折り合い
「春海、俺ピアスの穴開けたい」
「え」
昼休み、並んでお弁当を食べている最中。
俺は、ここ最近、考えていたことを春海に話す。
「俺、早く大人になりたい。早く大人になって、自分で稼いで、春海と生きたい」
「うん」
「でも今はまだ、できないから。できないなりに、何か決意を込められるようなこと、したくて」
ずっと、考えていた。
大人になりたい、早くなりたいって。
けれど、直ぐには無理だから。
だから、ピアスの穴を、開けたいと思った。
馬鹿みたいな話かもしれない。
大人になりたいと思っているのに、大人になったら邪魔になるかもしれないものを、求めている。
ピアス一つじゃ、何も変わらないかもしれない。
ピアスに、そんな大層な意味なんて、込められないのかもしれない。
でも、大人になった時無駄でも、今、必要なことだった。
俺の心に折り合いを付けるために、今必要なことだった。
そうやって、ぐるぐるとずっと考えていたことを、突然、春海に話したけれど。
春海は、驚くことなく、聞いてくれている。
「ピアス、良いと思うけど、穴が安定するまではヘルメット当たると痛いよ」
「……確かに」
「開けるのは耳朶?軟骨?」
「……耳朶」
「ならまだ大丈夫かな、片耳?両耳?」
「……片耳……てか待て、なんか詳しくないか?」
やけにすんなりと話が進むから、一旦待て、と春海の顔を見る。
すると春海はきょとんとして、自分の左側の髪を掻き上げた。
こちらに向けられた左耳の、軟骨、には、シルバーが光っていて。
「おま、ピアスしてたのか!」
「うん」
知らなかったか、って顔をしているから、身体から力が抜ける。
過保護……元い、愛が深めな春海のことだから、俺の身体に傷が付くのは、嫌がるかと思っていた。
けれど、割と肯定的な上に、春海もピアスをしていたと知り嬉しくなる。
「じゃあ、俺が開けたら、両耳用のピアス、分けっこできるんだな」
ピアスを調べた時、両耳用の方が種類が多くて、開けるのは片耳の予定だったから、少し勿体ないなと思っていた。
それが、春海と分けられるなら、より嬉しいと思ったのだ。
春海は若干口を開けたまま、固まっている。
「…………はぁ、監禁したい」
「はあ?」
「最高の案だねって言った」
「言ってねぇだろ」
「ふふ」
最近、春海は俺を監禁したいとよく溢す。
まあ俺も似たようなことを考えているし、実際春海になら監禁されたとて幸せだろうなと思っているので、特に気にはしていないが。
今のは明らかそうは言っていなかっただろ、って呆れる。
春海も春海で、思うところがあるのだろうと思う。
俺が早く大人になって、春海と生きたいと思う様に。
春海も春海で、色々考えているのだろうと思う。
その日の帰り、開ける道具を買いに行くと言うと、春海が付いて来てくれることになった。
だから帰りは、同じバスに乗る。
イヤホンを強請って、あの雨音を聴かせてもらった。
道具は、雑貨屋さんで直ぐに見つかって。
俺が一つ手に取ると、春海は二つ手に取るから、首を傾げる。
「春海も開ける?」
「うん」
「なんで」
「……なんでだろ」
「はぁ?」
色々考えているのかな、と、思っていたのに。
ピアスに関しては、特に何も考えていない様だった。
何だそりゃ。
今ここで開けるか、学校か、と聞かれて、学校と答える。
あんまり良くないことかもしれないけれど、学生で、大人になりたいと悩んでいる今、開けるのは敢えて、学校が良いなと思った。
反抗とか、嫌がらせとか、そういうのじゃ全く無い。
今のこの感情を、忘れない為に。
記憶に鮮明に、残しておく為に、学校を選んだ。
今日も家まで送ってもらって、名残り惜しくて、春海の顔を見る。
「ピアスの話、怒らないで聞いてくれてありがとう」
「怒らないよ。話してくれてありがとう」
「……うん」
それから、握手をして、家に入る。
買って来た道具とスマホを抱えたまま、春海が家に着いたという連絡が来るまで、暫くその場で、じっとしていた。
翌朝、春海が駅に居て、一緒に登校する。
昨日バスで一緒に帰ったから、当然といえば当然だけれど、朝から一緒はちょっと嬉しかった。
今日は強請る前からイヤホンが渡される。
春海は聴かないけれど、俺は聴いていた。
夏休み以降、春海は雨音を聴かない。
昼休みになり、カバンを持って音楽準備室へ行く。
先に食べよう、って春海がお弁当を開き始めて、俺も隣で、ふわふわとした気分のまま、お弁当を開く。
今日も梅干しを直接、俺の口まで届けられて。
口を開いて、素直に受け取る。
けれど、梅干しの実を食べ切る前に、春海のキスが降ってきて。
種を早々に奪われる。
だから少し、物足りない。
春海はぼーっと、種を舐めている。
少し様子がおかしい気がして、春海と目を合わせる。
「春海」
「……うん?」
「何かあったか」
「……うーん」
肯定か、否定か、よく分からない反応。
お箸を置いて、春海の両頬に手を添えて、しっかり目を合わせると、漸く視線が、ちゃんと合う感覚。
「言えよ、何でも」
嫌な予感がした。
春海のこの感じを、俺はよく知っていたから。
ばあちゃんが弱っていた時、春海が弱っていた時。
何処か遠い所を見るような、視線の合わない、今と同じ目を、していたから。
「ばあちゃんが倒れた」
「え」
「正確には、倒れてた、だな。今はもう大丈夫。熱中症で、道路に倒れ込んでたのを、近所の人が見つけてくれたらしい」
「そんな……」
大事じゃないか、と思う。
熱中症は軽度なものから、重度なものまであると聞く。
倒れていたとなると、相当辛かったんじゃないか。
ばあちゃんは高齢だから、尚のこと心配だった。
「本当に今はもう大丈夫だよ。病院に運ばれたけど、お医者さんからも大丈夫ってお墨付き」
「……そうか」
それなら、と少しは肩の力を抜く。
けれど、完全に安心はできなかった。
ばあちゃんが倒れていることに、気付いてくれる人が居なかったらと思うと恐ろしいし、熱中症以外でも、倒れてしまった時、誰も気付いてあげられない可能性があるのかと、怖くなった。
早くに見付けられたら、守ることができた命を、取り零してしまうのかもしれないと思うと、恐ろしかった。
「希、大丈夫。ご近所さん同士で、見回りが導入されたらしいから」
「見回り?」
「うん。年配の方が多いから、今回のばあちゃんの件を踏まえて、毎日各家、見回ってくれるって」
それなら、と少し安心する。
けれど、まだ、終わっていない。
「春海、一人で抱え込むな」
「……うん」
「ばあちゃんのことに限らずだぞ」
「うん」
「俺に隠し事なんて百年早いぞ」
「ふふ、うん。ありがとう、ごめん」
「いいよ、好きだぞ」
「っ」
ちょっとびっくりしている春海を、笑って軽く抱き締める。
春海はちゃんとここに居る。ちゃんと、ここに戻って来た。
良かった、と安心して、お弁当を食べる。
春海は、ちょっと俺を眺めた後、お弁当を食べ始めた。




