第18話 大精霊
ストライアの上に、いつもの様にユティナディアを自分の前の鞍に座らせ、後ろにルロイを乗せながらヴェイルは手綱を操っている。
妖精フィオリアは黒竜の鬣の一部を掴み、フワフワと揺れながら自身の羽でも飛んでいる。
「速いわね〜とっても楽だわ」
「黒竜は最高フォラキーロス120ギガルドル(最高時速120km)だ。
今は子供を乗せているから80ギガルドル程度だけど」
ヴェイルが得意そうに言う。
黒竜はこの星での最高速度が出せる竜である。
「それに人語を話す最高位竜でもある。
ファルラーンの森で生まれる精霊族の精霊竜の卵の守りを交代でしているぐらいだし」
「竜族もエルフも元は精霊族生まれだものね。
エルフは聖なる泉から。竜達は聖なる山と森から生まれたのよ。
その後種族として独立して、数千年で血は薄れてしまったけれど」
「そうだな。精霊竜だけは原始の生まれ方をするようだが」
「だからヴェイルも、いくら魔法が強くても大精霊の前では言うことを聞いてしまうと思うわ」
「そうなのか?」
「大精霊は全ての竜族とエルフの子孫達、精霊族の頂点に君臨する神にも等しい存在だもの。
ワタシ達妖精は、彼女が触れた木々から生まれるの。
別種に進化した竜族やあなた達のような性別もないし。
ワタシは好みで女性型だけどね」
「でも君はその大精霊が絶対で、恐ろしいと思っているんだろ?」
「? ええ……そうだけど」
「それなら心までは支配されてはいない。
大精霊がどういう存在かは分からないが、少なくとも独裁的ではないのだろう。話し合いの突破口はある筈だ」
「……あなたは今、全ての人が石にされている絶望的な状況なのに希望を捨てないのね」
フィオリアが尊敬の眼差しでヴェイルを眺め、風で顔に掛かる髪を耳上に撫で付けた。
「ああ。偶然にしても俺だけ残ったという事は、なんとか出来るって事じゃないかと思うからな」
「ふふ。自信家の王様だこと」
妖精は可憐に笑った。
精霊族の国は遠い。
以前、ルロイを引き取りに行く為にナザガランから出立した時には西回りで行ったのだが、それでも2、3日は掛かった。
今回は東のドナウザーン公国を経由していたので、東回りから行く為更に距離がある。
「世界展開の魔法街道が生きてたら長距離転移魔法が使えるんだけどな……」
ヴェイルは残念に思ったが、ストライアと子供達にも無理をさせる訳にも行かず、野営を挟みながらの旅となった。
フィオリアと共に過ごす内に、ルロイとユティナディアは彼女とすっかり仲が良くなった。
公子と王妹として生活している王宮ではほとんど会う事はないが、妖精は同郷と言える。
彼女に様々な事柄を教えて貰った彼らは、この旅の間ですっかり魔法が使えるようになった。
美味しいキノコを探す魔法、木の実を一度に収穫出来る魔法、隠れている藁兎や幻鹿を見つける魔法。
それに、ルル芋や月百合根が勝手に地面から出てくる魔法……
彼らのお陰で、ヴェイルは食事の支度が楽になった。
「生活魔法全般に凄く強いんだな。
妖精らしい魔法だ。でも兎や鹿は食べないのに何故見つけるんだ?」
「もちろん、お友達になる為よ。
お互い気が合わなければさようならするけれど」
フィオリアが微笑んで返した。
彼女と出会って3日後の飛行で、やっと精霊族の国の聖なる山々が視界の前方に見えて来た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
精霊族の国に着いた彼らは、大精霊がいると言うファルラーンの森の中心部、巨大な聖なる詩の樹の元へと降り立った。
少し小高くなった大樹の元にはまるで玉座のような形に生えた、巨大な木々がある。
その手前は広場となっており、周囲に美しい花々が咲いていた。
「大精霊、フィオリアです。
ただいま戻りました。
石化を免れた者も連れて参りました」
フィオリアが声を上げた。
すると、何処からともなく大精霊が現れた。
ヴェイル達の4倍はあるだろうか、見上げるような大きさの女性の姿をしている。
その身体に纏う衣は花々で構成され、胸元や肩には珍しい姿の蝶が数頭留まっている。
彼女はスウと腕を上げて言った。
「フィオリア。手間を掛けたな。
……それに精霊竜、よく戻った。
さあ、こちらに来るが良い」
その言葉に、ルロイとユティナディアが夢の中の様に答えた。
「「大精霊」」
そして彼女の側に駆け寄ってしまう。
「ルロイ? ユティナディア!」
ヴェイルが驚いて声を掛けたが、彼らは大精霊に擦り寄り足元に捕まり、こちらを向いた。
「……あの子達は生まれて間がないからどうしても大精霊に当てられてしまうのよ」
フィオリアが呟いた。
大精霊は満足げにしゃがんで彼らの頭を撫で、ヴェイルを見て言った。
「その者。お前が石にならなかったエルフの子だな」
「はい。大精霊、初めてお目に掛かります」
彼が一応の挨拶をする。
彼女はヴェイルが首から下げているブラックダイヤが嵌ったネックレスを見た。
「良い。よく来てくれた。
その首に掛けておるのは家族か」
「……私の母です」
「不憫よの。もう数千年は戻るまい。
そなたも不満かも知れないが、衛竜の魔法により今度こそ石となってくれ。
そなたの孤独を振り払ってくれようぞ」
「待ってください、私は……あっ!」
反論しようとしたヴェイルの両腕を、いつの間にか現れていた数人の妖精達が、動かないように左右から拘束した。
取り囲んだ妖精達から、目眩を起こすほどの蜜のように甘い香りが漂い、彼の感覚を狂わせる。
「……っ! 精神……魔法か……」
しまったと思ったヴェイルが脱力して行く中で、なんとか顔を上げる。
彼の霞みかけた視界の中に、大精霊の背後から巨大な機巧の竜がブワリと羽ばたき、彼女の側に舞い降りて来るのが見えた。
「衛竜よ。この者を今度こそ石にせよ」
「お待ちください、大精霊、彼を石にしただけでは……」
フィオリアがヴェイルの前に立ちはだかる。
「フィオリア、お前の言う事は判っている。
まずはその者から、と言うだけの事。
……退きなさい」
フィオリアは捕まっているヴェイルを振り返り、心配そうに見つめながら退く。
妖精達に絡み取られた彼の前に、巨大な竜がズシリと音を立てて降りて来た。




