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【新連載】他の人を愛する次期侯爵の婚約者になりました。  作者: HARUHANA


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4.温室に重なる影

 柔らかなストールの肌触りに、思わず何度も触れてしまう。ただ、これが身内から贈られたものならもっと素直に喜べるのに……相手が、恋人のいる婚約者からだと思うと実に複雑だ。


「——次は、厨房です」


 約束通り、午後の時間を利用して従者と邸を回りながら各所に挨拶回りをしている。図書室、リネン室、庭園の一角、そして厨房まで来た。


「お夕食前の忙しい時間帯に御免なさい。ジェーン様の婚約者として参りました、リヴィア・セレジェイラです」

「我々にまでご丁寧に……料理長のエスゲルダです。ご要望があれば何なりとお申し付け下さい。誠心誠意、努めますので」

「ありがとう。今朝のポタージュもとても美味しかったわ。毎回のお料理が楽しみなの」

「今夜のメニューもお気に召すと良いのですが」

「えぇ、楽しみにしてるわ」


 軽い会釈をして香りの良い厨房を出た所で、遠目に窓の向こうを誰かが通り過ぎた気がした。庭師……かもしれないけど、ガラス張りの建物の方向には基本誰も近付かないと聞いている。


「ねぇ、従者さん……」

「どうぞ、フェルナンドとお呼び下さい」

「では……フェルナンドさん。あの廊下に並んだ絵画を見ても?」

「はい。絵画をご案内したら、お部屋へ戻りましょう」

「えぇ」


 夕暮れ時の空を見上げながら、徐々にランプの灯りが目立ち始めた廊下を歩き、飾られた名だたる絵画を堪能した。大小様々な絵画を覗き込んで満足した私がフェルナンドにお礼を伝えようとした、その時。


「……あれって」


 フェルナンド越しに見えた窓の向こう、ガラス張りの建物に立つ、ジェーン様と……薄茶色のくるりと巻かれた髪の女性。


 私の表情に気付いたらフェルナンドが、同じ方向に振り向いた。しかも……見つめ合う二人が唇を重ねる瞬間——


「リ、リヴィア様。参りましょう」

「……」

「リヴィア様!」

「えっ……えぇ」


 こんな時だからか、フェルナンドが随分早足で歩いている。追いつけないこともないけど……ヒールでは些か辛い。だいぶ距離が開いた所で、振り向いて慌てて走ってきた。


「失礼しました……」

「気を遣ってくれたんですよね?」

「……そのつもりでしたが、失敗しました」

「ふふっ、それほど傷付いてもいないので。詮索するつもりもないし、ましてや、詰め寄るようなこともしません」


 そこから部屋までは、また私の歩幅に合わせて歩き始めたのだった。



 ***



 仕事から帰ってきたら、真っ先にルナの所へ行く。それが僕の日課だ。


「ジェーン、おかえり」

「ただいま。今日は酷く疲れた……書類も片付け、後輩の訓練にも付き合った」

「ルナがマッサージしてあげようか。結構上手だよ?」

「……ルナに癒されたい」


 彼女を抱き締めているとホッとする。出会った時と変わらず、優しく包み込んでくれる唯一の癒しだ。


「……んっ、」


 抱き締めて、キスをして、また抱き締める。これだけで明日の仕事が頑張れる。


「ジェーン……まだ足りない……」

「僕もだ」


 そうして唇を何度も重ねて、ゆっくりとベッドへ吸い込まれて行く。ガラス張りの温室だが、ベッドには目隠し用の高い植物が集められ、二人だけの空間を幻想的に囲ってくれる。


「あぁ……ルナ、柔らかい……」

「んっ、」


 例え、隣の本館に婚約者がいたとしても関係ない。最愛の人がいると告げ、形だけの自由も与えた。どうせ部屋に閉じこもっていてくれるなら好都合だ。

 

 こうして愛しい人に触れ、僕を「欲しい」と潤んだ瞳で懇願してくれるルナが、重なり合う重みに声を漏らす。次期侯爵としての責務を負うなら、側いてくれるのは何にも変え難いルナが良い——


 


「ジェーン、私ね今日も沢山お勉強したの。この夫(・)人(・)の(・)心(・)得(・)も、貴(・)族(・)名(・)鑑(・)も、後少しで読み終えるんだから」

「凄いじゃないか。あとは、少しずつ実践して行けば良い。これで両親を説得出来れば、君は晴れて僕の妻になれるんだから」

「うんっ。ルナ、頑張るね」


 共に食事を摂り、ルナが眠りについた所で温室を出た。温室は、ルナを呼ぶために改装を施し、風呂も厠も付けた。もちろん食事も、決められた時間に運ばれてくる。彼女に何不自由ない生活を与えるために。


 だけど彼女は……ルナは、庶民だ。


 貴族の習慣を知らず、血統を重んじる貴族にとって、市井の娘と言うだけで好奇の目にさらされてしまう。だから今は、本来婚約者に与えられる本を敢えてルナに渡し、勉強してもらっている。


「今、帰った」

「……お帰りなさいませ」


 玄関で出迎えるフェルナンドに鞄やらコートを託し、自室へと向かう。日中、自分がいない間はリ(・)デ(・)ィ(・)ア(・)嬢(・)の世話をすると言っていたが、特にフェルナンドから何か触れてくることはない。何もないなら、それで良い。


「フェルナンド」

「はい」

「明日、例の本もルナに届けてやってくれ」

「例の本と言いますと、"社交界のマナー大全"で宜しいでしょうか」

「あぁ。前の本はもうすぐ読み終わるらしい。あの本を読めば、あとは実践で形にするだけだ」

「……かしこまりました」


 あと少し……あと少しで、堂々と本館に招ける。


 部屋の窓から温室を見下ろした。温室のガラスに反射する満月を見ながら、初めてルナに会った日のことを思い出した。


「……娼館に堕ちる前で、本当に良かった」

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