第31話 タイカーシアの竜
一行は精霊族の国を出立してから予定通りの日程で、ナザガランの隣にあるダークエルフの国、タイカーシアに到着した。
パトラクトラの生地、廃城レサイア城に黒竜ストライアの巣がある。
そこには彼の父の巨竜ラタウスと、妹のユシュランが待ち構えていた。
ラタウスはパトラクトラの王機竜であり、ユシュランもまたリュークの王機竜である。
3頭の竜が空中から高度を下げてその地に舞い降りた。
ラタウスの妻であるイシュテリスが彼と額を合わせる。
[よく帰ったな、イシュテリス。主。それにストライアも]
[お帰りなさい、お母様、お兄様]
久しぶりの再会に娘のユシュランも寄って来た。
「ラタウス!」
パトラクトラが気を付けてユティナディアを降ろした後、自分の竜に近付いて抱き付いた。
[主、良かった。
ストライアの出立時にヴェイルから聞いていたが、無事に人に戻れたのだな]
「そうなんだ。息子と共に旅をして精霊族の国に行き、解法を編み出して魔法が解けた。
今はナザガランに帰る途中だ」
彼女が暖かな黒い羽毛に顔を埋めるようにして応える。
「ラタウス、ユシュラン。久しぶり」
リュークもルロイと共に降りて来て近付き、自分の竜を撫でた。
「ストライア、長い間ありがとう。
ラタウス、心配しただろうが無事に帰って来たぞ」
ストライアから降りたヴェイルも言う。
彼の言葉に応えてラタウスも視線を送る。
後ろにいる巨大な竜にも声を掛けた。
[ヴェイル、よくやったな。
それにそこの竜。お前は精霊竜なのか……
随分と美しいものだな]
[お初にお目に掛かります。
わたくしは精霊竜のアグライアスと申します。
ラタウス殿、お噂はパトラクトラ様より伺っております]
アグライアスはそう言うと、優雅な仕草で人型に戻った。
[おお。これはまた珍しい。
そうか、ユロイとユティナディアの兄の様なものなのか]
ラタウスがやや驚いて言って来た。
「はい。以後お見知り置きいただけると幸いです」
美貌の青年の姿となった彼は微笑んで返した。
その間にも魔道街道の状態を調べていたヴェイルとリュークが話し合う。
「街道は復帰しているな。
これならお前と俺の魔力で全員をナザガランまで飛ばせる」
「そうだな。
帰国に少々時間が掛かった。早急に帰るか」
そしてヴェイルが顔を上げて竜達に向かって声を掛けた。
「ラタウス、忙しなくて申し訳ないが、今回はすぐナザガランに帰る。
お前達は久しぶりの家族水入らずだ、ゆっくりするといい。
アグライアス、お前はどうする?
今回の貢献者の一人だ、付いて来るか?」
彼の声掛けに、アグライアスはやや考えた後答えた。
「いえ、わたくしはもう帰ります。
大精霊の事も心配ですし、何よりパトラクトラ様に付いて行くのは少し……またグラディス陛下とご一緒の際にお目通りさせていただけると嬉しいです」
「そうか、帰るのか」
彼の言葉を聞いてパトラクトラが近寄って来た。
「ここまでの長い距離、我らを送ってくれてありがとう」
そう言って手を差し出す。
「あっ、パトラクトラ様?」
グラディスから『半径1ガルドル以内に近付けさせるな』という言い付けを守りたいリュークが慌てる。
しかし彼女は、
「よい。お前も見て来ただろう?
アグライアスは思っていたより紳士だ。ここまで付き合ってくれた礼を尽くさない方が失礼だろう」
と嗜めると改めてアグライアスを見た。
彼は首を傾げてふと笑い、優美な虹色の髪を揺らしてパトラクトラの手を握った。
「光栄です、わたくしの女神様」
「今回は急ぎゆえこのような簡易な形だが、後ほど改めて国から招待する。
楽しい旅であった。礼を言う」
ヴェイルとアリアも側に来て握手を求める。
「ありがとう、アグライアス」
「お世話になりました」
リュークも頭を掻きながら近付いて来た。
「あー……ええと、乗り心地最高だった。
また会おうな。鞍はオレが保管しておくよ」
「はい」
アグライアスも笑顔で順に彼らと握手をした。
「アグライアス兄上! ありがとう!」
「アグライアス兄様またね!」
ルロイとユティナディアも喜んで抱き付きに来る。
「ああ、またね、二人とも」
彼は優しく二人の頭を撫でてやった。
ひとしきり別れの挨拶を済ませた後、ヴェイルとリュークの操作で、扉の様な転移魔法陣が作り出された。
「行くぞ、みんな。
イシュテリスにストライアもありがとう。本当に助かった。
後でたっぷり果物を贈る。ゆっくり休んでくれ」
竜達に向けたヴェイルの声の後、彼ら六人は魔法陣に入って行き、そのまま消えた。
後にはラタウス達の家族と、アグライアスが残された。
古城に静かに風が吹く。
彼はしばらく、消えて行った彼らの痕跡を見つめていた。
「……また必ずお会いしましょう、パトラクトラ様」
愛しい人の名を呟く。
[お前、主を気に入ったのか。お相手のおられる方だぞ]
ラタウスが聞いてくる。
「ええ。存じております。お相手様が亡くなった後に、出来れば伴侶としてお側にお仕えしたいのです」
[……ほう]
アグライアスはラタウスに向き直って聞いた。
「あの方は……何者でいらっしゃるのです?
人ではあらせられますが、ほぼ不老不死……いえ、少なくとも『人としての』寿命という概念が、お身体から無くなっておられるように見受けられるのですが」
[……やはりそう感じるのか。我もそうではないかと思っているのだ]
「何かご存知なのですね」
[あの方は、約320年前に滅んだタイカーシアの最後の王朝の王女だ。
18の歳の時、反逆戦争に巻き込まれ、姉君に300年後のこの地に飛ばされた]
「なんですって?」
[我が子供の頃に目の前から消え、今から20数年前に変わらぬ姿でいきなり我の上に降って来た。
初めは信じられなかった。しかし確かに本人だった]
「時間移動……300年もですか。
それではとうに人としての100年の寿命を超えている……」
[だから主がこれからどうなるのかは分からない。
術者以外は掛かるはずの時間停止魔法『時間界』が主には無効になるとも言っていたし、本当に寿命がないのかも知れない。
主はこの時代に来てから20数年経っている。
あのように雰囲気で年相応を装ってはいるが、実際にはほぼ外見が変わっていない。
『自分は人の年の取り方ではない』と、以前こっそり我に漏らしたこともある。
彼女も薄々勘付いているのだろう]
「そうなのですね。けれどもわたくしの気持ちは変わりません。
何があってもお慕いしますよ」
[そうか。では我からも頼む。
将来主の周りの者達が絶え、彼女が一人になってしまったならば、孤独にならないようにお前が側にいてやって欲しい]
「わたくしで良ければ、喜んで」
アグライアスはそう答えると、また竜の姿に戻った。
[もう行くのか。疲れているだろうに。
一晩でも休んで行けばいいのに]
ラタウスと他の3頭の竜が彼を見つめる。
[大丈夫です。わたくしはまだまだ若いのですから]
彼はそう言うと、翼を広げて空中に舞い上がった。
[皆様またお会いしましょう。
守母様も暫くゆっくりなさってくださいね]
アグライアスはグンと翼を羽ばたかせ、飛び去った。
彼の周りに風が起こる。
それはラタウス達親子の周囲の花々をヒュウと巻き込んで、花嵐の渦となって若い竜を送り出して行くのだった。




