日常 1
入学して一週間。
通常授業も始まり、僕たちは滞りなく学園生活を送っていた。
姫様に教えてもらっていた魔法は、学園では習わない範囲らしい。
最初の授業では複合魔法を使った戦闘と、属性を変化させて行う魔法の授業が行われた。
属性の中にある、水、光は変化する。
水は氷に。光は闇に。
状態変化とは言い難いが、土台は変わらずともそれを基準として魔法が構成される。
とまあ、こんな感じで魔法は難なくこなすことができた。
次は武術だ。
執事や旦那様に教えてもらった戦術は、授業で大いに役立った。
クラスの全員に勝ったのだから。
クラスの中でも手応えがあったのは、ルドウィグ・ガシュタルト。
彼は四代公爵のうちの、東領の次期当主である。
滑らかな剣捌きは読むのに苦労した。
一回の攻撃が重いわけではないが、徐々にダメージを受ける継続系の戦闘術を使ってきて厄介だった。
ルドウィグは、しなやかな動きをする。
のらりくらりとかわし、反撃する。
それが彼の戦い方だった。
他にもちらほら目立つ生徒はいたが、抜きん出ていたのはルドウィグだ。
第一王子は他の学級なので実力を見ることはできなかったが、立ち振る舞いからしてなかなかの実力を持っていると見た。
学年にいる重要人物を思い返す。
まず、僕と同じ学年である高等科三年。
東領次期当主、ルドウィグ・ガシュタルト。
第一王子、エリアス・ユーレ。
後は、侯爵令嬢やら、伯爵子息など色々いるがあまり重要視はしなくてよさそうだ。
高等科2年、特になし。
高等科1年、クリオネシア・フロンティーア。
彼女は西領の長女。彼女の上に1人、アルゼリードという兄がいるので、次期当主は兄に譲られるだろう。
中等科3年、レティシア・ガシュタルト。ルドウィグの妹。ジュリアス・アシュマリア。南領の次期当主。
中等科2年、なし。
中等科1年、ライオネル・アシュマリア。ジュリアスの弟。
という感じで、高等科、中等科に見事に四代公爵の令嬢令息が散っているというわけだ。
少し様子を見に行ったが、誰もが優秀な人物であると見てとれた。
今もなお続いていた授業に意識を戻す。
今日の三限目は数学で、どの内容も旦那様に教えてもらったものばかりで、半分復習である。
そして一月後には、四季に一回行われる試験のうちの、春の章が始まるらしい。
教科は主に六つ。
他国語
国語
数学
化学・地学・物理
歴史・地理
貴族規則
僕たちに貴族規則は関係ないが、姫様のサポートに回るには必要な知識なので、真面目に受けている。
それ以外は授業を受けていればわかる内容なので、特に問題はないだろう。
こうして、日々はゆっくりと流れていった。
***
昼休み。
ロアナと2人で中庭で昼食をとっていると、人の気配がした。
振り返ると、そこにはルドウィグ・ガシュタルトが立っていた。
「………何か。」
黒髪ということもあり、入学初日なんかは注目の的だった。
勿論、いい意味ではない。
「やあ。アランディーノ、と呼んでも構わないかな?改めまして、僕はルドウィグ・ガシュタルト。少し話がしたいんだ。」
少し長い柔らかな茶髪に、蜂蜜のような金色の瞳。
優しく細められた目には敵意など感じさせない。
物腰柔らかなその雰囲気が彼のそばにいると皆が安心できる理由なのだろう。
しかし、細身に見えても筋肉質なその体は、鍛え抜かれた武人のそれだ。
「……場所を変えましょうか。」
僕の言葉にガシュタルトは頷いた。
ロアナは僕に任せるらしい。
すっと姿を消した。
中庭では人の目がある。
表向きは話と言っているが、実際は話という名の詮索だろうと僕は予想していた。
昼の回廊は生徒の声で賑わっている。
広い廊下は生徒の溜まり場になっていて、たくさんの足が木の床を踏み締めていた。
その人の波を割るように進んでいき、裏口へ出た。
木の木漏れ日だけが揺れるそこは、人の気配などなく、先ほどの喧騒が嘘のようだった。
最近僕が見つけた静かな場所である。
「こんなところがあったんだ。」
