第9話 資料をゲットしました
男はビクリとして振り返る。
そこには険しい表情をしたヴェイルが人型に戻ったルロイと共に立っていた。
「あ、あんたは……」
言い淀む男を置いて、
「ヴェイル兄様!」
と叫んだユティナディアが駆けて行き、薄衣を纏った少女の姿になった。
「! 人になった。あれは確かに精霊竜だ」
男が驚いて言う。
「ユティナディア、あいつは誰だ? 怪我はないか?」
ヴェイルから受け取った服をモゾモゾ着ると、彼女はにこりと笑って言った。
「うん! あの人が母様を拾ってくれたの」
そして無事だったネックレスを見せる。
「そうだったのか」
「でもね、竜珠? で『俺の竜にするか』って言った。
どう言う事?」
「なんだって?」
竜珠というのは、竜の額に生まれ付き埋まっている真珠の事だ。
彼らが誰かを主人と認めると額から現れ、服従と友愛の印として相手の手首に埋まる。
ヴェイルはキッと顔を上げて男を見た。
「そこの者、無礼だぞ。
精霊竜はこの星の最上位竜だ。誰のものにもならない。
しかもこの子は、我らヴォルクリア王家の養女で我が妹だ」
「竜が妹? それにヴォルクリア? ……ヴォルクリア……」
男は口の中で名前を繰り返していたが、何かを思い付いたのか、急に蒼ざめてヴェイルの前に土下座をした。
「失礼いたしました! あなた様はナザガラン王国の国王陛下御付きの『宮廷料理人』でいらっしゃるのですね?」
——宮廷料理人? 俺が?
ヴェイルは耳を疑った。
「お願いです! お肉をください!」
戸惑っている彼をよそに、男は懇願して来る。
「なんだと?」
ヴェイルはザッザッと男の前に歩いて行き、腕先にスラリと氷の剣を作り出して顎に当て、上を向かせた。
「もはや聞き捨てならぬ。どこの辺りから間違えたか今一度申せ」
男が震えて小声で言う。
「……ですから……お肉が欲しくて……」
「その前」
「ええと、あなた様はナザガラン国王陛下御付きの宮廷料理人……」
「もうちょっと前」
「精霊竜がヴォルクリア王家のご養女様……で、あなたのお妹様……あっ」
「そうだ。そこで何故話が飛んで我が『王家付きの宮廷料理人』になるのだ。
我は国王本人だ」
「ひえっ」
男はもう一度地面にめり込む程頭を擦り付けて言った。
「大変申し訳ありません! ナザガラン国王陛下!
お肉をください! 食べさせてください!」
ヴェイルは呆れてため息を吐き、氷の刃を消して言った。
「そこは譲らないんだな。
まあ母を拾ってくれたから許すか。
お前、昨日俺が栗猪捌いてる所を見てた奴だろ」
「バレてましたか……そうです。美味しそうでした」
頭を上げた男は、地面に突き刺さっていた額の角から土塊を落としながらニヘラと笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深い森の少し開けた一角に、煙が一筋昇って行く。
「美味い! ホント美味い!
陛下天才ですか? 何この絶妙な塩とハーブの加減!」
男が炭火でじっくりと焼いた燻製肉に齧り付く。
その目元に感動の涙が滲む。
「半日程しか燻製してないから、俺達だけでは食べ切れないかも知れなかった。
そんなに喜んで食べて貰えるなら作り甲斐もあった」
「もう、今まで食った肉の中でも最高の味ですよ!
本当に料理人じゃないんですか? あの手際の良さはなんなんですか」
キルグナと名乗ったその男はヴェイルが作った燻製肉を褒めまくる。
彼は鬼族という、この星に生息する一つの種族だ。
ヴェイル達古代エルフ由来の人間よりも長命で、個人活動が主である。
「轟熊の討伐依頼で狩りに行っていたら捌けるようになった。
しかし上質の炭を持っているな。便利だ」
「ナザガランの国王陛下御自ら凶暴害獣の轟熊の狩りですか!
古代エルフ並みの身体能力なんですね。
あ、炭は2日分ほど差し上げますよ。火付が少し難しいのですが……」
「いや、問題ない。貰えると有り難い」
「それにしても、エルフの子孫はみんな石になっていたのに陛下はご無事だったんですね」
「ああ。お前は鬼族だから石化の対象外だったのか……」
「そのようです。
行商でドナウザーンに寄った帰りだったのですが、行ってみたら国中の人が石になっていて商売にならなくて……食材も手に入らなくて困っていた所だったんです。
本当にありがとうございました」
「ドナウザーンに寄ったのか……」
「はい。もしかしてこれから行かれる所でしたか?」
「今回の石化は彼の地に封印されていた古代魔竜の仕業だと目星を付けているのだ」
「古代魔竜ですか……」
「何か心当たりでもあるのか?」
「いえ……でも、精霊族の童歌に似た文句があったんですよ」
キルグナは肉を食べ終わると、目の前の草地の上に麻布を広げ、鞄から出した何冊かの古書を並べた。
「鬼は長生きですからね。
こういう古い本も、代々受け継いできたんですよ。旅の暇つぶしによく読んでます」
本の中には鬼族の古代ラキシャ語で書かれたものや、古代エルフ語の本、精霊族の本もあった。
「この、精霊族の書物を譲っては貰えないだろうか」
ヴェイルが頼む。
「いいですよ。精霊族の文字は独特なのですが、古代エルフ語の元になっているのでパターンを解析したら読めるんです」
「そうなのか」
「よろしかったら解析した相対表を今、写して差し上げますよ」
「流石文字に強いと言われる鬼族だな。頼む」
キルグナが手頃な岩の上で、羊皮紙に文字の相対表を書き出した。
ヴェイル達はその間にも様々な書物を手に取って確かめてみる。
「あ、これ、僕読める」
「私も」
珍しそうに眺めていたルロイとユティナディアが言った。
「どれだ?」
「これ、このお花がたくさん描いてある本……」
「お嬢ちゃん達お目が高いね」
相対表を書き終えてヴェイルに渡したキルグナが近寄って来て言った。
「その本は俺の爺さんの爺さんのそのまた爺さん辺りが精霊族に貰った草花紋様の見本帳らしいんだよ。
俺はその美しい紋様眺めて癒されてただけなんだけど」
「……しんの、ことば……これにたくする……」
本を眺めていたルロイが言った。
「こは、ぷれめどぅふぁのきろくなり」
ユティナディアも続けて読む。
「はい?」
キルグナが不思議そうに言う。
「そうか、これは文様見本じゃなくてちゃんと精霊族の言葉で書かれた本なんだな。しかもどうやら魔術方程式……」
ヴェイルが興奮気味に言った。
「そうなんですか?」
「キルグナ、この本も譲ってくれないか?」
「勿論良いですよ。
最高級燻製肉のお礼です。お役に立てれば幸いです!」
こうしてヴェイル達は、燻製肉の等価交換として上質の炭と精霊族の資料を手に入れた。
彼らはキルグナと別れを告げ、森を後にした。




