第5話 頼りになる人
ヴェイル達はまず、南を目指した。
アリアの母国、トラフェリアの様子を確認する為だった。
その国には彼女の姉でリュークの婚約者のミレーヌ姫がいる。
「ミレーヌも恐らくは石化しているだろうが……」
ストライアを操る手綱が、現実を目の当たりにする緊張に一瞬震えた。
トラフェリアの城内の庭に竜を着陸させ、ユティナディアとルロイを伴って城の中に入る。
そこでは門番から近衛兵、使用人に至るまで、全ての人間が石に変わっていた。
「やはりな……」
ヴェイルは想像していた通りの状態に肩を落とす。
しかし彼の長めの耳介は、城の奥の物音を捉えた。
「何かの音がする。玉座の間か?」
三人は走り出した。
もしかして、誰かが石化を逃れたのかも知れない。
その希望が彼らを急き立てたのだ。
玉座の間に着くと、重厚な扉をギイと開き、中を確認する。
「ハウエリア……義母上様!! ご無事でしたか!」
ヴェイルは思わず声を上げた。
そこにはこの国の女王でアリアの母でもある、ハウエリアが佇んでいた。
「ヴェイル様?!」
彼女が驚いた顔で彼らを見た。
その瞳にみるみる涙が浮かんで来る。
「ああ、良かった……!
ヴェイル様もご無事だったのですね?」
張り詰めていた気持ちが切れたのか、その場にガクリと蹲り、肩を振るわせた。
胸元には宝石のシトリンが抱き抱えられている。
ヴェイルは彼女に近付き、跪いた。
「そのシトリンは……ミレーヌ義姉上なのですね?」
「はい……
あの時、わたくし以外のこの国の者は全て石になってしまいました」
「私の国の者達もです。
父母も、リューク……家族も石化してしまいました。
ここにいる精霊竜の妹と従弟と、私だけが難を逃れたのです」
「そうなのですね……これは一体、どうした事でしょう」
抱き締めるシトリンに涙の雫がポタリポタリと落ちて行く。
やがて気を落ち着けたハウエリアが立ち上がった。
「ヴェイル様は何故石化を免れたのですか?」
「分かりません。何かの防御が一瞬掛かったようなのですが」
「その、精霊竜の妹様と従弟様は、竜だから石化を免れたのですね?」
彼女がルロイとユティナディアを見る。
二人は女王に対して優雅な仕草で礼をした。
その人型でありながら特徴が出ている小さな水色の2本の角と、僅かに鰭の形をしている耳介が、外見からも竜である事を示している。
「そのようです。
私の国の竜達も見て回りましたが、何の異変もありませんでした。
竜だけではなく、動物も通常通りでしたので、今回は確実にエルフ由来の人間だけを石化してしまった術が掛かってしまったようなのです」
「でも……わたくしは何故無事だったのでしょうか」
ハウエリアが自分の身体を確かめる様に左右に振って眺めてみる。
「ドレスに何か書いてあるよ。ええと……『これを守れ……』」
女王の衣装の草花で描かれた紋様の美しさに、うっとりと眺めていたユティナディアがふと呟いた。
「はい?」
ハウエリアが聞き返す。
「『小さき命の灯火なれ……ど』」
今度はルロイも呟く。
「なんだ? どうしたんだ二人とも」
ヴェイルが不思議そうに聞いた。
「女王陛下のドレスのお花と葉っぱの模様が読めるのよ、兄様」
ユティナディアが言う。
「なんだって?」
ヴェイルが驚いて彼女を見た。
ハウエリアは珍しい植物の意匠が刺繍で施された、優雅なドレスを身に纏っている。
どう見ても、花や草で彩られた美しい植物紋様でしかない。
「これが……文字?」
「うん。精霊族なら生まれつき読める文字だよ。
今まであんまり見かけた事はないけれど」
ルロイが言った。
「精霊族の文字?
全部でなんて書いてあるんだ?」
二人はハウエリアに近付き、声を揃えて読み上げた。
「「『全ての呪いよりこれを守れ。
小さき命の灯火なれど、我らの希望そのものなり……』」」
途端に彼女の身体の周りに沿う様に防御壁が現れ、消えた。
「あっ!」
「まさか! 精霊族の防御魔法陣?」
ハウエリアとヴェイルが驚く。
「そうか、これが自動発動したからご無事だったのか……
義母上様、この意匠をどこで?」
「これは、ハイエルフの祖、リーガレルタ様が好んで身に付けておられた意匠紋様と聞き及んでおりまして、わたくしも気に入って幾つかの衣装に織り込ませていたのです。
ミレーヌには今どき流行らないわと言われていたのですが……
まさか防御魔法陣だったなんて。
リーガレルタ様の時代には今よりも精霊族との交流が盛んだったのでしょうか」
「そうかも知れません。
もしかしたら友好の証として送られた紋様だったとも考えられますね」
二人が偶然の出来事に興奮する。
ハウエリアが言った。
「防御が出来るという事は、石化解除魔法術式を錬成出来ると言うことではありませんか?」
「私も今、それを考えておりました……
しかし何故『精霊族の防御魔法』が効いたのでしょう」
ヴェイルが顎に手を当てて答えた。
「ヴェイル様、今回の石化の原因はお分かり?」
「実は本日より旅に出て、各地を回ろうとしていたのです。
恐らくは竜人国、ドナウザーンで封印、幽閉されていた古代魔竜の仕業ではないかと思うのですが……」
「古代魔竜……もし、精霊族の魔法だけが対抗できるとしたなら、その竜も精霊族と同じ系譜という事になりませんか?」
「?! まさか『厄災の竜』が、ですか……」
彼が驚く。
ルロイとユティナディアも驚いた様子でもう一度ハウエリアを見た。
「……いや、有り得るかも知れませんね」
「いずれにせよ、謎を解き明かす旅に出られるのですね?
この紋様の衣装は他にもあります。それをお持ちください。
解除魔法術を錬成されるのに役に立つかも知れません」
ハウエリアはそう言って席を外し、やがて一枚の衣を持って戻って来た。
「これを」
ヴェイルが受け取って聞く。
「義母上様は、これからどうなさいますか?
ご懐妊中の御身でいらっしゃいますでしょう」
「わたくしはこの国の女王です。皆がまた人間に戻れた時に不自由のない様、国を守っていたいと思います。
幸い備蓄がありますし、わたくし一人の生活ならば維持出来ます。
ヴェイル様がお留守の間に、時々ナザガランの様子も見て来ますわ。
あなた方は安心して旅をなさって」
「そうですか。ありがとうございます。
どうかご無理はなさらないでください、義母上様」
彼らはそう言うと丁寧に別れを告げ、また黒竜ストライアに乗って空へと上がった。
ハウエリアは東に向かって飛ぶ三人の姿が、見えなくなるまで手を振っていた。
その胸にはミレーヌだったシトリンがまだ、大事そうに抱えられていた。




