十三
それからも、修嗣は一心に山を登り続けた。学校へ向かうその足を、直接山へ向ける日も増えた。担任に呼び出されて何度か注意を受けた。沙也加にも、「最近、兄さんはおかしい」と言われた。叔母の嫌味は回数が減った。しかし、彼は、まるで気にしなかった。
神谷は相変わらず家に現れては、叔母の部屋に入り浸り、時々、妹に数学を教えているようだった。母は、しきりに修嗣を心配するような言葉を口にし、父は、息子と一切会話をしなかった。食事の席で顔を合わせても、暗い目で睨むばかりだ。
祖母の入院手続きは順調に進んだものの、彼女はまだ家にいた。ほとんど眠っているが、日に何度か、大声で叫びながら戸を叩く。寝室には頑丈な鍵がかけられ、出入りの自由は奪われた。汚れ物は母が処理していた。祖母に接するのは主に母で、その次が沙也加だ。修嗣は、あの騒ぎ以来老女の顔を見ていない。
山は、日ごと微妙な変化を見せ、楓の葉は赤みを強くしていた。錆びたロープウェイの付近に、時たま子猫が現れる。近付くとすぐに姿を隠したが、黒の毛並みは美しかった。
修嗣は、まるで何かに取り憑かれたように山を登り続けた。
イリヤは、いつも同じ姿勢で待っていた。
二人は、互いの将来について語り合い、半月以上過去のことも未来のことも口にしなかった。たわいもない日常を語り合えればそれで良かった。
彼らは、かつて食堂だった床に座り、変化し続ける山の姿を見ていた。時には雨が降り、霧に包まれた。風が寒さを含み始めると、枝の葉は、少しずつ落ちていった。
それがすっかり済むと、彼らは二階の廊下へ行き、開かない扉の前に立つ。犬の死骸は、すっかり皮と骨だけになり果て、臭いも薄くなっていた。
飽きもせず毎日同じ事の繰り返し。
修嗣にとって心地よい時間だった。
家にいるのも、学校にいるのも、不自然で。
自分はここにいるのが自然ではないか。
そんな気がした。
しかし、それも長くは続かなかった。
ある日、少年がいなくなった。
上着がなければ、耐え難いような冬の始まり。修嗣は、いつものように、授業を昼の途中で抜け出し、山を登った。靴の中で足がかじかむのを感じる。鳥は姿を隠し、辺りは静けさに包まれた。空は浅葱色に近く、雲の陰で太陽の光が拡散する。
修嗣は、少年がいつも立っていたところに座って、膝を抱えた。そうして、見慣れた黄金色の髪を待った。しかし、彼は来なかった。
少年が来なくなると、修嗣はますます山に執着した。山を登らない日はなくなり、欠席する頻度が倍に増えた。寒さが和らげば、家からくすねてきた寝袋で夜を明かした。
彼が眠るのはいつも食堂の隅で、瓦が積まれている場所だった。夜の山は、全てを曖昧にし、静かだった。時々、何か少しでも物の動く気配がすると、修嗣は体を震わせた。
「イリヤ」
その特別な響きを口にする。
音を確かめるように。
月が巡っても、少年は来なかった。
少年以外の人間も、誰一人来なかった。
寒さに体が震えると、修嗣は両手を擦り合わせた。
葉を失った木が、静脈のように伸びている。
生きものの気配はない。
次第に、修嗣は意識を失い、頻繁に夢を見るようになっていた。
たいてい、幼い頃の夢だ。
いつも、彼の前には兄がいる。




