生活その4 脱出
風呂から出ると、俺と銀さんの服が無くなっていた。
「ポール、某の服はどこに?」
銀さんは真っ裸な状態で、アレを隠すことなくポールに聞いた。
ポールは俺達に背を向けたまま話しを始めた。
「アレハ、モウ使ワナイ思ッテ捨テタ」
「そっか。まぁ汚れていたからな」
まだ銀さんはポールの言葉を信じていた。
どう考えても、俺達を風呂に入れて、汚れを落としてから食べようという企みがあるとしか考えられない。
疑いもせず馬鹿丸出しの銀さんは体が鈍るからと言って、体操を始めた。
「オイ、テメェタチ」
そう言って、ポールが大きな壷を持ってきた。
「それは何だい、ポール」
銀さんが質問すると、ポールは壷から白い粉状の何かを出した。
「コレハ体ニ塗リ込ムト健康ニナル。決シテ塩デハナイゾ」
へぇー、塩なんだ……。
もうそろそろ覚悟決めないとな。炙りかな。単純に茹でるのかな。たたきだけは嫌だな。
「ほら、塗れよ。塩みたいにしょっぱいけどな」
俺は銀さんの馬鹿に嫌気がさしてきた。
俺は、自分の人生の終幕を認め、素直に塩を塗った。
「二人トモ、塗ッタラココニ寝ロデアリマス」
そう言って、ポールは目の前にある机を指差した。あれだ。つまりこれがまな板なわけだ。
俺はもう一度、自分の心と向き合ってみた。本当に自分はもう死ぬ覚悟が出来たのだろうか?
いや。俺は生きたいと今でも思っている。
でも無理かもしれない。この部屋から逃げるにはどうしたらいいのだろうか。
さっき来た道を戻っても、結局は行き止まり。
この部屋を見回すと、扉がある。
その先はもしかしたら地上への出口かもしれない。
しかし、その扉には大きな南京錠が付けられている。
鍵はきっとポールが持っているが。警察を倒せる奴に立ち向かえる気がしない。
ポールの隙を突いて鍵を手に入れたり、南京錠を壊したりするのも無理みたいだ。
どう足掻いても脱出は無理だ。唯一の脱出口である銀さんの力も、今は望めない。
彼ははっきり言って鈍感だし馬鹿で阿呆だから。
「おい、どうしたんだい?」
本当に阿呆だ。
彼は既にまな板の上に乗っている。しかもやたら楽しそうに。
……しょうがない。現実を認めよう。
「オォ、二人トモ旨ソウ……」
次の瞬間、ポールは、俺達の手と足と胴体を、ロープでまな板に縛り付けた。
「痛いなぁ! ポール、何しているんだよ!」
銀さんの言葉も聞かず、ポールは巨大な刃物を棚から取り出し、俺達にお披露目した。
「コレハ、脱獄シタ後スグ、特注デツクラセタ、言ッテミレバ殺人専用ノ包丁ダ。今カラ私ノ楽シイ料理ガ始マル。サァ、最後ニ会話ヲスル時間ヲ与エテアゲヨウ」
ポールは不敵な笑みを浮かべ、俺達に言った。銀さんは唖然とした顔で俺に話始めた。
「あのさぁ、ひょっとして、某と君が料理になる感じかな?」
「そうですよ。気付くの遅いですって」
「え! マジで!? 知らなかった……」
銀さんは落ち込んだ。ポールに裏切られたのがショックだったらしい。
「落ち込まないで下さいよ……」
「これが落ち込まずにいられるか! だってそうだろ? 今まで信じてたんだぞ!?」
そうだよな。銀さんにとって、ポールは育ての親だもんな。信じて当たり前だよ……。
「信じてたのに……人間は食べれないって……」
「そっちかよ! あんた! どうでもいいよ! もうわかった! 死んでやる!」
「え!? 死ぬの? 何で?」
「聞いてました? 殺人専用の包丁なんですよ、あれ」
「いやいやいや。そんなの売ってないから」
「特注って意味わかってます!?」
「アノ……」
俺と銀さんの漫才に、ポールが首を突っ込んだ。
「モウイイカイ?」
ポールのドスの効いた声が響いた。包丁がギラリと輝き、俺と銀さんの顔がそれに映し出された。
「最後にニ言イ残スコトヲ、言エ」
「あの……死にたくないんですけど」
俺の額に汗が滲んだ。涙も出始めている。覚悟したはずなのに、やっぱり死ぬのは怖い。
たたきは嫌だ。
「ダメダ。私ノ存在知ッタ。ダカラ喰ウ」
鼻水も流れ出した。
よく、死にそうになる瞬間、今までの記憶が走馬灯のように蘇ると聞くが、俺にそれが起こった。
ヴィーナスとの少ない思い出が、リピート再生されていた。やっぱり死にたくない!
「ピュー」
突然、何を思ったのか、銀さんが口笛を吹き始めた。恐怖で気が狂ったのだろうか?
