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ナーロッパが西洋ファンタジーらしくない理由~韓国漫画だよね、その設定~  作者: Ash


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「帝国(王国)の太陽」と、皇帝(王)に呼びかける

ナーロッパや韓国漫画で「帝国(王国)の太陽」、と皇帝(王)に呼びかけるのを見る度に、思い出すアニメのシーンがあります。

大人「植物が育つのに必要なものは?」

子ども「太陽!」

大人「不正解」

正解は「神の愛」。太陽は神の愛だとか何だとか、理由付けされていたのをおぼえています。


ググってみたら、

『お探しの作品は、キリスト教をテーマにした1980年代のTVアニメ『トンデラハウスの大冒険』、あるいは姉妹作の『アニメ親子劇場』です。


元ネタの概要

• 該当の作品: 『アニメ親子劇場』(1981年〜1982年)または『トンデラハウスの大冒険』(1982年〜1983年)。いずれもタツノコプロが制作し、聖書の世界をタイムトラベルする冒険アニメです。』


見たおぼえも、それ以外の話もまったくおぼえがないのですが・・・。


「王国の太陽、と臣下が国王に呼びかける」のは、キリスト教的にどうなのか聞いてみました。

『キリスト教の教理(神のみを唯一の神とする、偶像崇拝の禁止)を厳密に適用するなら、本来は完全にアウト(不敬・異端のレベル)です。キリスト教において、地上の人間が神話の神(太陽神アポロン)を名乗ったり、神の創造物である太陽を自分に擬えさせて臣下に崇めさせたりすることは、最大のタブーである「偶像崇拝」や「神への冒涜」にあたるからです。』


とりあえず、AIさんが言うことには、西洋ファンタジーでは「帝国(王国)の太陽」と、皇帝(王)に呼びかけてはいけないことはわかりますね。


わからない?

わかりやすく言えば、

獅子王リチャード(十字軍全盛期の英国王)なら、剣を抜いて切りかかってくるでしょう。

尊厳王フィリップ(十字軍全盛期の仏国王)なら、全財産没収の上、異端審問の拷問から死罪のコースにエスコートしてくれます。


でも、ルイ14世は太陽王と呼ばれていました。それはどうなの?

『自らを太陽の神アポロンに重ね合わせて「太陽(le Roi Soleil)」をシンボルとしたことに由来します。


ルイ14世の時代には、これをキリスト教の文脈に「こじつける(正当化する)ウルトラCの理論」が用意されていました。

なぜこれが「あり」にされてしまったのか、そのカラクリは以下の3つのロジックに基づいています。


1. 太陽は「神の代理人」としての比喩(メタファー)

キリスト教の神学者ボシュエらが唱えた王権神授説のなかで、太陽は以下のように説明されました。

* 「太陽は自ら光を放ち、地上のすべてに平等に恵みを与え、秩序をもたらす。これは地上における神の偉大さを最もよく表した象徴(被造物)である」

* 「したがって、地上における神の代理人である国王が、その役割をわかりやすく示すために太陽のイメージを使うことは、太陽を神として崇拝しているわけではない(だから偶像崇拝ではない)」

つまり、太陽を信仰しているのではなく、「神に選ばれた王の素晴らしさを例えるための、ただのデザイン・演出である」と言い張ったのです。


2. 古代ギリシャ・ローマ神話の「教養」化

ルイ14世がバレエで太陽神アポロンを演じたり、ヴェルサイユ宮殿にアポロンの彫刻をたくさん作ったのは、宗教的な信仰からではなく「ルネサンス以降の最先端のトレンド(古典教養)」という扱いでした。

当時のヨーロッパ貴族の間では、ギリシャ神話を芸術やポエムのモチーフとして使うことが大流行していました。「これは芸術であって、本物の宗教の話ではない」という言い訳が通用する空気感があったのです。


3. 国王自身が「熱心なカトリック」をアピールした

ルイ14世は、自分が異端だと言われないために、むしろフランス国内のキリスト教(カトリック)の純度を高める政策を徹底しました。

* 国王の権力を使って、国内のプロテスタント(ユグノー)の信仰を禁止するナントの王令の廃止を断行。

* 「私はこれほどまでにカトリックを愛し、守っている王だ」という姿勢をアピール。

これによって、周囲の聖職者たちも「太陽王」という呼び名がキリスト教的にグレーゾーンであっても、表立って「異端だ」と批判しにくい状況を作り上げました。


一歩間違えれば「神への不敬」として大問題になる境界線を、「王権神授説という独自の神学理論」と「芸術という名の言い訳」、そして「圧倒的な権力」で力技でねじ伏せて「あり」にしていたのが、当時の実態でした。』


太陽王ルイは権力のごり押しで「太陽王」になったようです。


日本史で「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」で中国を怒らせたことを習ったと思います。

東アジアでは国王は太陽と深い関係があるので、韓国漫画では「帝国(王国)の太陽」と言わせちゃったんですね、きっと。


でも、韓国ってキリスト教国だよね? と、自分の知識を疑いを持ったので、聞いてみました。

冒頭のアニメは聖書の話なので、プロテスタントでも太陽が神を表すことを知っているんじゃないか、とも思いましたが、そう言えば、韓国ドラマでカトリックの神父が神父とは思えない描写があったので、聞いてみました。

