第19話 衛竜の魔法
ヴェイルの前に降り立った巨竜の口が大きく開き、魔法陣が展開された。
「その者を石にせよ、衛竜!」
大精霊の言葉に、巨大な口から魔法の波が放たれた。
それは正面にいる朦朧としてしまったヴェイルを包み込もうとする。
〔転写!〕
突然彼の胸元のブラックダイヤから、空の魔法陣を広げたパトラクトラが現れた。
そこに次々と衛竜の魔法陣が転写されて行く。
しかし彼女諸共、ヴェイルは魔法に包まれた。
彼の身体に薄くブルーサファイアが形成され掛けるが、すぐに防御壁が現れ弾かれる。
「何?」
見ていた大精霊がその様子に気付く。
〔おお……〕
パトラクトラが転写された見事な魔法陣の前に歓喜の声を上げた。
「……上手く行きましたか? 母上」
やや頭を振って正気を取り戻そうとしているヴェイルが聞いた。
〔うむ。我ながら完璧だ〕
「そうですか。流石ですね」
〔後、お前は宝石にされるならブルーサファイアなんだな〕
「そのようですね……怖いな」
「いや、待て待て待て」
唖然としていた大精霊が声を掛けた。
「……そなた、何故石にならぬ? それに見間違いか? なんだ今の防御壁は」
彼女は妖精に絡まれたままのヴェイルに聞く。
彼は何の変化もなくそこに立っていた。
「ええと……」
「ええい、もう一度だ! 衛竜、やれ!」
〔お。確認するのに丁度いい。来い〕
パトラクトラがもう1枚の空の魔法陣を翳して言った。
「母上、挑発しないでくださ……わっ」
ヴェイルが慌てて言う前に、また激しい魔力の波が襲う。
しかしまたもや彼は宝石に変化しそうでしないままそこにいた。
「う……」
流石に浴びてしまった強い魔法衝撃波には耐えきれず、頭を垂れて呻く。
やや乱れた髪が、陶器のような肌をした頬にサラリと沿った。
「どう言うこと?」
「こいつ、エルフの子孫の筈なのに」
「私達の麻痺魔法も、もう解除されかけているわ」
「もしかして実は精霊族なのかしら。
とんでもない美形だもの……」
「そうね、人間とは思えないわね」
「人間じゃ……ない?」
気にしている所を突かれてヴェイルは複雑な心境になる。
人間離れした魔力のせいで、たまに同じ様に言われることがあったのだ。
——その上に顔まで人間とは思えないなんて。
俺はこのまま国王をやっていていいのだろうか……
精神魔法の余波のせいか、完全に間違った方向の心配が頭を過ぎる。
その内、妖精の一人が何かに気づき、彼の上着を捲って言った。
「あっ! 大精霊、こいつ防御紋様が刺繍された聖衣を着ています!」
「なんだと? まさかリーガレルタの……
ううむ。本当に効果があるとは」
大精霊が驚きの声を上げる。
ヴェイルはハウエリアから預かった衣を身に纏っていたのだ。
その衣には精霊族の魔法を防御する草花模様魔法陣が描かれている。
「……少し前に飛翔魔法使ったから服の背中の部分が破れてしまって、替えの服が足りなくなったから着させてもらっていて」
まだ動けない彼が息を整えて言う。
「女性向きの聖女の衣ではないか」
「寸法的には入るから、ちょっと仕立て直した」
「華奢な奴め。確かに体型に沿った洒落た衣装に改変されている……
大精霊、こいつかなり手先が器用です!」
「そこじゃない。どうします大精霊。聖衣を脱がせますか?」
ヴェイルとやりとりしている周りの妖精が、着ている聖衣を引っ張って指示を仰ぐ。
「うむ。そのせいで石化せぬなら、脱がせるしかあるまい」
それを聞いた彼がドキリとして顔を上げ、頬を赤らめた。
「あのっ、旅が長引いてて薄衣の替えも足りなくなって。
今日は聖衣の下は何も着てなくて……」
再び俯くと、目をキュッと瞑って続ける。
「脱ぐと上半身が……その、は、裸に……っ」
「何ですって? それは……見」
「ダメだ、思わず想像してしまうがそれならやっぱり脱ぐんじゃない!
美しすぎて我らも目のやり場に困るだろう?」
「そ、そうよそうよ」
妖精達も口々に言って、もはや自分達が捕らえている事が最凶の罪ではないかと思える程の美麗さを放つ彼を眺めている。
「……もうよい、そういう事情なら確かにここで辱めを受けさせる訳にはいかぬ。
それに何か面白い事もしていたようだ。興味がある。
離してやれ」
大精霊が腕を上げて制し、ヴェイルから皆が離れるように指示をした。
〔……思った通りだ。精霊や妖精達は美しさに対して変な理性があるからな〕
昨晩彼に、作戦だと言って聖衣を素肌の上に着るように指示をしたパトラクトラが、密かに呟いて宝石の中に消えた。
解放されたヴェイルがその場で安堵の息を吐いた。
まだ少しふらつきながらも両足で地を踏みしめ、はだけさせられた上着を直して、掴まれていた腕を摩る。
妖精達を振り返ったが、もう彼女らは何もせずこちらを伺う様に見ているだけだ。
心配げにしていたフィオリアも、その仲間の間にスッと入った。
ヴェイルは向き直り、衛竜に近寄って見上げた。
興味があるのか、先程まで効いていた妖術を振り払うかの様に目を輝かせる。
「大きいな。ちょっと触るね」
[何?]
戸惑う竜を気にせず前足の辺りに触れる。
「……聖土と鉄分、それに鋼玉に黄玉……
いろんな貴石の成分で作られている。
機巧の竜か。後で話したいな」
[……我が恐ろしくはないのか]
衛竜が唸り声のような言葉を放つ。
「恐くはないよ。俺、竜には友達が沢山いてね」
ヴェイルは笑ってそう言うと竜から離れ、大精霊の前まで歩いて行った。
一息吐くと彼女の前に恭しく跪き、深く礼をする。
「改めまして。全てを司る大精霊。
私はエルフ末裔人類の中でも魔力が強い魔族の国、ナザガランの国王ヴェイル=ヴォルクリアと申します。
そして魔法解析研究者としても仕事をしております」
「ふむ」
「此度の石化事件につきまして、私の妃及び世界中の人々を石化から解放すべく旅と研究を重ねてまいりました。
私どもならば必ずその術式を作り出せると考えております。
まずはここまでに至ってしまった衛竜について、お話をお聞かせくださいませんか」
「そうか……そういう事なら慈悲とはいえ済まぬことをした。
こちらにも事情があってな。
あれも可哀想な竜なのだ。先代の忘形見でな……」
そう言うと大精霊は、側に付かせていたルロイとユティナディアの背をそっと押してやった。
「兄上!」
「兄様!」」
二人はハッとして叫び、弾かれたように走ると、ヴェイルの左右からしがみ付くように彼の袖をひしと握った。




