3.好みの贈り物
翌朝、知らない間にジェーン様は出勤されたようだった。別に見送りもしない私には、あまり関係ないけれど。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう」
カーテンを開けるアンが嬉しそうに微笑んだ。
「案外、婚約者様もまともなんですね」
「……ん?」
「まだ一部しか運べていないんですけど、ほら見て下さい! ドレスにバッグ……何もしなくて良いなんて言いながら、実はお嬢様を——」
「そんなはずないわ」
昨日あれだけ突き放され、三ヶ月飼い殺しにするような人が翌日に贈り物を用意するなんて考えられない。それか、何か狙いでもあるの? これで言う事を聞いとけ、みたいな?
「どれも一級品ですよ? 適当に贈ったとは……」
「……使えそうな物だけ開けて、後は奥に直しておきましょう。後から返せと言われても困るし」
「か、かしこまりました」
目に付いた蓋を一つ開けると、丁寧に梱包された美しい色合いのストールが現れた。実家にいた頃からストールを愛用する私にとって、この贈り物は嬉しい。ただ一つ、素直に受け取って良いものなのか……それだけが悩ましい。
「わぁ、素敵なストールですね」
「……本当ね」
静かに蓋を閉めようとした時、アンがひらりとストールを取り出した。
「お嬢様、朝食の席に如何ですか?」
「でも……」
「生憎、婚約者様は出勤されていますし、朝食の用意を従者のえっと……名前……」
「フェルナンド様、だったかしら」
「そうですそうです。その従者の方が、庭園のガゼボに朝食を用意してくれるそうなんです。このストール、丁度良さそうですよ」
本人がいないなら、身に付けても何も言われない……と願いたい。風に靡いたらきっと綺麗であろうストールを掛け、朝食が用意されたガゼボに向かった。
「おはようございます、リヴィア様」
「お、おはよう」
一瞬目を見開いた従者がすぐに表情を戻し「こちらへ」と。まさか来ないと思われていたのか。まるで給仕係のように腕に白い布を掛け、お手本のような出立ちでお皿を並べ、少し離れた椅子にジャケットまで掛けて……万能な従者だと感心してしまう。
「さぁ、どうぞ。温かい内にお召し上がり下さい」
湯気が立ったポタージュを一口入れれば、そのホッとする美味しさに自然と笑みが溢れた。サラダもパンも、どれもが心を満たしてくれる……。
「……美味しい」
「お口に合うようで安心しました。お部屋が良いかな……とも思いましたが、初めての朝食が花に囲まれたものなら多少気分も晴れるかと」
昨日あの場に居たのだから、状況は全て把握している。私と婚約者……ジェーン様の関係性を知った上で、こうして気遣って貰えるのは有り難い。それでも彼はジェーン様の従者で、私の行動など筒抜けも同然。下手な言動や行動は、首を絞めるだけ。
「そう言えば、ジェーン様から沢山の贈り物を頂きました。直接お礼を伝えられないので、代わりに伝えて下さるかしら」
「勿論です。お気に召しましたか?」
「えぇ……どれも素敵でした。私の好みが多くて驚きましたが」
「それは良かったです。そちらのストールも良くお似合いです」
「ありがとう。でも……」
「でも?」
「私とジェーン様の立場では、贈り物を送り合う仲ではありません。直ぐに使うもの以外は、クローゼットに置いてます」
「ど、どうしてですか?」
「後から『返せ』と言われても……困りますから」
ただ面倒事を避けたいだけ。
「そんな事しません!」
それまでゆったりした口調だった従者が、周りの人が振り向くくらい声を張った——
***
食器の触れる音も止み、ガゼボ一体が静まってしまったが、どうしてもそれだけは伝わって欲しかった。
「も、申し訳ございません。出過ぎた真似を……」
「いえ……私が失礼な話しをしたから、ですね」
「そうではありません。確かにジェーン様の態度なら、そう仰られるのも無理はありません。ですが、後になって返せなど絶対ありません。ですから、どうかリヴィア様に使って頂きたいのです」
思わず拳に力が入ってしまう。
だって……その贈り物は、僕が見立てた物だから。
「そのお心遣い、しかと受け取りました。ですから頭を上げて下さい」
逆に申し訳なさそうな表情のリヴィア様が、僕を見上げた。ジェーン様からだと言えば、上手く納まると思ったけど……確かに、この関係性で大量の贈り物は無用な気遣いを生んでしまったんだ。
昨日の二人を見て、理不尽に振り回されるリヴィア様に……少しでも心穏やかに過ごして欲しいと思った。業務連絡のように引き継いだリヴィア様の生活資金には手を付けず、ジェーン様が別に用意した支度金を使った。勿論、許可も取ってある。代わりに贈り物を選んだのが僕なだけで、大元はジェーン様だ。
「他に必要なものはありませんか?」
「そう……ですね。物は、これと言ってありません」
「物でないなら——」
「まずは、お邸の方々に挨拶周りをしても? こうして美味しい食事を作って貰って、心地良いお部屋を保ってもらうのですから」
「……! かしこまりました。後程、邸内をご案内します」
「お願いします」
「何もしなくて良い」と言われても引き篭もることなく、我々を知ろうとしてくれる……。尚更、侍女殿にリヴィア様の好みを聞いてまで用意して良かった。
こんなに温かく朗らかに微笑まれるリヴィア様を、どうしたらジェーン様は気付いてくれるんだろう——




