第26話 帰って来た家族
いよいよ魔法陣の全ての解読が終わり、新しく作り上げた逆式再生魔法陣を描く日が来た。
早朝から聖なる詩の樹の下にヴィスニクスを鎮座させ、ヴェイル、大精霊リナリア、アグライアスが集い、パトラクトラが転写した魔法陣の前に新しい魔法陣を描き出して行く。
その大きさは直径5ガルドル(5メートル)程の巨大さだ。
見本となる魔法陣を前に置いて相対する位置に逆式再生魔法の呪文を同じ方式で唱えながら描いて行く。
大精霊が精霊紋を、アグライアスが竜紋を。
そしてヴェイルが古代エルフ語の部分を形成して行くのだ。
「出来た」
作業を始めて半刻程で魔法陣が描きあがった。
パトラクトラとヴェイルが状態を確認して、見本にしていた方の魔法陣を消した。
「ヴィスニクス、この魔法陣の正面に立って魔法発動の準備をしてくれ」
ヴェイルが言う。
巨竜は彼の言葉に従い、慎重に魔法陣の前に立つと、大きく口を開けた。
胸元から浮かび上がってきた本来の魔法陣が、ヴェイル達が作り上げた魔法陣の前に展開され、20ルドル(20センチ)程の間を開けて留まる。
同じ場所にある紋と呪文同士が作用を始め、2枚の魔法陣の間にパチパチと方程式の解が現れ出す。
「……解法は正確ですね」
〔うむ、完璧だ。
これで完全に形成された石化が元に戻って行く筈だ〕
ヴェイルとパトラクトラが最終確認をした。
そして二重に展開された魔法陣の前に台を置き、パトラクトラ、アリア、リュークの宝石が嵌ったネックレスをヴェイルが乗せた。
「……3人とも、覚悟はいい?」
浮かび上がっている3人に聞いてみる。
〔いいぞ。自分の腕を信じろ〕
〔はい。いつでも〕
〔やっと戻れるな〕
口々に返事をする彼らの声に、ヴェイルは大きく頷いてそこから離れた。
ルロイとユティナディアを側に来させて、左右にしっかりと抱き寄せる。
そしてヴィスニクスに向かって言った。
「ヴィスニクス、魔法を全力で放ってくれ。頼んだぞ」
彼の合図で、ヴィスニクスは最大限の魔法を放った。
その魔法は魔法陣に当たり、方程式の解を実行しながら発動した。
強烈な魔法衝撃波は四方に分散されて行く。
「きゃっ」
「うわっ」
周りを取り囲んで心配そうに見ている妖精や精霊達が、突風のような魔力の風に驚いて声を上げた。
それはネックレスを通り過ぎ、そのまま減速する事なく四方へと吹き進んで行った。
この魔法はここを中心として星の表面を全て巡り切り、対極で消滅するのだ。
ヴェイルも強い風に二人の子供を守りながらも思わず目を瞑る。
……そして目を開けた時。
そこには、元の姿に戻ったアリア、パトラクトラ、リュークが立っていた。
興味深そうに見ていた周りの妖精や精霊達も一斉にワッと声を上げる。
「アリア!」
「お母様!」
「リューク兄様ぁ!」
3人はそう叫び、ヴェイルがアリアに、ユティナディアがパトラクトラに、ルロイがリュークに抱き付いた。
「ヴェイル!」
彼にしっかりと抱き締められたアリアが涙を流して胸に顔を埋める。
「アリア……良かった……本当に」
ヴェイルも彼女の柔らかな金髪を愛おしげに撫でた。
瞑られた瞳に涙が滲む。
「ヴェイルぅ……ありがとう……怖かった」
「俺も怖かった……」
「母様ぁ〜本当に母様だ」
「うむ。こうやって触れられるのは久しぶりだ」
泣きながらしがみ付くユティナディアを、パトラクトラは上機嫌で抱き締める。
「リューク兄様。お帰りなさい」
「おう。お前も頑張ったな」
ルロイを高く抱き上げ、リュークも笑顔で返した。
フィオリアがもらい泣きなのか、指でそっと目元を拭った。
リナリアとヴィスニクスも満足そうに見ている。
