第20話 衛竜ヴィスニクスの過去(上)
大精霊は、巨大な椅子の形をした樹木に腰を下ろしてヴェイルに言った。
「そなた、先程の妖術と魔術を浴びて少し弱っておろうの。
誰か、座するものを持って来てやれ。母御前もおったの。
それから、子供達には退屈だろう。守母をここへ」
彼女の指示で、妖精達が椅子を2脚持って来た。
更に森の奥から、一頭の黒竜が現れる。
「「イシュテリス様!」」
[母上!]
ルロイとユティナディア、控えていたストライアが喜んでその竜の元へ行く。
イシュテリスという名のその黒竜は、ファルラーンの森で精霊竜の卵の守りを交代でしている高位竜だ。
ルロイとユティナディアが生まれてしばらくの間の世話をしていた彼女は、ストライアの実母でもある。
「子供らを連れてしばらく奥へ行っていなさい」
[はい。大精霊]
「あ、ルロイ、ユティナディア、宝石は置いて行ってくれ」
「うん」
「分かった」
ヴェイルに言われた二人が、首からルビーとトパーズのネックレスを外し、彼がブラックダイヤのネックレスを置いたもう1脚の椅子の上に並べた。
そしてイシュテリスに促されるまま竜の姿となり、ストライアと共に嬉しそうに森の奥へと入って行った。
その姿を大精霊が見送りながら口を開く。
「我らの元に精霊竜が生まれたのも百年ぶりでな。
しかも二頭も生まれたではないか。
喜んでいたのだが、二頭とも前世の記憶を伴っていた。
聞くと片方は鬼族の禁術を使って転生されたと言うし、片方は鬼族とダークエルフのハーフとして生まれるはずだった子だと言う。
……我らの元に居させても良かったのだが、元の親族の人間達が引き取りに来ると聞いたのでな。
短命のエルフの子孫が望むのなら、少しの間でも共に過ごせると良いと思ったのだ」
「ご配慮ありがとうございます。お陰様で共に幸せに暮らしております。
では少し失礼します」
ヴェイルが礼を言い、椅子に座った。
もう片方の椅子の上に乗せたネックレスから、パトラクトラ、アリア、リュークが浮き上がって来た。
「私の母パトラクトラ、王妃アリア、従兄リュークです」
彼が紹介し、三人が頭を下げる。
「ほお……石になっても出現することが出来るとは。
我らの考えでは目覚める日まで意識もないものと考えていたのだが……
これでは確かに辛かろう」
「恐れ入ります」
「さて……早速だが、衛竜の話に移ろう」
そう言うと大精霊は手を挙げ、衛竜に側に来るよう促した。
竜はバサリと舞い上がり、風を巻き上げながら彼女の隣に座った。
巨大な竜はしかし、同じぐらいの大きさの大精霊の隣だと彼女の愛玩動物の様にも見える。
「この竜はな、私の先代の大精霊が魔法で創り出したものなのだ。
彼女は手元に置いていた、少しずつ増えて行っていたエルフの子らを大層可愛がっていてな。
元々聖なる泉から生まれたエルフ達は、ハイエルフとダークエルフ、ウッド・エルフの他に代替わりで魔力が少ない人間になって行くものも増えてきていた。
今から7000年程前、先代はエルフ達を一つの種族として、もう精霊族の国から独立させて世界に散らばらせることにしたのだ」
「7000年、ですか……」
そう言いながらヴェイルはエルフの歴史を振り返っていた。
はるか昔、精霊族の国から出たエルフ達の中で、比較的力が強く光属性魔法を使うハイエルフの長がリーガレルタであり、闇属性魔法を使うダークエルフの長がアズサーバルとなった事、原始の森を選んだウッド・エルフが超戦士団ウーヴルとなった事などだ。
「その直後に、地殻変動が起きて地震が増えたり、火山活動が活発になった時期があり、エルフの子孫達は多くが被害に遭って亡くなってしまったのだよ。
先代の大精霊は悲しみ、今後同じような事態になった場合に、天変地異が収まるまでエルフの子らを宝石にして災難から逃れさせる為、その魔法が使える機巧の竜ヴィスニクスを作ったのだ」
「精霊族の童話の本に、その御伽噺が歌になった部分がありました」
「御伽噺か。古い時代の話だからな。
しかし私はまだ幼かったとは言え既に存在していたから、この目で創られるのを見ていた。
それはそれは美しい魔法だったのだ。
そしてこの竜は特殊な竜であった為、作られた存在ながら魂が宿ってしまった。
……それが様々な悲劇を生んだのだよ……」
大精霊はフウと溜息を吐く。
「そなたのその衣、草花紋様の防御魔法陣が刺繍してあるな。
加護のための竜とはいえ、宝石にされてしまうことに一抹の不安を覚えたハイエルフがいてな。リーガレルタというのだが……
精霊族の草花紋様で防御魔法陣を作り出したとは聞いていたが。
衣類の装飾紋様として聖女の衣に代々託したのだな」
「詳細は伝わってはいませんでしたが、結果的にはそういうことになった様です」
ヴェイルが胸元に手を置いて答えた。
〔……その加護の竜である衛竜が、何故この様な暴走を?〕
パトラクトラが問う。
「母上、少し言葉が」
ヴェイルが慌てて制する。
「構わぬ。正に暴走と言っても良いのだ。
この子は壊れてしまったのだよ。
いや、そもそもが先代が作った時点で欠陥があってな……」
そして衛竜を見る。
「世界中のエルフの子を救うためには膨大な魔力がいる。
力を吸収し出した竜は、精霊族の国そのものの力を吸ってしまい、弱めさせてしまったのだ。
これではいけないと先代の大精霊が自らの力を吸わせた結果、本来ならば3万年程生きる筈だったのに2万歳程だった彼女は力尽きて亡くなってしまったのだ。
心を持っていた為に、自分のせいで大精霊が亡くなったことに深い衝撃を受けたこの子は壊れて行ってしまった」
——大精霊の言葉に、衛竜は項垂れて耳を伏せた。




