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『祈現の碧』Prevalent Providence Paradigm  作者: 宇喜杉ともこ
第5章 (下) 不知足者
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不知足者 その1

 

3/

 

 兄上は、遠く異郷を見つめていた。

 そこには、まだ神秘が深く残っているという。

 日本という国だった。島国の特性は神秘を長く隔離し保存していた。

 そして兄上は見つけた。そこに眠る龍の神という力に。

 

 兄上は占星術の家系でも珍しい地球の観測を主な研究として行なっている魔術師だった。

 曰く、魔力の流れは霊脈を通じて陸路で巡ることがほとんどらしい。それにより島国では比較的独特な、固有の魔力が昔からの状態で流れているとのことだった。

 そうして研究が進むうちに明らかになったのがその地で眠る()()という存在であった。

 多くの土地で神は既になく、その残響のみが存在している状態だ。

 

 そして例外が日本(そこ)で見つかった。

 

 本体を完全に顕現させることは今の脆弱な世界の崩壊を招くだろう。しかしその一部の力であれば半永久的に顕現できるだろうとの見込みはあった。

 そして計画が始まる。

 三家の魔術師たちが協力し、神によるエネルギー炉を作るという計画。

 兄上から聞かされたその計画に私は主導者として現地に赴くよう志願した。

 兄上を騙すようで悪いが、私の目的はそこではない。

 あのような存在はあるがままの姿こそが美しい。人の手で御するなど言語道断。アレがどのように動くかは自身で決めさせるべきだ。

 そのような思いで器である少年、櫛見幸斗と接触し対決するに至った。

 しかし結果としては望み通りに行かなかった。彼が見せた力はまだその片鱗に過ぎない。それでも十分過ぎるほど美しくこの網膜を焼き付けてくれたのだが、アレはまだヒトの器を超えられていない。

 

 ……この身に限界が来るのも時間の問題だろう。照応天球は過剰な魔力に耐えきれず自壊した。そのフィードバックをモロに受け補填を自身の肉体を消耗させすぎた。

 間も無く八敷意をはじめとした者たちがトドメを刺しに来るだろう。

 残り少ない魔力を防御に回して、果たして何分保つだろうか。

 いや、もう決着は着いた。悪足搔きはみっともないだろう。ここは大人しく、敗北を受け入れよう……。

 

 ——否、奇跡は起こる。

 

  ◇

 

『やっと、声が届いた』

 

 既に力は出し尽くした——ハズだった。

 事実として、この身は立ち上がることすら途轍もない痛みで遮られる。

 だが、ここで立ち上がらなければ。

 

『本当に君は危険な人だ…………。だけどおかげで、知り得たよ。君が送った、魂の躍動——即ち生の実感を』

 

 役割ではない。ただ愉しむために戦ったこの一瞬が、内に眠る龍神の心に響いた。

 

「その姿……碧色の枝角、まさか——霊脈の魔力と接続した影響か……⁈ アレは既に干渉を受け同質の魔力となっていた……故に肉体に流れる過程で魔力自体が肉体を適合させた……。であればあの姿……ようやく出会えたというわけか!」

 

 ふと、自分の髪が伸びていることに気付いた。その理由を考える気にすらならなかった。

 これは返礼だ。僕たちは満足できたが、彼はまだ満足できていない。

 

「ずっと、見たかったんだろう? この力を。いいよ、やろう。みんなにも邪魔はさせない。おまえが満足いくまで相手してやるよ」

 

 互いに苦痛を抑えつけながら立ち上がる。

 後ろから足音。文研部の仲間たちが駆けつけてくれたのだろう。

 

「幸斗っ!」

 

 先生の声に思わず振り向く。その瞳孔が先生の背後に続く美佳たちの姿も映し出していた。

 

「先生……もう決着は着いています。この先も、僕に任せてくれませんか」

 

「いきなりあんなモノに突っ込んでボロボロになって帰ってきて、一番最初に吐くセリフがそれ? こっちは心配で仕方がなかったのよ!」

 

 美佳の抗議する声が聞こえる。やっぱり最近、僕に対する当たりが強くなってきてないかな……。

 

「……何があったんだ? それにその姿はどうした?」

 

 先生は状況を理解しようと尋ねた。

 いざ言葉にしようとすると、上手く言い表わすものが見つからない。

 

「心が通じ合ったっていうのかな……シャルディーン(アイツ)の願いを叶えてやりたいんですよ僕は。……だから邪魔をしないでほしい」

 

 否定は許さないという意思が表れた言霊。魔術師は既にその力をほとんど失っていることを先生もわかっているはずだ。

 

「——わかった。おまえを信じるよ、幸斗」

 

「はぁ、ちょっと先生なにを——」

 

「いい、アレは止められんさ。それにいざとなれば私たちがついている」

 

 美佳を制止して歩き出す僕の背中を先生は見つめる。

 それを信じて僕は二度と振り返らなかった。

 正直、身体はやけどをしたかのように痛かった。再生はしばらくはしないだろう。思いがけず、この碧水の弱点に今気付いた。どうやら外傷の再生は簡単だが、過剰なエネルギー行使によるオーバーヒートのダメージはなかなか治癒しにくいらしい。

 

 さて————互いの間隔が五メートルほどになった。

 

「ひとつ聞きたい、君の内に眠る其の神は何を望んでおられたかね」

 

「……愉しむこと、生きること。その実感を」

 

 穏やかに、春に芽吹く花のような笑みを浮かべ答える。

 おまえのおかげでその望みは叶ったよ。とはいえ、それでずっと満足していられるほど僕らは無欲じゃないだろう。満たされては求め、満たすためにまたもがき始める。

 この戦いをいつか忘れてしまっても、そこにあった生の証はまたどこかで咲き誇る。

 ——だから、無意味なんかじゃない。

 

「そうか……ではあの御方は満足されたのですね。それは喜ばしい限り……だがこうして貴殿が此方に向かってくるというのは——」

 

「ああ、二次会だ。おまえを満足させる最高のパーティを開いてやる」

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