第28話 ナザガランからの通信
魔法が放たれてから2フォラ(2時間)程の時間が経った。
ヴェイルとリュークは、ファルラーンの森の広場の一角で空中に世界地図を広げて帰還の道順の話し合いをしていた。
アリアとパトラクトラは、妖精達が作り上げてくれていた衣装を数点、試着をする為に街に行っている。
彼女達はアリアだけではなく、パトラクトラにも衣装を用意してくれていたのだ。
大精霊リナリアは巨大な樹木の椅子に座り、側にいるヴィスニクスの首にそっと手を置いていた。
アグライアスが近くでユティナディアが渡した竪琴を爪弾く。
それは美しい音色を立て、皆の心を癒した。
ヴェイルとリュークは地図を指で辿りながら話し合いを続ける。
「……精霊族の国を東に回ってドナウザーン経由で帰還するより、やはり鬼族の国を通ってタイカーシアまで出る方が近いな」
「それはそうだが、鬼族の国は……土地が特殊で魔法が使えない。大丈夫だろうか。
あの国を渡る間はオレ達はただの人間になるんだぞ?」
「ほとんどが海でところどころにかなり大きな浮遊島がある。
鞍をしっかり付けた竜で帰るなら落ちることもないだろう。
浮遊島には森もあるし、野営を挟んで帰れる筈だ。
まずはタイカーシアまで帰ろう」
「……問題は竜だな」
「うん……ストライアに俺とアリア、イシュテリスに母上とユティナディアを乗せるとして、リュークとルロイが乗る竜がな……」
「いざとなったらタイカーシアからユシュランかラタウスを呼ぶが、かなり日数が掛かってしまうな」
二人は考えあぐねていた。
ストライアとその母イシュテリスは黒竜なので、長距離飛行に長けている。
しかし、ナザガランの隣の国、タイカーシアにまで辿り着くには、約3,600ギガルドル(約3,600km)もの距離が飛べる竜が後一頭必要だ。
黒竜以外でそこまでの飛行に耐えられるのは、紫炎竜という竜しかいないのだが、この付近で捕まえても調教に時間が掛かってしまう。
それならば同じ黒竜であるリュークの王機竜、ユシュランを呼んでもいいのだが、こちらに来させるのに日数が掛かるのだ。
「ユシュランを待つのはな……あ、そうだ」
ヴェイルが何かを思い付いて顔を上げた時、突然リュークの胸元から光が灯り出した。
「?! 通信貴石が?」
彼は石になった日、参謀服を着ていたので胸元にはナザガランの通信貴石であるルビーが嵌っている。
「こんな地にまで魔力通信が通じるのか?
リューク、出てみてくれ」
「はい……」
彼がルビーを触った。
『リュークか。私だ、グラディスだ』
「伯父上様? 元に戻られたのですね」
「父上?」
貴石からヴェイルの父、グラディスの声がした。
『繋がったか。どうやらそちらも石化が解けたんだな。
そこはどこなんだ。
ヴェイルはいるか? パトラクトラは?』
「はい。ここに」
ヴェイルが答えるが、リュークは驚いて聞いた。
「繋がったって……一体どうなさっているんです? ここは精霊族の国なんです。
何千ギガルドルもの距離に魔力中継塔も立ってないんですよ?」
『精霊族の国か! 遠いな。
中継塔はまだ回復していないからな、私の魔力全開で繋いでみている』
「伯父上様の魔力ですか、物凄いお強さですね!
……あれ? そんなにお強いのに何故救急救援要請を出されなかったのですか……」
『国王本人とお前達がどこかに行って、この石化術を解いた時に王の代わりに国を統べる者が誰か残っていないと困るだろう。
ヴェイルにはお前とパトラクトラも付いて行っているのだ、そちらで何とか解決出来ると思っていた』
リュークが感嘆の声を上げた。
「ご信頼頂き光栄です。パトラクトラ様もアリア王妃殿下も勿論元に戻られました。
ただ、今はお二人とも所用でこの場にはおられません。
陛下に代わりますね。今回の事件も見事に解決なさいました」
『そうだな、よくやった。
ところでヴェイル』
「はい、父上」
ヴェイルが貴石に顔を寄せる。
『お前……国の竜を全て逃したな?』
「ああ……そうでした。
世話をする者が石になりましたゆえ、餓死してはならないと……」
『国王権限で契約紋まで解消しただろう。再捕獲に時間が掛かる。
そちらに帰還の為の紫炎竜を飛ばせないではないか』
「それならこちらにいる竜を使いますので、父上はタイカーシアからの魔道街道を回復させてください。そこから転移魔法で帰ります」
『そっちにいる竜?』
グラディスが不思議そうに聞いた時、不意に二人の後ろから声がした。
「その通信、グラディスからか?」
見ると、妖精達が作り上げた、美しい装飾で彩られたドレスを着たパトラクトラとアリアが立っていた。
「母上。そうです、父上が魔力を使って通信を」
ヴェイルが答える。
パトラクトラがリュークの側に来て通信貴石に話し掛ける。
「グラディス、私だ。久しいな。
そちらは無事に戻ったのか?」
『パトラクトラか。ああ、こちらは大丈夫だ、みんな人に戻った。
そちらも上手く行ったようだな。
早くお前の顔が見たい』
「こちらも首尾よく行ったのだが……私はその、求婚されてしまった」
『何、またか。誰にだ、精霊か?』
「「『また』?」」
ヴェイルとリュークの声が揃う。
どうやらパトラクトラが誰かに求婚されるのは一度や二度の事ではないようだ。
「成人した美麗な精霊竜だ。
長寿ゆえ、お前が崩御した後に私を伴侶にしたいそうだ。
どうする?
知識の面でも大層高学の者でな、後々タイカーシアでの学会にも呼びたいと思っている程なのだが」
『お前は高学者に甘いからな……
まあ……お前を遺して私が死んだなら、後の事は自由にすればいいが……
あ、いやいやいや、まさかお前、何かされてないだろうな?』
「手に接吻ならばされたぞ」
『なんだと? ダメだもうそんな事させてはならん。一切触れさせるな。
ヴェイル! リューク!』
「「はい」」
二人が返事をする。
『パトラクトラにそいつを半径1ガルドル(1m)以内に近付けさせるな。命令だ』
「はい! 伯父上様!」
リュークが嬉しそうに返した。
「……今、二名程彼に乗って帰ろうと考えていたのですが……
成人した精霊竜ならばこの距離を飛べると思いますので」
ヴェイルが思案顔で答える。
『そうなったとしても乗るのはリュークだ。パトラクトラを乗せるな』
「はい、分かりました」
そこで通信はフッと消えてしまった。
「あれ? 父上?」
光を無くした通信貴石に向かってヴェイルがもう一度聞いてみるが、返事がない。
「恐らく魔力切れだ。
復興で忙しいだろうに、石から人に戻った途端に大量の魔力を使ったのだ。
ナザガランからここまで約4,800ギガルドル(4,800km)もある。
お前の父はやはり凄い男だな」
パトラクトラが優美なドレープを揺らして腕を組み、頷いた。
「そうですね。父上には改めて感服いたします。
ところで母上、アリア、素敵なお衣装を作っていただきましたね。良かったです」
ヴェイルが彼女とアリアを見て言った。
「うむ」
「素敵でしょう? お義母様とお揃いなの。
他にも騎乗用の服と野営用の服も作ってくださったのよ」
アリアが嬉しそうにそう言って、真新しいドレス姿でクルリと一回転してみせた。




