生活その3 探検
銀さんの懐中電灯が洞窟内部を照らしていた。
ゴツゴツした岩陰から、今のも魔物が姿を現しそうで、正直怖かった。
洞窟内はとてつもなく寒く、俺の身体は、凍えて震えていた。
「寒いなぁ……」
先頭を行く銀さんが呟いた。
「そうですね」
「上の服を某に貸してくれよ」
「嫌ですよ。俺もこれでも寒いんですから。それに、そんな格好で来るからいけないんですよ」
銀さんはいじけた様子で黙った。
俺は改めて銀さんの服装を観察した。
タンクトップ姿を見ているだけで、見ているこっちが寒くなってくる。
観察していて気が付いたんだが、さっきまで妙に気の抜ける音を奏でていた下駄を、今銀さんは履いていなかった。
どうしたんだろう?
「下駄どうしたんですか?」
俺は質問をした。
「下駄か……どうやら上に置いてきてしまったようだ。まぁ大切な下駄だから落ちたときに壊してしまうよりいいだろ」
「大切なんですか?」
そう言うと、銀さんは妙にしんみりとした顔で俺を見た。
「人には宝物ってあるだろ? 某にとってはあれがそうかもしれない。某が頭の家に来て数年後、頭が始めて某に買ってくれたのがあの下駄なんだよ」
そうか。俺にとってはどうでもよかった下駄でも、銀さんにとっては大切な大切な宝物なんだ。
それなのに落としてきてしまうなんて……何だか可哀相だった。
「銀さん! ここを出たら下駄取りに行きましょう!」
そうだよ! そんなに大切な物を無くすのは辛すぎる。
無くした場所がわからないわけではないのだから、後で捜しに行けばいいんだ……ここから出れたらだけど……。
「何でだい? 何でそんな面倒くさい事をする?」
「はぁ?」
何だこいつ! 大切な宝物だって言うから心配したのに!
「じゃあ下駄いらないんですね?」
「いやいや。必要さ!」
またでたよ、銀ワールド。意味がわかんない。
「必要なら取りに行くしかないでしょ!?」
「あぁ。あのさ、君は『ゲゲゲの鬼太郎』知ってるか?」
話しすりかえられた! もうどうでもいい!
「はいはい、知ってますよ。妖怪がいっぱい出てくるアニメでしょ?」
「お! 知っているのか! あのさぁ、鬼太郎の武器って凄いよな! 髪の毛が針になって攻撃できたり、ちゃんちゃんこが飛ばして敵捕まえたり、でっけえ岩の怪物だして攻撃したり……」
ぬりかべの事か!? あいつは武器じゃないぞ!
「でもって、物語がイイ! 鬼太郎は悪い妖怪を仲間と一緒にやっつけるんだよな! 仲間もいろいろいて子泣き爺とか砂かけばばぁとか百目とかメフィスト2世とか」
最後の二人違うから! 悪魔くんだから! って言うか何の話だよ!
「……あ、すまん。何か脱線してたな」
気が付いたか……。良かった。
「で、武器の話なんだけど」
え? そこに戻るの? 路線間違えてるよ?
「某が一番気に入っていた武器が、実はあのリモコン下駄さ!」
リモコン下駄。実際にそう呼ばれていたかは不明だが、鬼太郎の思い通りに動かせる下駄。
あ~した天気になぁ~れみたいな感じに下駄を飛ばし、その後元に戻すことも可能。……で?
「それが何ですか?」
「だから、某の下駄がそれなんだってば」
……はぁ?
「え? 意味がわからないんですけど」
「某の下駄がリモコン下駄なんだってば。まぁ鬼太郎の下駄と同じ機能を持っている下駄というのが正しい表現だ」
……えっと。これはあれかな……馬鹿にされてるのかな?
「じゃあ今戻しましょうよ」
そうだよ。リモコン下駄なら戻せよ。
「それが……どうやらこの洞窟は圏外らしい」
何がだよ! もう何も聞きませんよ俺は。
そんな銀さんの謎の話しに構っている暇はない。
ここから出なくてはいけないんだ。俺はどんどん洞窟の奥へと入っていった。
『カツンッ』
そんな音がした。どうやら足元に転がっていた石か何かを蹴ってしまったらしい。
きっとそれが洞窟の壁に当たったのだろう。
しかし、次の瞬間、俺の心臓は恐怖で爆発しそうになった。
「誰ダ!!」
「!?」
俺と銀さんは、驚きのあまり声が出なかった。
洞窟の奥からだんだん火の玉が近づいて来る。
ユラユラと揺れる炎が次第に大きくなるに連れて、薄っすらと人影が目の前に現れた。
「オマエタチ! 私ノ家、何カヨウナノカ! モシソウナラ、私、許サナイ!」
片言の日本語で語るそれは、体中が自身の毛で覆われて、その毛の奥で鋭い眼を光らせていた。
「あなたは……誰なんですか?」
「人ノ事聞ク前、自分タチガ先ナノル! コレ常識!」
そう言って、たいまつを掲げながらそいつは俺達に近づいてきた。
「待って!」
銀さんのその言葉に、そいつは足を止めた。
「あんた……ポールじゃないですか?」
銀さんの表情は真剣だった。ポール……。一体誰なんだ?