ヴェイルとアリアは身体を離し、両手を握ったまま改めてお互いの姿を確認した。
「あの朝のままのようだけれど、身体に何処か変な所はない?」
「ええ、何ともないわ。14日以上も石になっていたのが嘘みたい」
アリアが爽やかに笑った。
「ヴェイル!」
ルロイを地面に下ろしたリュークが声を掛ける。
「リューク。うわっ?」
ヴェイルがそちらを向いて何か言う前に、彼がガッシリと抱き付いて来た。
「よくやった!! 凄いぞ! 流石ヴェイルだ!」
そう言って背中をバンバンと叩いてから、両肩に腕を置いて離れる。
向かい合ったヴェイルが安堵したように小さく笑い、
「リュークも。無事で良かった」
と返した。
「ヴェイル」
パトラクトラも声を掛けてくる。
リュークが離れたヴェイルがそちらに向き直ると、彼女は抱いていたユティナディアをそっと下ろし、近付いて来た。
彼に向かって右手を差し出す。
「お帰りなさいませ、母上」
ヴェイルがその手を取ろうとすると、急に彼女は彼の手を掴んで引っ張り、勢いでギュッと抱き付いてきた。
「? 母上まで?」
驚くヴェイルの耳元に
「母は帰って来たぞ。よくやったな」
と囁き、スッと離れる。
「あなたの助言があったからこそですよ」
ヴェイルが少し頬を染めて言う。
「そうだな。私も頑張った」
パトラクトラも悪戯っぽく首を傾げて、得意そうにそう返した。
周りを見ると、再会を喜ぶ6人を見ている者の中で、アグライアスだけが耳まで紅く染めて両手で顔を覆っていた。
「アグライアス。お前もよく協力してくれた。
ありがとう」
パトラクトラが声を掛けて近寄る。
「い、いえ……その……」
「?」
「ほ、本当のお姿のパトラクトラ様があまりにもっ! お美し過ぎて! 目がっ」
彼が覆っている指の間から彼女を見て言う。
「これで分かっただろう、パトラクトラ様は貴様には焦がれても手は出せぬ程のお方なのだ。
女帝であらせられるし女神なのだ」
リュークがその様子を見て誇らしげに言った。
「褒めすぎだ、リューク。
本当に感謝しているのだ。顔を見せてくれ、アグライアス」
パトラクトラの言葉にアグライアスはようやく手を離して顔を上げた。
「私はパトラクトラ=ヴォルクリア。
ナザガラン国の王太后ではあるが、ダークエルフの国タイカーシアの最高位魔術院の研究員もしている」
彼が真っ赤になって黙って見つめている。
彼女が続けて言う。
「アグライアス。お前の知識に感服している。
また理論物理学や天文学の話も共にしよう」
そうしてパトラクトラは、それこそ女神の様に微笑んだ。
「はい……」
アグライアスは胸に手を置き、足を一歩下げて跪いた。
「……お言葉、恐れ入ります。
お手をいただいても?」
パトラクトラが笑顔のまま手を差し出す。
その手をそっと下から掬って、彼が続けた。
「パトラクトラ様。わたくしはあなたにお会い出来て大変嬉しく思っております。
是非、お話しいたしましょう。
そして生涯、あなたにお尽くしする栄誉をお与えください」
「うむ。学者としての話はしたい。
後の事はそうだな、運を天に任せるとするか」
「それでも十分でございます。わたくしはいつまでも待てますから」
彼女の返事により、アグライアスは手の甲に静かに口付けを落とした。
周囲が何故か色めき立つ。
「あいつ、伯母上様に……っ」
リュークが忌々しげに言うが、礼を尽くしている為に文句は言えない。
「アグライアスにも礼儀は一応あるんだな」
「お義母様、どうなさるのでしょうね」
「父上があの竜に雷を落としそうだ。雷特性なだけに」
ヴェイルとアリアがお互いの手を取って母親を見ながら、のんびりとした口調で言い合った。




