしながらも、その瞳に宿るのはじんわりとした熱だ。
その表情を見てアンヌはニヤリと笑うと、今度はカナリアの隣に行き、顔を寄せて言った。
「で?先生は婚約者様のどんなところが好きなんですか?」
「えっ。」
「やっぱり顔ですか?」
「えぇ……顔も好きだけれど………」
言い淀んだカナリアは思う。
彼のどんなところが好きなのだろうか、と。
声?
瞳?
手?
優しいところ?
暖かいところ?
否。
全て。
「全部、好きね。」
カナリアは笑った。
華のような美しい笑みだった。
「わ!先生、すごく可愛い表情!」
アンヌはぱあっと顔を輝かせた。
その後、羨ましそうな声を出す。
「いいな〜私にも、かっこよくて、大事にしてくれる人がいればなぁ。」
そんな彼女たちの会話を聞きながら、カナリアは微笑んだ。
幸せとはこんなにも当たり前にあるけれど、尊いものなのだと。
そして、幸せとはこういうことを言うのだと。
きゃいきゃいと盛り上がる彼女たちを見て、カナリアは言った。
「ほら。早く帰りなさい。最終下校の時間が迫ってるわよ〜」
「「「「げ!」」」」
男女4人組は慌てて鞄を持ち、廊下へ駆けて行く。
その時にはもう、日は傾いていた。
「さよなら〜」
「ええ、さようなら。」
手を振って去っていった生徒を見て、カナリアは息をついた。
とん、と書類の角を合わせると、職員室へ向かった。
がらんとした教室に夕陽の光が差し込む。
生徒のいない、夕暮れの廊下に一つの足音が響く。
紺色の髪が、さらりとゆれた。
***
わあ、本当に綺麗。
アンヌは彼女の美しさに惚う、と息をついた。
目を瞑るほど眩しいホールの中で、彼女の婚約者様と共に挨拶に周っている様子を見て、尊敬と羨ましさが交差した。
まるで彼女たちだけの世界を見ているかのようだ。
美しい装飾も、煌びやかな世界も、耳に入る豪華な楽器の演奏も、彼女たちを前にしては引き立て役の様に魅せてしまう。
彼女はその一族しかもたない銀髪を美しく結い上げ、婚約者様の色である青を基調としたドレスを纏っていた。
寄り添い合い、笑いながら夜会を過ごす2人は誰から見ても仲睦まじく、お互いを愛し合っている様に見える。
その表情は、今日教室で見た先生の表情と似ていた。
その様子をこっそり伺っていたアンヌは、不意に、彼女ーー第二皇女様と目が合った気がした。
そして、第二皇女様は彼女の婚約者様に耳打ちをし、彼は快く頷いた様に見えた。
そして、なぜだかこちらに歩いてくる。
(え?えっ!?私!?いやいや、まさか!!)
アンヌは狼狽えた。
周りを見渡すが、どう考えてもあのお方たちは自分に向かってきている。
そう思い、アンヌは慌てた。
「アンヌ嬢。」
「は、はひ!」
声が裏返った挙句、変な返事をしてしまったことに赤くなる。
彼女の声は透き通る様に美しく、川の清水のようだ。
その返事を聞いて第二皇女様は笑うと、微笑んでいった。
「いつか、あなたも大事だと思える人に出会えるわ。」
それだけいって、第二皇女様は手を振ってホールの中心へ戻っていく。
その言葉にはしたなくもぽかんとした後、ブワッと頬に熱が集まるのを感じた。
(見ていたの、気づかれてしまったのだわ!)
顔を手で覆い、耳まで真っ赤になった表情を隠す。
けれど、アンヌは指の隙間から彼女たちの様子を伺った。
(…あ。)
2人は笑っていた。
お互いを見合い、楽しげに笑っている。
左右で色の違う、長いまつ毛に縁取られた双眸は優しげにゆるまり、婚約者を捉える。
そして彼もまた、深い青に暖かさを帯びた目を彼女に向けていた。
それは、とても綺麗で…
「…可愛いらしいお顔…」
その言葉は楽器の音にかき消されたが、アンヌの世界は輝いた。
***
「ふふっ。可愛い顔をしていたわ。」
「そうだな。」
くすくすと、静まり返ったホールの回廊に声が響く。
星の下、2人の人影がピッタリとくっついて並んだ。
「ね。私の愛しい婚約者様。私には貴方しかいないのだから。」
その言葉は熱しすぎた蜂蜜の様に彼に絡まる。
伸ばされた手が彼の頬を包んだ。
「それは僕も同じだね。僕の愛しいお姫様。」
彼の手が彼女の手に重なる。
その青い双眸含まれる感情も彼女を縛る。
互いが互いを縛る。
歪でありながら、美しいその関係は彼女たちに似合っていた。
嬉しそうな笑い声が静かな夜に溶けていく。
静寂に包まれた2人は誰よりも幸せそうだった。
彼は姫を抱き上げ、2人の家へと帰っていく。
長い銀髪が月光に照らされ、光の道標の様になって消えた。
少し長めです。
明日からまた一週間が始まりますね!
土日でだらけた体を引っ叩いて頑張ります!(笑)




