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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第5章 (下) 不知足者
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不知足者 その4

 

 幸斗に迫られた決断。それはトリープとの決別か自身が人ではなくなることを受け入れるかというものであった。

 

「このまま肉体の適応が進めば二度と元には戻らなくなるかもしれない。だが今のうちであれば、碧水の力を取り除くことで進行を止めることができる」

 

「そうなったら、トリープはどうなる……? 僕は戦うことができなくなる……?」

 

「最悪存在を消すことになるだろう。もちろん本人とも話をつけるつもりだ。いま、代われるかい?」

 

 幸斗からトリープへ表層の意識が映り変わる。

 

「私は……いつかそのときが来るだろうとわかっていた。だけど覚悟は決まっている。私はもともとイレギュラーな存在だ。私の霊魂を本体の龍神に還せば全てが解決する……方法も難しくはないはずだ、安心してほしい」

 

 そうは言っているものの、深刻そうな表情が周囲の空気を重くする。

 

「そんなモン急に言われてもよ……」

 

「そのような選択を今すぐになど……」

 

 想像に難くない反応ではあるが、本人がそう言っている以上はこれが最善——じきに考えはそちらへ傾くだろう。

 だが、そこに待ったを掛ける者がいた。

 

「そんなのダメだ! おまえはまだ……全然何も得ていないじゃないか!」

 

 己が求める生の実感をトリープは知った。しかしただ一度の邂逅であり、その一度で満足し得るのかと問えば答えは否であろう。

 人が何を悦びとし、何を求めていくのか——そのガイダンスが先程の戦闘であるとすれば、まだ本格的なレクチャーは始まってすらいない。

 

 そうでありながらもう満足だなんてツラして消えるなんて、させてやらない。

 

 幸斗は否定する。背負い、抱えることを望む。

 

「僕は、これからも戦い続ける。これからどんな敵が狙ってこようと、おまえが満足しきるまでこの世界を楽しめるように……。だから——」

 

「そうじゃないんだよ……君に私は居続けるということは、君自身が龍神となっていくことなんだ! その身には力だけでなく、龍神としての役割も宿って、永遠に近い時間をその役割のために費やすことになるかもしれない……‼︎」

 

 幸斗の叫びに声が割り込む。同じ口から——トリープ自身の発言であった。

 その発言に八敷先生が眉間に皺を寄せ、険しい表情をする。

 

「神の依代として、現代に薄まっていた神秘の加護を再び復権させる……願う対象を明確な形にすることでそれが実現してしまう。分霊として憑依させることができるのも、本来はそれを想定してのものだったのかもしれない……」

 

 なかなかに危険だ。トリープの犠牲が最善だと理解した以上、幸斗を説得させるしかない。

 

「この私が消えても、本体の私がなくなるわけじゃない。むしろ私が本体と再び融合すればこの経験は永遠に刻まれるんだ」

 

 トリープが消えるわけではないのだ。ただ別れるだけ。

 

「だけど、ここにいるおまえはここにしかいないんだよ。一緒なわけがない。おまえはここで生まれた、唯一の存在だ。経験の記録がなんだ、そこに実感がなければ意味がないだろ!」

 

「それじゃあ君はそんなことのために自らの命を犠牲にするのか⁈ どちらにせよ犠牲の足し引きは同じなんだ、だったら今生きてる君じゃなくて私になるべきだ!」

 

 互いに言葉を紡ぐ。不毛な争い。意味もなく、結末もない。

 

「こればっかりは、おまえ次第と判断を委ねるわけにもいくまい。前例もないことで慎重にならざるを得なかったが、もし適応が完了してしまえばどう転ぶかわからない」

 

 だから外による決断を下した。これ以上言い合うよりは理性的に、当人ではない存在が解決に動くことが不可欠と判断した。

 

「だけど、アイツは——」

 

「アンタはまた自分が犠牲になって終わらせようとするの⁈ アンタのその身勝手な考えが周りの迷惑になるってわかってる?」

 

 思わず声を荒げたのは美佳だった。

 

「本当にそれしかないというのなら仕方がないけど今回は違う。別にもっと良い手段があるでしょ! なのにアンタは駄々捏ねて……‼︎」

 

「僕だってそんなつもりはない! ただ確実に消えるよりは時間のある選択の方がいいだろ!」

 

「そういう話ではありませんよ幸斗さん。アナタが龍神の肉体としてこの世にあり続けることがリスクなんです。……いつになく思考が稚拙になっていますよ。一度落ち着いた方がよろしいかと」

 

 荒志郎が美佳と幸斗の間に挟まる。不和の空気が伝播する。

 

「だけど……じゃあ一体どうすれば——」


 そのときだった。意外なところから、意外な声が聞こえたのである。


「————なに、道はもう一つあるだろう?」

 

  ◇

 

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