とある夜に 2
2026/04/22修正しました。
「あなたは…」
静かな夜に訪れた彼女は美しい。
太陽のような笑い方をする。
空に浮かぶ月とは対照的な笑みは世界を照らす太陽になるだろう。
そして、私はその笑顔を知っている。
「カナリア。」
お姉様。
何故ここに、という疑問は浮かばなかった。
そう言う人だったから。
「おねえ、さま。」
お姉様はその言葉を聞いて嬉しそうに笑うと、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「嗚呼、カナリア。よかった…ずっと会いたかったわ。」
ぽたりと涙が溢れる。
知っている。
この体温を。
握られた手を。
「私も、ずっと、会いたかった…」
男爵の事件の時も、こっそりお姉様がいないか確認した。
お父様との再開を果たしたときも、横目でお姉様がいないか確認した。
けれど見つけることもできずに半分諦めていた。
お姉様は皇宮にいるはずだからいつか会えるだろうと。
心の何処かにあいた穴を見て見ぬふりをした。
その穴を、お姉様は見抜いてしまったのかもしれない。
昔から、そういう人だったから。
やっと、約束を果たせた。
***
あれは、いつのことだっただろうか。
もう、何十年も前の話だ。
何十年も前の、忘れられない日。
よく雪が降っていた。
もともと私は、皇宮で暮らしていた。
お父様とお母様と、お姉様。
みんな優しくて、幸せで、日常は笑いに満ち溢れていた。
お姉様と無茶をして二人で怒られたりもした。
ある時、お祖母様に毒が盛られた。
その日、お父様とお母様は夜会に出かけて、私たち姉妹は部屋で大人しく待っていた。
寒さを紛らわせるために二人で毛布に包まって二人の帰りを待っていた。
「おとうさまたち、おそいね。」
お姉様が毛布の中でもぞもぞと動き、呟いた。
確かにその日はお父様たちの帰りが遅かった。
いつもは時計の単身が9を指した頃に帰ってくるのに、その日だけは10を指しても帰ってこなかった。
お父様たちが帰らず、夜は明け。
私たちは牢にいた。
まず疑われたのはお父様だった。
お祖母様に盛られた毒は、お父様が渡したワインに入っていたそうだ。
でも、お父様に限ってそんなことをするはずがない。
お父様の抵抗も虚しく、私たちは皇宮の一室に監禁された。
お父様もお母様もひどく落ち込み、憔悴しきっていた。
石で作られている床は冷たくて、けれど皇族が入るとなると手入れが行き届いていて苦労をすることはなかった。
高い位置に窓があって、風通しもよく、日差しが降り注ぐ牢は居心地が悪いとは思わなかった。
寧ろ、ずっとお父様とお母様といることができて、嬉しかったのを覚えている。
私は牢からすぐに出られるだろうと思っていた。
だが、それを叶えるにはお父様が無実だと証明しなければいけない。
お父様が自らの清白を証明するには、立場の土台が弱かった。
その時のお父様は、即位して日が浅く、発言が特別重いというわけではなかった。
所詮は皇帝の雛。
だから、貴族に舐められた。
そして、頼みの綱であった四代公爵家も当主が変わったばかりで立ち回りにはひどく時間がかかった。
有能でも他の貴族の足止めをくらっていた。
皇帝という立場を奪おうとする不届き者に多く時間を割くことになり、先代当主の力を借りて、私たちを解放する準備をしてくれていた。
貴族内は荒れ、争いが起こることもあった。
上から爆音がすることがあったのは、貴族の争いによるものだったのだと、今ならわかる。
不安定になったのは皇帝でだけではなく、その妃も同様で。
そしてその娘である私たちが無関係なわけがない。
裏で欲を抱え込んでいた貴族たちが動き出した。
『皇帝』というストッパーが外れた彼らを止められるものはいない。
四代公爵家は監禁の解放に集中していたため、そちらに手を回す人員はなかった。
己の娘を正妃にしようとするもの、皇帝派の貴族を脅すもの。
宮廷内の貴族情勢は大きく傾いた。
小さな部屋で家族四人で過ごすのは嫌ではなかった。
一日中お父様とお母様と入れるから。
幼い私は何となくなく状況は理解していた。
だが事の重大性に気づけなかった。
そして、月日流れ。
監禁されて一月はたった頃だろう。
お祖母様が亡くなったという報せが届いた。
お母様は泣いていた。
お父様は「そうか。」とだけ呟いていた。
"死"を理解できなかった私は、お母様に聞いた。
『どうしたの?お祖母様は?』
『お祖母様はね、遠いところに行ったのよ。だから、しばらく会えないの。』
お母様はそう言っていた。
お祖母様の死を火種に、貴族内はさらに荒れた。
権力争いは勢いを増し、皇帝を亡き者にしようとするものや、 正妃を入れ替えようとするものなど、様々な思惑が資族内を支配した。
そして、欲に溺れた貴族がお母様の暗殺を企んでいると言う情報を四代公爵家の一つが仕入れた。
彼らは、お母様を逃すために作戦を練り、実行した。
そして、お母様の暗殺を防ぐことも目的だった。
お父様も、お母様も、強かった。
絶望的なこの状況で、 今も尚、光を見据えている。
父と母は、冬なのに、太陽など出ていないのに、温かくて、まぶしかった。
作戦が決まった時、お父様は言った。今や大罪人であるお父様が一緒に逃げれば、危険な目に合うのは自分だけではないと。だから、私たちは逃げろと。
お姉様は長女。次期皇帝、いや、女帝として、帝国に残らなければならなかった。
お父様も、お母様も、強かった。
絶望的なこの状況で、 今も尚、光を見据えている。
父と母は、冬なのに、太陽など出ていないのに、温かくて、まぶしかった。
逃げるわけにはいかなかった。
「リアナ。」
お母様は、脱出日当日の朝4時、お姉様を呼んだ。
お姉様は静かに返時をした。
お姉様は泣いていなかった。昨日の父様とお母様と同じ目をしていた。
希望を見る目。先を視る目。とても、まぶしい目。
お母様は、お姉様を抱きしめていった。
長いハーフアップの銀髪が流れて綺麗だったのをよく覚えている。
『アイリアーナ…元気で。大丈夫、お母様は大丈夫よ。どうか、体を大切に。お父様の言うことをしっかり聞くのよ。あなたは立派な人になれる。自慢の娘。愛しい娘。姿は見えなくても、ずっとずっと、愛しているわ。』
牢から出る日に、お母様はお姉様にそう言っていた。
『お姉様、元気でね。また、お絵描きして遊ぼう!』
『ええ!』
めがみさまのいうとおり。
そう言って小指を絡め、約束したのも今日と同じ、満月が浮かぶ夜だった。
そして次の日の朝、私達は発った。
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そして、今。
「鳴呼、カナリア…、ようやく、約束を果たせたわ…」
温かい小さなお姉様の手は大人の手になっていた。
けれど、その温かさは変わらない。
昔のまま。
「また会えたね。お姉様。」
しばらくの間抱き合う姉妹を月は照らしていた。
その光はいくらか優しくなっていた。




