第7話 お肉が獲れました
次の日の早朝、ヴェイルと竜達の一行はズガァン! という激しい音と何かの獣のけたたましい悲鳴で目が覚めた。
「なんだ?」
「なあに? ヴェイル兄様」
「兄上、この音は?」
テントで眠っていたヴェイルと、外で寝たままだったユティナディアとルロイが声を上げた。
危険を感じたのか、子竜達は人の姿に戻り、恐る恐るヴェイルにくっつきに来た。
彼が二人を庇いながらも様子を見に行く。
すると、昨日の夜に張っておいた防御魔法壁に何かがぶつかって倒れているのが見えた。
「これは……栗猪?」
栗猪というのはこの世界の中型の猪だ。
森に自生する甘いルル芋や月百合根などを掘り起こして食べるので、肉はほのかに甘味があって美味である。
ヴェイルは近付いて状態を確かめてみた。
栗猪はもう事切れている。
〔どういう事だ? お前はどんな防御魔法壁をかけておいたんだ?〕
ルロイが首に掛けているルビーからリュークが出て来て言った。
「リューク」
「兄様だ! おはよう」
〔おう。おはよう〕
ヴェイルが頬に手を当て首を傾げた。
「ええと、流石に寝ている間に轟熊とかアレクサンドラ狼みたいな獰猛な動物に襲われたらひとたまりもないから、壁に突撃して来る奴には氷雷が落ちる魔法を仕込んでおいたんだけど。
まさか栗猪が引っ掛かって死んでるとは……」
〔お前、寝てる間でも獲物が仕留められるんだな……〕
「人聞きが悪いなぁ……」
そう言いながらもヴェイルは自分の身体程の栗猪を容易く持ち上げ、野営をしている場所からさほど離れていない清流まで運ぶと、素早く頸動脈を切った。
更に後ろ足をロープで縛り、折れない程度の大木の枝に吊るし、血抜きをする。
その間に辺りを見まわし、手頃で表面が平らな大岩を見つけると、清流の水を掛けて洗い、持って来ていた大きな蝋布を敷いた。
「ヴェイル兄様、栗猪、どうしちゃうの?」
ユティナディアが聞いてくる。
「もう死んでいたから、今日は一日掛けてこの猪を持ち運べる状態にするんだよ。
ユティナディアもルロイも、人型の時はお肉食べるよね?」
「うん! 食べる」
「お肉美味しい」
〔精霊竜の間は草食なのにな。不思議な生態だ〕
リュークがポツリと呟き、時間切れになったのか宝石の中に消えてしまった。
その日は一日、彼らは清流の元で過ごす事になった。
水遊びをする子供達とストライアを見守りながら、猪を解体するという作業が発生したからだ。
「皮や内臓は捨てると獣が寄って来る。
霧散で消滅させるか。
骨も大鍋があったらスープに出来るけど……旅には邪魔だ。
残念だけど消そう」
ヴェイルは大岩の作業台で手際良く栗猪を捌いて行く。
大ぶりに切り分けた肉に岩塩を擦り込み、細かくした香草を表面に塗し付ける。
そのまましばらく寝かせた後、風通しの良い木陰に吊るした。
肉を干している間に手や蝋布、調理道具を清流で洗い、仕上げに浄化魔法でしっかり綺麗にする。
午後からは肉を数時間燻して燻製肉にするのだ。
川で遊んでいたユティナディアがヴェイルを見て声を掛ける。
「兄様、お魚がいっぱいいる! お魚食べたい」
「はいはい」
彼は返事をし、川辺に生えている大きな蕗に似た葉を摘んで洗った。
次に、二人に川から上がるように言い、川縁から少し離れた所から手を翳す。
「氷突塊」
詠唱により、ヴェイルの周りに細長く鋭い三角錐になった氷の塊が無数に現れた。
サッと手を振ると、それらは一気に水中目掛けてザシュザシュと突き刺さって行く。
暫く待っていたら、氷の塊に突き刺された魚が10匹程浮いて来た。
摘んだ葉の上に回収した魚を並べると、川縁に石を組んで竈門を作る。
ルロイとユティナディアが、何が始まるのかと目を輝かせて周りに座った。
見ている前で魚を木の枝に突き刺し、岩塩を振って炎で暫く炙ってやる。
串刺しにされた魚はみるみる香ばしい香りを放ち、良い具合に焼き色が付いた。
「ほら、焼けたぞ」
ヴェイルが火傷をしないように気を付けて差し出した。
「「ありがとう」」
受け取った二人がパク付く。
「美味しいね」
「うん、美味しい」
「良かったな」
「兄様も食べて」
「うん」
ニコニコしながら魚を頬張る妹と従弟を眺め、ヴェイルも魚に齧り付いた。
——俺は一体何しにここまで来てるんだろう……休暇?
国王として忙しすぎた毎日を労った特大休暇?
緩やかに流れる時間に目的を忘れそうになる。
近くでは、遊び疲れたストライアが大きな欠伸をして、長い首を身体に回すようにして丸まった。
少し離れた山上には、ドナウザーン公国の竜王城が見える。
「明日こそはあそこまで行こう。いや、古代魔竜が封印されていた城は別か……
とにかく明日は何としてでも前へ進もう」
目的地の方角を向いて一人誓う。
——その背中を、誰かが森の中から眺めていた。
しかし気付いたヴェイルが威圧の魔力を放つと、その気配はそそくさと奥へと引っ込んで行った。
「……」
彼はその方角を見る。
けれどもそこにはもう誰もおらず、ただ茂った木々の間に光が差し込む美しい森が見えているだけだった。
「兄上?」
ルロイが不思議そうに聞いたが、ヴェイルは
「いや、なんでもないよ」
と返し、燻製の用意をする為に木陰の方に歩いて行った。




