第32話 最終話 帰って来た日常
ナザガランに無事に戻った六人は集まっていた国民達に熱烈な出迎えを受けた。
特にヴェイルは石化を免れた上に子供達の面倒をみながら旅をし、解決に導いた事を皆が知っていた為、大層感謝された。
国を仕切っていたグラディスの功績もあり、国政はスムーズに回復して行っている。
ナザガラン王宮には、トラフェリアやドナウザーン他小国も含めて各国からの感謝状と祝辞が届き、使節団が贈り物を携えて次々に訪れて来ていた。
それが一通り終わると、今度は様々な国が王宮主催の祝賀会を開き、ヴェイルとアリアには国賓としての訪問要請や、記念式典への招待状が続々と届いた。
「こんなに届いては政務が出来ないじゃないか……」
束にされた書簡を前に、ヴェイルがため息を吐く。
「私と伯父上様とで政務は回しますよ。
陛下は王妃殿下と国を順に訪問してください。
ついでに我がナザガランに有益な交渉の一つでも勝ち取って来てくださいよ」
彼の隣で、びっしりと予定が書き込まれた日程表の樹紙をトントンと整えながらリュークが言った。
「有益な交渉?」
「そうですね、我が国には海がありませんから、例えばセルリア市国なら港の一部の長期租借権とその周辺海域での漁業権の獲得談義をするとか。
いつも他国からの輸入に頼っていますからね」
彼はそう言いながら各国との輸入協定申し合わせ書類をひと束摘み上げ、顔の前でヒラヒラと振ってみせる。
「漁業権か、確かにそれは交渉の余地があるな」
「期待してますよ、陛下」
「分かった」
ヴェイルはそう答え、執事が淹れてくれたお茶の入ったティーカップを口に運んだ。
外交が無事に終わり、彼らの身辺が落ち着いた頃、約束通り精霊族の国にも謝礼の言葉と正式な招待が届けられた。
迎えの一行が派遣される事になり、彼の国からはアグライアスと妖精フィオリアがナザガランを訪れた。
終始国賓としての控えめな二人の態度に、グラディスも安堵をし、穏やかな宴が進行していく。
「アグライアスと言ったな。
お前とは学問の話しかしていなかったようだが」
一連の行事を終え、帰って行く彼らを見送りながら、グラディスがパトラクトラに聞いて来た。
「それはそうだ。
私がその話をしたいと言ったからな。博学な竜だろう?
再来月のタイカーシアでの天文学会にも招待する予定だ」
彼女は当然のように返す。
「そうか……」
「それより、今宵は久しぶりに私の部屋に来ないか?
今回の外交でヴェイルが珍しい香炉を手に入れて来たんだ。
私が作った香も試してみて欲しくてな」
そう言いながら和やかな笑みを浮かべ、グラディスの襟先を両の手でツイと触る。
「ほう、良い誘いだな。
行かせて貰おう」
彼はそう言って、パトラクトラの腰にサラリと腕を回した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
月日は巡り、人類石化事件から数ヶ月が経とうとしていた。
ヴェイルとアリアは国を率いる立場として、相変らず忙しく過ごしている。
「おはよう、アリア」
「おはよう、ヴェイル」
その日も朝食を摂る為に、各自が各々の部屋から王族専用小食堂に向かっていた。
「「おはようございます」」
リュークとルロイも合流してきた。
ルロイとユティナディアは成長が早く、もう7歳ほどになっている。
そこへ、
「ルロイ!」
と大きな声を上げてユティナディアが走って来た。
後ろからパトラクトラも付いてきている。
「おはよう、ユティナディア。どうしたの?」
ルロイが返事をした。
「おはよう。ねえ、ルロイは私の『お兄様』?」
「え?」
二人は近い日にちで精霊竜の卵の中に転生したのだが、確かにルロイの方が数日早く生まれている。
彼は得意そうに手を腰に当てて彼女に言った。
「そうだよ? 僕の方が少し早く生まれてるから本当は『お兄様』なんだよ。
やっと分かって来たのかな?」
「じゃあ、私より遅く生まれたら『弟』?」
「そうだけど……」
「ユティナディアは何の事を言っているんだ?」
ヴェイルが不思議そうに聞く。
それには構わず、ユティナディアは嬉しそうに言った。
「それじゃそれじゃ、ヴィスニクスはね、私の『弟』!!」
「「「「?」」」」
その場にいた全員が不可解な顔をする。
パトラクトラが、腕を組んで説明した。
「どうやらユティナディアにだけある『超長距離高感応能力』が発動しているようなのだ……
『弟』か。ふむ。
もしや精霊族の国で精霊竜がまた生まれたのではないか?」
「精霊竜が? それに『ヴィスニクス』って……?」
ヴェイルが驚いた様子で繰り返した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ナザガランから遠く離れた精霊族の国では、その日も穏やかに過ぎて行っていた。
大精霊リナリアは巨木の椅子に腰を掛け、遠くを眺めて物思いに耽っていた。
様々な花で彩られたドレスの首元や肩に、色とりどりの蝶が止まっては離れて行く。
そこへふと、
「大精霊」
と呼びかける声がした。
彼女が見下ろすと、そこには精霊竜アグライアスが立っていた。
腕にまだほんの小さな幼児を抱いている。
「アグライアスか。どうした、その子は……」
「大精霊、この度また精霊竜が生まれたのです」
言われてよく見ると、幼児には確かにアグライアスと同じ虹色の髪に鰭のようになった耳介が覗き、こめかみの後方に小さな水色の角が生えていた。
人型の時の精霊竜の特徴だ。
「なんと、こんなに続くのは珍しいではないか。
嬉しい事だ」
「はい。……どうか抱いてやってください」
彼が、目を潤ませて幼児を差し出した。
リナリアは不思議に思いながらも両手の中にその子を収めた。
子は眠そうな目を懸命に開いて彼女を見て、辿々しい言葉を発した。
「りな……」
「?!」
「りな……り、ぃあ……」
「まさか……」
大精霊の瞳にみるみる涙が溜まる。
「お前はもしや、ヴィスニクスなのか?」
幼児が頷いてホワリと笑い、両手を上げた。
「ヴィスニクス! 精霊竜に生まれ変わってくれたのだな?
今度は本当の命として……おお……」
その後は言葉にならなかった。
アグライアスも彼女を見上げたまま微笑んでいる。
「ヴィスニクス?」
「ここに帰って来たの?」
「おかえり! そして初めまして」
妖精や精霊達が口々に言いながら大精霊の元に集まって来る。
——皆が見守る中で、涙の伝うリナリアの大きな頬が、その小さな手にそっと寄せられて行った。
完
これでこのお話はおしまいです。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
久遠悠羽




