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埋もれる檻  作者: 有理化
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12/18

十二

 結局、壁の音は朝になるまで止まなかった。修嗣は、布団と毛布を被ってずっと膝を抱えていた。音は周期的で、時々休む。そうして、再開すると、一層激しい音が繰り返された。

 少しだけ夢を見た。幼い頃の夢だった。

 額に汗が滲み、口は乾いていた。

 学校へ向かう途中、また沙也加がついてくるかとも思ったが、家を出てから一度も会わなかった。

 彼は、数学の授業を抜け出して曇り空の下を走る。材木置き場へ向かい、山を登り、そうして、またあの場所へ来た。いつもより寒かった。頭上を覆う雲が鈍い色をしていた。

「来たね」

 その声を聞くと、彼は安心した。

 少年は、別れたときと同じ姿勢で、玄関ホールの柱にもたれかかっている。相変わらず、紺のブレザーだった。

「学校に行ってないの?」修嗣は、腕時計を見る。始業式でもなければ、こんな日中に学校が終わることはない。

「学校なんて、時々で十分さ」イリヤは答えた。「君もそう思うだろう」

 彼らは歩き出す。自然と足は食堂へ向かった。

 壁に並んだ黒い額縁で、黄色い葉が揺れていた。

「家族との仲? 良い方だよ、多分ね」

 修嗣の質問に少年は快活に答えた。

「父親は医者、母も看護師だからほとんど家にいない。仲が悪くなりようがないんだよ。会話しないから」

 湿気を含んだ生温い風が吹き込んでくる。

「凄い家だね。君も、将来は医者になるの」修嗣は、地面に膝を付いた。

「医者といっても、体を治す方じゃないからね。僕には無理だよ。気が滅入る」

「ふうん。でも、期待はされるだろう」

「さあね、どうだっていいさ。もともと家を出るつもりだから」

「家を出る?」

「そうだよ。別に、珍しくもないだろう」

「町から離れるの?」

「離れたいね、こんな所にいたら頭がおかしくなる」

「外に行っても、おかしい人間はおかしいさ」

 修嗣の言葉に、少年は声を上げて笑った。

 二人が目指す高校は同じだった。もっとも、この地方には、公立の高校が一つしかなく、学力に問題がなければ大方の生徒がそこへ通う。極端に成績が悪い場合、県外へ行くしかなかった。

「君の家の方が、よっぽど凄いと思うよ」少年は、しばらく宙を見つめると、そう言った。「犬神家みたいだ」

 ポツポツと細かい音が鳴り、ほんの数秒で、破裂するような音に変わった。外を見ると、白い錦糸が木々を霞ませていた。雨が降っていた。

 二人は並んで、白んでいく森の景色を見ていた。葉はお辞儀するように、不規則に揺れ動き、時々、跳ね返った雫がガラスのない窓から入ってきた。

「もう嫌だ、あんな家……、僕も出られたらいいのに……」

「出たければ、出ればいい」

 修嗣は、少年の顔を見る。二重の大きな瞳は、修嗣をつぶさに観察していた。森に潜む鳥を探すときと同じ目だった。彼は、右手で細い顎を支えている。

「逃げたければ逃げればいい」

 少年の言葉は無責任に響く。

「そろそろ、行こうか」

「どこへ」と口にしてから、修嗣は検討を付ける。また、あの扉に違いない。

 微笑みに従って、階段を上り、扉の前に立った。湿気のせいか、足下から強い臭いがした。

「なんでここに執着するんだ」修嗣は尋ねる。

「さあね」少年は肩をすくめる。

「何度やっても同じだろ」

「いいや、これは開くよ」彼は、すぐに答えた。「大丈夫」

「どうやって開く? 壊すつもりなら、僕は賛成しない。夜中に忍び込んで壁に落書きするような馬鹿と同じだ」修嗣は苛立ちを露わにして言った。

「壊したりしない。ただ、君さえ頑張れば、これは開くんだよ」少年は口元に手を当ててくすくすと笑った。

「僕はそんな力はないし、鍵がかかっているのにどうやって開けるんだ。わけが分からない」

「忘れてるんだね。仕方ないよ。こういうのは、時間がかかるから……」

「何を?」修嗣は、首を捻って少年を睨み付けた。「何が入っている?」

 少年の笑い声が毬のように弾む。

「大丈夫だよ、修嗣」

 一体、何が大丈夫なのか。

 名前を呼ばれると、顎の下がむずがゆくなった。

 外の雨は、激しさを増している。

「大丈夫」

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