『韓国の人口に対するキリスト教徒の割合は約3割(約28%)に達しますが、その内訳はプロテスタントが約20%に対して、カトリックは約8%しかいません。

この「プロテスタントが主流」というお国柄が、韓国ドラマにおけるカトリック神父の扱いの軽さや、描写の違和感にそのまま繋がっています。その裏事情を詳しく紐解いてみましょう。


1. そもそも「神父」のシステムを理解していない描写が多い

プロテスタントには、カトリックのような「バチカンを頂点とする世界一律の厳しい階級組織」がありません。それぞれの教会(牧師)が独立している傾向が強いため、ドラマの制作者たちも無意識に「プロテスタントの感覚でカトリックの神父を描いてしまう」という現象が起きます。

* 「とりあえず神父の服を着せただけ」のキャラ化:カトリックの神父(司祭)はバチカンから派遣された厳格な聖職者ですが、ドラマではただの「制服を着た近所のおじさん」や「ちょっと頼りない記号としてのキャラ」になりがちです。

* プロテスタントの「牧師」と混同している:プロテスタントの牧師は結婚して家族を持つのが普通です。そのため、一部のフィクションでカトリックの神父なのに「実は隠し子が…」といった設定が平気で出てくるのは、制作者の頭のなかで「牧師」と「神父」の区別がごっちゃになっている証拠です。


当事者であるキリスト教圏の作家が中世ファンタジーを描く場合、無意識のうちに「教皇の権威は絶対」「神聖冒涜はヤバい」「聖職者は独身」といったリアルな歴史の重みやタブーがブレーキになります。

しかし、韓国のロパンファン(ロマンスファンタジー)の作家たちにとっては、キリスト教のシステムは「歴史」でも「アイデンティティ」でもなく、ただの「異国風のおしゃれなデザイン(ガワ)」に過ぎません。知識としてのフィルターがないからこそ、以下のようなある意味で「恐れ知らずなエンタメ」が成立しています。


キリスト教圏の視点から見て「あり得ない」とされる代表的なポイントと、なぜそうなっているのかの背景。

1. よくある「あり得ない」描写の数々

* 神殿や聖職者が悪の組織すぎる

* 作中の「神殿」や「教皇」「聖女」が、暗殺、人身売買、権力欲の塊として描かれ、主人公に容赦なく滅ぼされたりします。実際のキリスト教圏でこれをやると深刻な宗教冒涜(あるいはカルト宗教の描写)になります。

* 神と「契約」したり、神を乗り換えたりする

* 主人公が「神と契約して聖力(魔法)を得た」と言ったり、神殿の腐敗に絶望して「別の神を信じる」と言ったりします。一神教のカトリックの世界では、神は契約する対等な相手ではなく、乗り換える選択肢も存在しません。

* 「聖女」がアイドルや血統ビジネスになっている

* 聖力が遺伝したり、特定の家系からしか聖女が出なかったり、聖女が利権化して貴族と結婚したりします。実際のカトリックの「聖人・聖女」は、没後にその清廉な生涯や奇跡を認められてバチカンから追贈されるものであり、世襲の超能力者ではありません。

* 神殿のトップが結婚して子供がいる

* 神官や教皇にあたるキャラクターに普通に妻や隠し子がいて、ドロドロの跡目争い(世襲)をしていたりします。カトリックの聖職者は独身制(妻帯禁止)なので、歴史的な例外を除けば制度としてあり得ません。


2. なぜこのような描写になるのか?

韓国の漫画家や原作者たちがキリスト教を知らないわけではありません(むしろ韓国は人口の約3割がキリスト教徒のキリスト教大国です)。あえてこの描写になっているのには、以下のようなエンタメ上の理由があります。

* 「東洋のファンタジー(武侠・仙人)」の西洋化

* 根底にあるのは、東洋の「道教」や「仏教(の腐敗した僧兵)」、あるいは「神仙と人間が契約する」というアジア的なファンタジーのシステムです。そのシステムに、見た目だけ「見栄えが良いドレスや中世ヨーロッパの神殿」を被せているため、中身と外見がチグハグになります。

* カタルシス(ざまぁ)のための「絶対悪」が必要

* 主人公が理不尽な状況から這い上がるストーリーにおいて、「国中で一番権力があり、誰も逆らえない組織」として神殿が配置されます。ラスボスとしての分かりやすさを優先した結果、宗教的なリアルさが犠牲になっています。

* 「架空の宗教」という免罪符

* 作中では「ルミナス神」や「太陽神」など、実在しない架空の神を設定していることがほとんどです。「これはキリスト教ではないファンタジーの宗教です」という言い訳(ポリティカル・コレクトネス的な回避)があるため、どれだけ悪逆非道に描いてもOKという割り切りがあります。


日本の異世界ライトノベルでも似たような「お約束の腐敗した教会」が出てきますが、韓国のウェブトゥーンはよりエモーショナルで極端な善悪二元論になりやすいため、キリスト教の歴史やルイ14世のようなリアルな宗教政治を知っている人ほど、「いやいや、そこは教皇に一発で破門されて終わりでしょ!」と引いてしまうのはとても自然な反応です。』


東洋人がナーロッパを書いてしまうのは、宿業らしいです。

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