祈りを抱く者に試練は与えられる その1
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灰の外套、短い白髪——そして宇宙を閉じ込めたかのような美しい瞳。
四肢を縛られたままの状態で荘厳に座し、言葉を発す男——。
「シャルディーン・アヌ・フィロアステリ…………‼︎」
意識を失い、八敷意に拘束された彼は同じく意識を失った幸斗と同様に八敷意のアパートで安静に寝かせていた。
そしていつから目を覚ましたのかはわからないが、幸斗たちの会話を聞き「道はもう一つある」と発言したのだ。
「……なにを、考えている?」
警戒しながら問うのは八敷先生。
いつでも攻撃ができる体勢を作っていた。如何に四肢が縛られているとはいえ、相手は魔術師である。拘束と同時に魔術の使用も妨害してあるが、それを凌駕する手を既に打っているかもしれない。
「そう警戒しないでくれたまえ、私はもうやり合うつもりはないよ。…………龍神の分霊を現世に留まらせ、かつ幸斗が犠牲にならない方法が必要なのだろう? それならば、器をもう一つ作ってやればいい」
その一声で周囲は時が止まったかのように静寂になった。
つまりは、幸斗に宿る碧水の力を他者に譲渡するということ。それならば幸斗は碧水の影響を受けて肉体が変質することもないし、トリープは健在のままである。
「だけど、それって結局誰かが犠牲にならなければいけないってことじゃないかな……?」
魔術師に疑問を投げかけるのは薫だった。
魔術師はその問いに容易く対応する。
「いいや、私は言ったはずだ。『作ればいい』と。作るべきは魂のないただの器……君にならできると思うがね、荒谷家の当主よ」
魔術師の瞳に映っているのは赤銅色の髪を持つ女魔術師——八敷意であった。
彼女が得意とするのは魔力によって稼働する『魔術工芸品』の作成である。そして式神の運用等、人型の魔術工芸品の扱いには一際慣れている彼女であれば、龍神の器をもう一つ生み出すことは可能かもしれない。
「だが……果たして器を作ったところで、中身を移し替えることができるのか?」
幸斗の肉体から碧水の力を分離させ、そこから指定の場所へ運ぶことが可能なのか。その前提が確立されない限り彼の提案は絵空事となるだろう。
「…………可能だとも。私の天体照応魔術であればね」
「それを私が許すと思うのか?」
「だが君たちにこれ以外の手段が出せるか? 私が出した提案は最善のように思えるが。もし君たちが私への懐疑心でその案を棄却するというのならそれでいい。私は関与する必要のないものだからな」
「そもそも、既に照応天球は壊れているだろう。拘束を解くための方便にしか聞こえないな。私達を信用させるものを用意しなければ話は聞けまい」
「ふむ…………私としては無理に説得させる理由もないのだがな。とはいえ、幸斗たちを放っておくのを忍びないという心はある。…………そうだな、手段を教えよう。私が介入するのは一回だけだ。その時にだけ拘束を解いてくれればいい。それ以外は私が口頭で説明する……これでどうだ?」
この提案を呑むべきか、八敷意は逡巡に陥っていた。
これならば全員が納得する形で事態が収まる。だが、都合の良すぎる状況故に安易に受け入れ難い。
「…………ワタシは、彼の提案に賛成です」
荒志郎が率先して自身の意見を明らかにした。
少しだけ空気が傾き始めたようだった。
「僕も、それならいいと思う」
「なんかあったときはそんとき対処すりゃあ良いんじゃねェんすかね」
薫と浄が賛成に回った。幸斗たち当人と八敷先生を除いて、残りは美佳のみとなった。
「ウチは……反対よ。どうなるか予測できたものじゃないから。でも、判断は先生に任せます」
彼らの意見を経て、再び八敷意は考える。そして答えを出した。
「わかった。その提案に、賛成しよう」
幸斗は、ただ声を押し殺していた。そこに自身の意思を介入させる余地はない。ただ聞き、各々が自身に対してどのような思いで意見を述べているのか。それを噛み締めるような思いで感じ取っていた。美佳だって蔑ろにしたいわけじゃない。
恵まれていることを自覚した。そして決断が告げられた。ただ安堵の思いでいっぱいだった。
「その返答を待っていた。私からも感謝を申し上げるよ。正直言って、あの力が失われるのは私としても惜しいと感じていたんだ」
軽薄そうな声を無視して八敷意は話を進める。
「それで、その順序を教えてくれ。何をすれば良い?」
「君たちにはまず、おつかいを頼みたい。必要なのは、クォーツとトパーズだ」
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