第29話 別れの時
ヴェイル達は座っている大精霊の元へ依頼に行く。
「リナリア様、石化が解け人数が増えましたので、私共の帰還に黒竜イシュテリスと精霊竜アグライアスをお貸しいただけませんか」
「そうだな。イシュテリスは元々タイカーシアに巣があるからな。
一旦帰宅するようなものだし許可しよう。
そしてアグライアスか……これ、アグライアス」
リナリアがアグライアスに声を掛ける。
「はい」
「この者達をそなたの背に乗せて、タイカーシアもしくはナザガランまで飛べるか?」
「!! わたくしが着いて行ってよろしいのですか? パトラクトラ様に?」
彼が驚いて立ち上がり、竪琴をユティナディアに返して答える。
「……お前はまたそういう……
この一行の帰還に手を貸してやれるか聞いているのだ」
「勿論です! 喜んでお運びいたします、パトラクトラ様!」
アグライアスが嬉しそうにパトラクトラの元へ行こうとした。
「おっとぉ……」
彼女の前に不敵な笑いを浮かべたリュークと、無表情のヴェイルが立ち塞がる。
「?」
「前国王、すなわちこの方の夫であらせられるグラディス陛下からの命令でな、パトラクトラ様にはお前は半径1ガルドル以内に近付いてはならん、ということになった」
リュークが得意げに説明する。
「……えー、では……それでお若いお二人の騎士がお護りするのですね?
まるで臣下のようです。
失礼ですが、あなた方の国の国王陛下はどちら様でした?」
「……俺だ」
ヴェイルが不本意そうに答える。
その後ろでパトラクトラとアリアが思わず吹き出しそうになっていた。
アグライアスもクスッと笑う。
「パトラクトラ様は愛されていらっしゃるのですね。
分かりました、わたくしはご尊顔を拝するに留めます。
それでは、わたくしにご騎乗なさるのはどなたですか?」
「……まあ、物を頼む態度でないのは分かっているが、オレとルロイを乗せて欲しい」
流石に気まずい表情でリュークが頼む。
「あなたとルロイを?」
すると、
「本当? 僕、リューク兄様と一緒にアグライアス兄上に乗せてもらえるの?」
と声がした。
ルロイが顔を輝かせて聞いてきたのだ。
そしてリュークの元に駆け寄り袖を持ち、キラキラした瞳でアグライアスを見てさらに言う。
「嬉しいなあ。どんな素敵な乗り心地なんだろう」
「……ええと」
アグライアスが困った顔をした。
「そういう事だ、オレ達を乗せてくださいよ、アグライアス『兄上』」
リュークがルロイの肩を抱き寄せて、勝ち誇ったように言う。
「『兄上』? そうか、あなたもわたくしの弟でしたね!」
急に彼がパッと明るい表情になって返した。
「え?」
「そうですかそうですか。うんうん、いいでしょう仕方がありませんねぇ。
可愛い弟達の言う事ですから、承諾しましょう!」
呆気に取られたリュークをよそに、アグライアスはやや頬を染めて頷きながら答えた。
「……意外と単純な奴だな」
パトラクトラがぽそりと言う。
「まあ……そういう部分は竜って事でしょう」
ヴェイルが返した。
「では、イシュテリスもこちらに。
大きさを測って、アグライアスと共に鞍を作ってもらえ」
大精霊がイシュテリスを呼び、巻き尺を持って来るように近くの精霊に命じた。
「い、今ここで竜になるのですか?」
アグライアスがやや慌てて返した。
「そうだ。広さ的にもこの場が良かろう」
「少し恥ずかしいのですが……分かりました……」
そう言うと彼は3ガルドル程離れた。
息を吸うと変化を開始する。
美麗な人の姿そのままが豪華な虹色の羽毛に包まれ、巨大化し、背に一対の翼を持つ竜の姿へと変わった。
「……ほう……」
「なんてこった……」
「凄いな」
「美しいですね」
初めて見る大人の精霊竜の姿にヴェイル達四人は思わず感嘆の声を漏らす。
アグライアスは大きさ8ガルドル程の、全身が虹色を反射する羽毛に包まれた優美な竜となってそこにいた。
「いつ見ても立派だな。お前が我らの竜なのが誇らしい」
リナリアが満足そうに言う。
[ありがとうございます]
巨体から静かに返事が聞こえた。
「これにお前達が乗るのか。少し羨ましいな」
パトラクトラがリュークとルロイに向かって言った。
「羨ましくとも譲りませんから。伯父上様のご命令ですし」
リュークがやや申し訳なさげに返す。
「……衣装も魔法で作っているのか。変化に吸い込まれて行ったな。
しかし、人型の時との質量が合わないのだが……」
ヴェイルが竜を眺めながら、顎に手を当て呟いた。
「それ、重力魔法を使うお前が言っても説得力がないんだが?」
リュークがまた、呆れた様子で答えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
竜二頭の計測が終わってアグライアスがまた人型に戻って暫く経った頃、今度はリナリアが声を上げた。
「ヴィスニクス?」
見るとヴィスニクスの目の色が赤から黄へと変わっている。
[……魔力到達、完了シマシタ]
発する声も何処か機械じみている。
「ああ……魔法が全てのエルフ由来の人間に届いたのだな……」
彼女が呟いた。
「リナリア様、彼は……」
ヴェイルが問う。
「もう、消滅に入るのだろう。
……ヴィスニクス、よく頑張ったな」
[任務完了、消滅ヲ開始シマス……]
ヴィスニクスは無機質にそう答える。
彼の身体から光が溢れ出した。
「「あ!」」
「「ヴィスニクス!!」」
周りにいた精霊や妖精達も竜を取り囲む。
分解が始まった。
身体はゆっくりと、細かい光の粒になってホロホロと解れながら空中を昇って行く。
リナリアが長い首元に抱き付いた。
「今までありがとう。酷い目に遭っているのに救ってやれなくて済まなかった。
お前だけなのだ、長く私を知ってくれていたのは……」
[リナ……リア]
ヴィスニクスの目が一瞬赤に戻る。
「ヴィスニクス?」
[良き……母になった……これからも……幸せに……]
「!!」
機巧の竜は、そこから一気にサアァと光になって昇って消えた。
リナリアと周りの者が、後を追うように空を見上げる。
「……さようなら……ヴィスニクス……」
空を仰ぐ大精霊の頬に、涙の筋が伝った。




