樹脂開発 1 / とある者
「例のものの解析が終わったことは聞いているな?」
「はい。」
お父様が手を組み、真剣な声で言った。
「その物質を樹脂と名づけ、研究者たちは開発を始めるそうだ。
今のところわかっているのは、どんな魔法にも耐えられ、剣にも負けぬ強度を持つそうだ。この耐性は様々なことに応用が可能であると研究者たちが興奮気味に報告してきた。
そこで、カナリアに頼みたいのは研究の補佐と報告だ。現地の状況を定期的に伝えてほしい。
研究所は東の魔法師たちの研究所で行うそうだ。」
おおよそロベルトに伝えられた通りだ。
特に問題はないだろう。
「わかりました。お任せください。」
私がやることは主に三つ。
まず、現場の管理。
人員数や人手、元男爵領に派遣する人材の確保、選抜。
そして、研究員との共同研究。
最後に、お父様への報告。
詳細を事細かく頭に叩き込み、頷いた。
お父様はそれを見て誇らしげに頷くと、唐突に聞いた。
「それで。ブロードの嫡男とはどうなんだ。仲良くできているか?」
「え?あ、はい。」
急に変わった話に驚きながらも答える。
お父様はほっとしたように微笑むと、
「何か困ったことがあれば言いなさい。ブロードを潰してでもお前を助けてやろう。」
「潰さないでください…」
お父様の満面の笑みは本当にやる時の顔だ。
四代公爵の一つの柱でも失ったら、皇帝にどんなダメージが来るか。
魔法に長けたブロード家は謂わば帝国の最後の砦だ。
失うのは惜しい。
「冗談だ。…カナリア。樹脂開発よりも緊急の案がある。」
「なんでしょう。」
思わぬ言葉に驚いた。
樹脂開発は恐らく、世界のパワーバランスを大きく傾けるであろう。
それよりも大きな事案とは…戦だろうか?
「…結論から言おう。二週間後、国学に隣国であるユーレ王国から第一王子が留学に来る。
王子の身辺調査を行ったところ、看過できない情報を手に入れた。
それが、第一王子の暗殺を企むユーレの貴族の刺客が学園に潜入している、という情報だ。
…カナリア。お前が最近拾って来た子供、歳は幾つだ。」
「…16です。」
「能力は。」
お父様はまっすぐ目を見つめてくる。
「最近では、上級魔法を使い、究極魔法も幾つか使えるかと。自分たちでも魔法を作り始めています。武術に関してはロベルトと家の執事が講師を。…2人を編入させる気ですか。」
「…ああ。」
苦虫を噛み潰したような顔をしたお父様は、申し訳なさそうにしていた。
けれど、いいかもしれない。
私たちはどんどん忙しくなる。
私は第二皇女として他国にいくこともあるし、ロベルトも時間を作ってくれていただけで暇ではない。
今まで通りの生活を続けるのには無理がある。
座学に関しては武術や魔法と違って時間もいるし、私たちの知識内では教えられないことも出てくるだろう。
アランとロアナを編入させ、王子を秘密裏に護衛し、能力を磨く。
「…いいですね。帰ったら相談して見ます。」
「ああ。頼む。」
カナリアの瞳は妖しく細まっていた。
***
「…ということなのだけれど、どうかしら?」
家に帰って、アランとロアナに例の件を相談してみた。
アランとロアナは目を合わせたあと、頷いた。
「はい。姫様のご命令とあらば。」
本当は本人たちが行きたいと思って欲しかった。
けれど、叶わないから。
私たち大人の考えのせいで振り回してしまう。
せめて、学園での生活が楽しくなるように手回しをしよう。
そのためには、学園長と、ロベルトと、お父様の許可がいる。
「ありがとう。編入は二週間後だから、それまでに教えられることを教えるわね。」
「「はい。」」
ロベルトは執務室で書類の整理をしているが、彼にも話は通っている。
「姫様、遅くなりましたが、ご婚約おめでとうございます。」
「おめでとうございます。」
アランに次いでロアナがいう。
最近まで2人はレイに扱かれていたから、あまり姿を見かけなかった。
なので、久しぶりに顔を合わせた。
婚約の話は2人にも届いていたらしい。
その事実を当たり前と思っていても、少し気恥ずかしい。
いまだに慣れないこそばゆい感覚を実感しながら、微笑んだ。
「ありがとう。さあ、早くお眠り。明日は早いわよ。」
アランとロアナにおやすみの挨拶をしたあと、自分の部屋に戻る。
ベッドに体を滑らせ、目を閉じる。
明日も笑って過ごせますように。
明日も、あなたの隣にいられますように。
月が大きく浮かぶ。
それを見上げ、二目見ることのできない愛する妻に思いを馳せる者。
従者とともに見上げ、明かりに目を細ませ、鳥に思いを馳せる者。
兄妹で寄り添い合い、励む者。
銀髪を靡かせ、次の柱として努力する者。
息子の幸福を願う者。
空から、見守っている者。
物語は、始まったばかり。
第四章 (完) 第五章に続く