「ピュー」
「ウルサイゾ! 静カニシロ!」
「銀さん! 大丈夫ですか!?」
俺が問いかけると、銀さんは俺の目を見つめた。
「来てくれるかも知れない!こんなピンチな時はあいつが!」
あいつとは誰なのかわからなかった。でも銀さんが頼るほどの人なのだ。
きっとこのピンチを打開してくれるに違いない。いや……打開してもらうしか方法は無い!
「ピュー」
「ヤメロ!」
頼む! 来てくれ!
「ピュー」
「ヤメロト言ッテイル!」
そう言って、ポールが俺達に向かって走り出した。
その刹那、異変が起こったポールと俺達の間を、何かが高速で通り過ぎた。
それにより、ポールは驚き、尻餅をついた。
「やった! 来た!」
銀さんが喜んで、何かに目をやっている。俺は銀さんが見つめる方向を見て驚いた。
俺達の頭上に、下駄が左右仲良く飛んでいる。疑っていたが、あれこそ銀さんのリモコン下駄だ。
「本当だったんだ……」
「そう。圏外でも想いが通じればちゃんと来てくれる」
そう言って、銀さんは微笑んだ。まるで、愛するペットを見つめるように。
「下駄……ソレデオ前ニ何ガ出来ル!」
ポールが大声で凄んだ。目が前にも増して凶悪な眼に変化している。
確かにただの下駄なら何も出来ないだろう。だがあの下駄は違う。
あれは鬼太郎のそれと同じ機能を持つリモコン下駄なのだ。
「銀さん、あの下駄思い通りに動かせるんですよね?」
「当たり前だ! 見てろ!」
キュリリリン!っという音が聞こえたかどうかわからないが、銀さんの下駄はまるで『機動戦士ガンダム』のキャラクター・ララァが乗るモビルアーマー・エルメスのビットのように、動き始めた。
それは、まるでポールを威嚇するように、ポールの目の前に急降下すると、空中でぐるぐると円を描いた。
「ここからが本番だ!」
キュリリリン!っという音が聞こえたかどうだか……。もうぶっちゃけ聞こえたよ! マジで! そのサイコミュ兵器は、鬼太郎のそれと同じ機能を持つと言うことが伊達ではないほどの動きを見せた。
鬼太郎のそれが出来るように、銀さんのリモコン下駄は、素早い動きでポールを警戒しながら、すっぽりと、銀さんの足にはまった。
「ちょっと待てよ! 攻撃するんじゃねぇのかよ!」
「え!? 誰がそんな事言った?」
「鬼太郎が言ったよ! それと一緒の事出来るんじゃねぇのかよ!?」
「鬼太郎のは攻撃できるの!? それが欲しいな」
「アニメの世界だよ! 本当は! じゃあ何で期待を持たせること言った!?」
「いつ某が言った?」
「約一分前だよ! 来るかもしれない! ピンチな時にあいつは……って!」
「来たじゃん!」
「笑顔で下駄ブルブル振るな! じゃあ攻撃も出来ないのに下駄何故に呼んだ!?」
「死ぬ時くらい一緒にいたいじゃん」
「一人で死んでろ!」
「ダマレ!」
またポールが二人の会話を引き裂いた。ポールから憤怒のオーラを感じる。危険だ。
「イイカ。モウキレタ。死ンデモラウ」
そう言って、ポールは包丁を振り翳した。
「いいか! 歯軋りしろ!」
銀さんが言った。
「歯軋り!? 何で……」
「いいから早く!」
俺は訳もわからず歯軋りをした。銀さんも歯軋りをしている。しかし、もう遅い……。
そう思ったその瞬間、爆音とともに、洞窟内の岩が崩れた。
モヤモヤと砂煙が部屋中に充満し、その中から、人影が僕達の前に現れた。
「師匠。助けに来ました」
現れたのはスキンヘッドに紫色のサングラス、黒い武道着のようなものを着た青年であった。
どこかでその青年を見たことがある気がするのは気のせいだろうか……。
「銀さん……誰ですか?」
「そういえば、君が会うのは初めてだね。彼は頭の長男でお嬢達の兄にあたる。某がある武術を教えたんだが、それから俺を師匠と仰ぐようになったんだ。優しい青年だよ……ただ……」
「ただ?」
「何ダオマエハ!?」
銀さんが最後まで言い終わる前に、ポールが叫んだ。青年はサングラスを取り、ポールを睨んだ。
「僕は師匠の歯軋りを聞いて助けに来た、ただの武道家です」
「ソンナコト知ルカ!」
二人の勝負は一瞬のうちに終幕を迎えた。
ポールの包丁は、青年のたった一発のパンチで破壊され、ポール自身も顔を蹴られ倒れ、そのまま動かなくなった。
「峰打ちです。安心してください」
そう言って、彼は微笑んだ。
しかし、鋭く蛇のような目と、痩せた顔で形成された彼の顔は、恐ろしかった。
「あいつはな、鋭い眼光と、強すぎる武術のせいで、蛇鬼と呼ばれている」
俺は思い出した。彼を何故見たことがあるのか。
それは、リーゼントと文通していた頃送られてきた手紙に、彼のプリクラが張ってあったからだった。
確かに、サングラスをかけていてもわかるほどの鋭い目だった。
「戻りましょう、家に」




