第21話 衛竜ヴィスニクスの過去(下)
「この子はだんだんと記憶を無くして行ったのだ」
申し訳なさそうに項垂れている衛竜を眺め、大精霊は続ける。
「我々もなんとかしたかったのだが、なにぶん先代の大精霊が作った竜なのでな、誰にも直し方など分からないのだ。
彼はほとんど忘れてしまったのだが、使命の一部『エルフを石化する魔法』だけは覚えていた。
その内、衛竜は自分の本来の役目を忘れてしまい、いつの間にか精霊族の国から出て行ってしまったのだ。
探してみると、既に世界中に散らばっていた竜族達の元にいた。
自分の事が分からなくなり、自分に似た姿の竜達に惹かれたのだろうな。
彼らが棲む山奥に居着いたのだが、その巨体と神々しさに竜達も心を寄せ、崇める様になって行ったのだ。
棲んでいた山々も霊山でな。
山の力も無限と言う程大きかった為に我々もそのままにしていたのだよ」
「では、記憶はなくしてもしばらくは平和に過ごしていた訳ですね」
ヴェイルが聞く。
「そうなのだ。
そこから1000年程経った頃にエルフ達と竜達が揉めなければな」
「……揉めたのですか」
「そうだ。その時、竜達とエルフの子らで地上の覇権をめぐって争いが起きた。
衛竜は竜達の間で最後の切り札と思われたのだ。
しかし竜側が劣勢になってな。その時に竜達に請われて出陣してしまった。
だが自分が人間達を全て石にできるという事だけを覚えていたこの子が、まさに術を放とうとした所をエルフの時間停止魔法で止められ、拘束されてな……
争いはエルフ側の勝利となって、竜族は屈することになったのだ」
〔……悲劇だな〕
〔そうですね〕
〔可哀想に……〕
黙って話を聞いていたパトラクトラ、リューク、アリアが呟く。
大精霊は続ける。
「捕らえてから初めてヴィスニクスが生命体としての竜ではない事を知ったエルフ達は、そのまま精霊族の国に預けに来た。
しかし、術を解こうにも、もう発動間際の段階に入っていたのだ。
解くと、天変地異が起こっている訳でもないのに、エルフが全て石になってしまう。
かと言ってこの子を処分する事も出来ないのだ。
魔力が強すぎて、無理に解体すればどんな二次災害を起こすか分からんのだよ。
だから我々もその姿のまま保管することにしたのだ」
「衛竜は、一旦は精霊族の国に保管されていたのですね」
ヴェイルが確かめるように言った。
ドナウザーンの保管状態の経緯とは異なっていたからだ。
「そうなのだ。正直に言うと我々も処置に困っていた。
見た目が可哀想だから、聖樹の中に保管していたのだ。
やがて平和な年数が経ち、エルフと竜族の間で和解が進み、子孫が生まれだし、竜人となって行った。
どちらも元は精霊族の子孫だからな……
その内竜人族の国ドナウザーンが出来た。
そなたも知っておろうが、竜人達は竜を扱うことに長けている」
「はい、存じております。
私の国にも軍部に数人、ドナウザーンの竜使いが軍官として仕えております」
ナザガランでは、軍飛竜部隊にドナウザーンの元王太子とその従者が軍官として仕えている。
「そのドナウザーンの竜人達と竜達とは友好な関係を続けていたのだがな。
しかしながら、高知能の竜達がいつか反乱を起こすかも知れないと考えた数代前の竜王が、エルフの国のトップ達と話し合い、権威を示す為に既に伝説となっていた衛竜の封印を、竜人国で行いたいと精霊族の国に申し出て来たのだ」
〔封印は昔の竜王が言い出した事だったのか……〕
パトラクトラがやや不機嫌そうに言った。
「我ら精霊族の国でも、封印が長期に渡り平和が何千年と続いていたので、危険はなかろうという事でこの子を貸し出したのだ。
念には念を入れて封印の強度を上げる為、その時精霊族の草花紋様の封印魔法の石塔も付け加えてな」
〔その封印が古くなって来ていて、衛竜の体内の力が強い為に石塔も弾け飛んでしまい、まだ争いが続いていると思っていた彼が魔法を発動してしまった、ということですか〕
リュークが言った。
大精霊が膝に両手を付き、もう一度大きな息を吐いて言った。
「……そうだな……
我らの不手際にお前達を巻き込んだ事になってしまった。
術発動後にドナウザーンから飛び出したこの子は竜達の元に戻ったが、知っている竜は死に絶え、仲間もいなかった。
それはそうだ。6000年も経っていたのだからな。
その事に気付いたのは、やや記憶が戻って精霊族の国に帰って来た時だった。
妖精も精霊も流石にそこまで長生きではない。
……私以外には、ここでも自分と同じ時代に生きていた者はもういなかった」
衛竜が寂しそうに大精霊に鼻先を寄せた。
「私はおかしいと思ったのだ。
衛竜には対象全員の石化を確認した時点で使命完了と判断し、消滅する自動制御機能が付いている。
それが発動していない。
これはどうやら石にしたはずのエルフに石化を免れた者がいるのではないか、という考えに至ってな。
フィオリアに石化していない者を探して連れて来るように命じたのだ」
「そして私を見つけ出した、と」
ヴェイルが言った。
「そういう事だ。
始めはもう一人石化を免れたらしい者を探すつもりだったが……
お前達がやろうとしている、逆再生で人々を石から元に戻す魔法を使えたなら、この子の機能も発動するかも知れん」
「それは……消滅するという事ですか?」
[……我が存在し続けるという事は、この国の魔力を吸い続けてしまうという事なのだ]
大人しくしていた衛竜が口を開いた。
[戻って来て数日で、既に聖なる木の内の巨樹の一つ、ゾーイの樹を枯らしそうになっているのだ。
このままでは精霊族の国の全ての生命体が弱ってしまう。
我は消えるべきなのだ。
確かに、人々を石から元に戻す魔法を使えば、本来使う筈だった力と同じだけ魔力を使う筈だから、成功すれば消滅することが出来る、と、我の中の何かの仕組みも言っている]
〔そんな……自ら消えるなんて。なんとかならないの?〕
アリアが堪らず言った。
「エルフの王妃よ、ありがとう。
けれどもこの子も長く苦しんだ。
もう安らぎを与えられても良いと思うのだよ」
大精霊が目を細めて彼女を見て言った。




