6.両親の思い
何もない日が過ぎて行く中で、ジェーン様のご両親が領地から戻って来た。出迎えのためにエントランスへ行こうとしたけれど、そこへ向かうジェーン様の背中が見えて引き返している。
「何もしないで欲しい」と言われた手前、そうするしか無い。例え、ご両親に"不出来な婚約者"とレッテルを貼られたとしても、私の絶対は婚約者であるジェーン様。
「お嬢様。メイド長様がお見えです」
「お通しして」
品が漂うオーラで「奥様がお呼びです」と頭を下げた。出迎えもしない不出来な婚約者を呼ぶ理由は、ただ一つ。メイド長に案内してもらったサロンで、カップに口を付けるお義母様の元へ歩みを進めた。
「リヴィアさん」
「ご、ご無沙汰しております。お出迎えにも出れず……申し訳——」
「そんなの気にしてないわ」
まさかの返答に、思わず目をぱちぱちと瞬かせた。
「あ、あの……」
「リヴィアさん、本当にごめんなさい……。ジェーンと温室の話しは聞いているんでしょう?」
「……はい」
「私と主人は、どうしても侯爵家を守りたくて……優秀な貴女との婚約を陛下にお願いしたの。あの子が目を覚まして、侯爵家の次期跡取りとして前を向いてくれるんじゃないかって」
「……」
「メイド長に留守の間の話しを聞いて、居ても立っても居られなかったわ。貴女に辛い思いをさせて……本当にごめんなさい」
「お義母様……」
「少しだけ、後少しだけ貴女の時間をくれないかしら。酷い我儘を言ってるのは承知の上で、親として最後の望みを貴女に賭けたいの」
深く頭を下げるお義母様に、「頭を上げてください」と手を握り、涙の滲む瞳を見つめた。
「……一目だけ彼女を見ました。それは……とても仲睦まじい様子で……」
「リヴィアさん……」
「もしも婚約期間内に、ジェーン様が私をお選びにならなかった時は、潔く出て行きます。身分の問題はあれど、生涯を掛けて愛する……そんな人を、私も見つけてみたいです」
乾いた笑いを少し溢し、微笑んだ。
「もしも私をお選びになった時は……覚悟を持って侯爵家の嫁としてお勉強させて頂きます」
「えぇ、勿論よ。どうせ『何もしなくて良い』とか言ったんでしょう。出迎えに来ようとしてくれてたのも知ってるわ。大丈夫……私は——いいえ。私たちは、貴女の味方よ」
「私を知った上で、こうして受け入れて頂いて両親も感謝しています」
領地の特産品だと、可愛らしいお菓子と芳醇な紅茶をご馳走になり、部屋を出た。お茶をしている間は、小さい頃のジェーン様や、領地のあれこれをそれは楽しそうにお話になっていた。ここ数週間、何もなかった私の生活に……少し色が付いた気がする。
それでも、社交シーズンでない今、ご両親がここに滞在するのも時間の問題。また時が来ればお邸には、私とジェーン様、そして……温室の恋人の三人になってしまう。
「ごめんなさい、お義母様……」
私が選ばれる事は、ないに等しいのだから。
***
「父さん、話しがあります」
「今は忙しい。後にしてくれ」
「……ルナを」
「それを後にしてくれと言ってるんだ」
こちらを見ようともせず、領地から持ち帰った資料を次々とファイルに仕舞い込んでいく父さんに、どうしてもルナの話しがしたい。婚約者よりもルナが相応しいと知らしめるには、あまり時間がないのだ。
「婚約者は何もしません」
「……」
「ルナは次々と教育書を読み、僕の隣に立つに相応しい淑女に近付いています」
「……」
「僕は、僕の愛する人と結婚したい。それの何がいけないのでしょう」
「では、お前は愛する人をこれから一生涯苦しめ続けるのだな?」
「ど、どうして苦しめるなど——」
「平民が貴族になるためには多くの手続きが必要になる。多くの人がその事実を知り、人に伝わり、そして標的になる。社交界に連れて行こうものなら、どのような噂話が出るか……。貴族であるお前は、『放っておけ』そう言うだろう。だが、負目を感じる彼女は永遠に自分の身分のせいでお前に迷惑を掛けていると重荷を追うのだ」
「それは……」
「仮に子供が生まれたとしても、今度は子供が標的になるぞ。『平民の血が流れてる』とな。純粋な子供の世界の方が余程残酷だな」
表情を崩すことなく淡々と現実的な話をする父さんが、一つ溜め息を溢して「いつか言ったはずだ」とファイルから手を話した。
「家族を……延いては、この侯爵家を守るということは、並大抵の努力ではダメなのだ。繁栄を維持し続け、財力を保ち、品位を落としてはならない。今のお前に、その全てが出来るのか?」
いずれ両親が引退すれば、僕が全てを継いでいく……。領地経営、家計管理、社交……その全てをルナと——
「調べは付いている。両親を火事で亡くし、犯罪者の手によって娼館に落ちようとしてたことも、それを騎士団が救い出したことも」
「……彼女は——」
「異性との交わりがないと正気を保てない事もな」
「……っ! だから僕がっ」
再びファイルを手にして本棚に向かったまま「出て行きなさい」と、か細い声で告げた。僕はそれに……ただただ従うだけだった。