後ろでガシュタルトが呟く声がした。
木の下で足を止め、問う。
「それで、私に何の用でしょう?ガシュタルト様。」
「呼び捨てで構わないよ。本題に入ろう。君は、何者だい?」
金の瞳が細められる。
人当たりのいい柔らかな雰囲気は何処へやら、目の前にいるのは1人の青年である。
「何者、とは?」
逃げられないことを悟りつつも、しらばっくれた。
「とぼけても無駄だ。もう一度言おう。君は、何者だ。」
首の横に剣が添えられる。
…本当に斬るつもりでいるようだ。
なんとも面倒なことになった。
僕の正体に気づいてはいないようだが、ここで逃げたとしても日常的に追い回される予感がする。
ざあ、と風が吹き抜けた。
***
風が吹いた時。
目の前から、消えた。
「!」
周りを見渡す。
それらしき人影はない。
「……」
警戒しながら辺りを観察していると、頭上から声が降ってきた。
「ここだよ。」
「!」
ばっと上を見上げる。
木の葉に隠れた彼は、その体がなぜ一瞬でそこまでいけたのかと不思議になる。
木の幹に膝をつく彼は静かにこちらを見つめていた。
黒い瞳がすっと細まる。
「僕が何者か?君に教える義理はないけれど、教えないと君はこれからも僕に関わろうとするだろう?」
「そうだね。」
実際そのつもりでいた。
学園内で派手な行動はできないから、追い回して精神的に苦痛を感じさせようかと思っていたところだ。
見た目に反してルドウィグは過激な思考を持つ人物である。
自分の目的のためには、手段を選ばない。
けれどその計画は合理的で効率が良く、人身掌握に長けている。
その思考回路のもと、彼はアランを追い詰めるため、その脳内で完璧な計画を練っていた。
アランはそのことに気づいていたのだ。
「…君は、こちら側にいた方が色々と便利そうだからね。」
彼はそう呟くと、僕の前に軽々と降りた。
そして、微笑みながら言った。
「僕は、アランディーノ。第二皇女殿下を唯一の姫とする人間。
そして、ユーレの王子の護衛。」
この世で忌み嫌われる黒は、彼の姿に驚くほどしっくりとくる。
側から見れば惚れ惚れするような美青年だが、僕の認識は違う。
まるで、目の前に死神がいるように見えるのだから。
その理由は明確。
なんだ、この魔力量は。
なぜ、気づかなかったのだろう。
まさか、意図的に魔力を抑えていたと?
背中に冷たい汗が伝う。
「…なるほど。このことは誰にも言わないでおこう。死に急いでいるわけではないからね。」
その言葉を聞いて、彼は笑った。
全てを飲み込んでしまうかのような笑みだった。
木漏れ日が場を照らす。
その時にはもう、彼は学生らしい魔力と表情をしていた。
「ありがとうございます。では、私はこれで。」
"アランディーノ"はにこりと笑った。
先ほどとは打って変わったその雰囲気にぞわりとする。
恐怖ではない。
「…僕の前では君らしく振舞ってくれて構わないよ。先ほどの君と今の君とでは差がありすぎて違和感しかないからね。」
そうしないと、先ほどの出来事が夢かのように感じられるほど、雰囲気が違うのだから。
その言葉は予想外の発言だったのだろう。
少し黒色の目が見開かれた。
「なら、そうさせてもらおう。ああそれと、僕のことはアランで構わないよ。」
ひらひらと手を振ってアランは姿を消す。
その場にポツンと残された僕は無意識のうちに詰めていた息を吐いた。
彼には、どうやっても勝てない。
魔術は打ち消され、剣を交えたとしても一撃も当たらないだろう。
実際、交えて一回もあたらなかったのだから。
その分、僕はさらに上を目指せる。
彼とは、いい友になれそうである。
***
ルドウィグは優秀である。
アランはそれをわかっていた。
そして、彼の優秀さは大いに役立つのである。
それは、また別の話。
人物がたくさん出てきて作者も混乱していますので、登場人物紹介を書こうかと。
GW最終日ですね!
特にどこもいってないけど、早く土日にならないかと現時点で思っている作者です。(笑)