「君ハ……シルバーナノカ?」
「某をそう呼ぶのはポールしかいない! やっぱりポールだな!?」
「イカニモ!」
俺には訳がわからなかった。
しかし、目の前では銀さんとポールとかいうそれが、抱き合いながら再会を祝し、涙を流していた。
「あの~。俺のもわかるように説明してもらえます?」
「あぁ、すまん」
そう言って、二人の抱擁が一時中断した。
「さっきも話しに出てきたが、俺を一時期育ててくれたイギリス人のポールだよ」
「イカニモ!」
俺は話を聞いて、一応納得してみた。
が、その彼が何故ここにいる?
銀さんの話だと、彼は不法入国して警察に捕まったはずではないのか?
「それはそうと、ポール。どうしてこんなところにいるのだい?」
ナイスアシスト! 俺の質問を見事にポールに突き付けました!
「イヤ、アノ、ツマリ……アレダ。ポリスマンニ捕マッテカラ。私、檻ノナカ、一生懸命罪ヲツグナッタ。ダカラ出シテモラッタ。決シテ脱獄シテ、コノ山ニ逃ゲ込ンダワケデハナイゾ……マジデ!」
怪しい。
何で聞いてもいないのに、そこまで言うんだ。
いくらなんでもおかしいだろ! 銀さんだって流石にこれは疑うだろ……。
「そっか! 釈放されて良かったな!」
何故? 何故に疑わない?
なんだよ、その長い単身赴任から帰ってきた父親を温かく迎える小学校低学年の息子のような笑顔は!
絶対信じちゃだめだって!
「私ノ家ニ来ルヨロシイ、ツイテ来ルナリ」
「うん! 楽しみだ!」
「ちょっと! 行くんですか!? やめたほうがいいですって!」
「何故だ? 行くぞ!」
もうどうやら、銀さんに何を言っても無駄なようだ。
「待ってくださいよ……」
俺が歩き出すと、足元に何かがあることに気が付いた。
……白くて、穴が開いてて、少し赤い染みが付いてて。
頭蓋骨だ!
何でこんなもんがあるんだ!? しかもこの赤い染みって血だろ!? やばいって! マジ命の危険だって!
このままじゃまずい。
よし! どうせやばいなら先手必勝だ! 頼む銀さん! これでやばさに気付いてくれ!
「あの~ちょっといいですか?」
俺がそう言うと、先を歩く銀さんとポールが足を止め、静かに振り向いた。
「何ダイ?」
「どうした?」
俺の心臓がバクバク音を発っしていた。それを抑えながら、俺は賭けに出た。
「これ……何ですか?」
俺は頭蓋骨を指差した。自分の指が小刻みに震えているのがわかる。
「これは……。これは一体何なのだ、ポール!」
そうだ! いいぞ銀さん! ポールはきっと何か危険な事をしでかしたんだ!
銀さんは驚いた様子でポールを凝視している。いいぞ、そのまま疑うんだ!
「アー、アノ、ソレハ……ア、ココデ暮ラスヨウニナッテ、ヤハリ毎日ガ同ジ、ツマラナイ。ダカラ趣味デソレツクッタ。決シテ本物チャイマンネン」
いや、これは怪しすぎるだろ! 馬鹿な銀さんでもきっと怪しむはず……。
「ポールは手先が器用だったからな~」
何で説得されてるんだよ! もうこの人は駄目だ! 馬鹿に磨きがかかってるよ!
よく考えたら、こんな人とサバイバル生活しようと思ったなんて、俺馬鹿な事をしちまったよ!
あぁ何やっているんだろう!
でもこのまま死にたくない! ここで死んだらもうヴィーナスに会えなくなっちまう。
そんなの絶対嫌だ! 思い伝える前に朽ち果てるなんて勿体無い! 生き抜くんだ!
自信ないけど!
「おい、行くぞ」
銀さんが楽しそうに言った。馬鹿な大人だ。こうはなりたくない。
「オイデ。アト、弁解スルワケジャナイケド、決シテ、俺ヲ追ッテ来タ警察官ヲ殺シ、喰ッテ、残リノ骨捨テタチャウバッテン」
絶対今のが真実だよ! マジ死にたくないから!
「何ジョーク言ってるんだよ、ポール」
何でこの人こんなポジティブなんだよ。悩んでいる自分が情けなくなる。
「スマンスマン。ア……ソウダ。君達ニ美味シイ料理ヲツクッテヤロウ。今日ハ運ガ良クテ、大キナ食材ガ……1、2。二匹獲レタ、豪華ダ」
今、確実に数えられた。俺と銀さんで二匹じゃん! 明らかに喰う気じゃん!
「ココ私、家ダ」
そこは、洞窟の中でも、一際広い場所らしく、広々とした空間に、テーブル、ドラム缶風呂、棚、ベッド等の多くの家具が置かれていた。
「二人トモ、疲レタダロ、風呂ニデモ入ッテ汗ヲ流スンジャ、コラ」
ポールの計画は既に始まっているようだ。




