第11話 魔法の言葉
古城を後にしたヴェイル達は、今日はドナウザーンの城下町の宿場に泊まる事にした。
野営をしても構わないが、折角街がある所を通り過ぎるのも勿体無い気がしたからだ。
「貴賓で来た時は泊まりは竜王城別邸ばかりだしな……
今は閉まってるだろうし」
竜人国ドナウザーンの城下町は、流石に竜遣いの国だけあって、各宿場に竜の係留場が設置してあり、ストライアでも楽に休める。
しかし、ある宿場の係留場の餌場に好物の実であるルミナベリーと金柑果を見つけてしまった彼は、夢中で食べてそこから動かなくなってしまった。
「ええ……仕方がないな。
この係留場を持っている宿屋に泊まるか……」
ヴェイルが諦めて宿屋を探す。
周囲を見回し、程なく見つけて中に入ってみた。
受付ホールの者も係の者も勿論全て石になっている。
彼は受付の中に相当な額の貨幣を置くと、適当な鍵を拝借し、その番号の部屋に三人で行ってみた。
幸い三人が泊まれる程の広さとベッドと机がある。
「今日はここに泊まらせてもらおうか」
「わあ、お布団で寝られるの嬉しい」
ユティナディアは嬉しそうにベッドへ駆け寄り、ぽふんと腰を下ろした。
「ベッド3つあるけど一緒に寝よ、ルロイ」
「うん」
ルロイも側へ駆け寄ってはしゃぐ。
「二人ともここで休んでいて。
流石に食事は出てこないから、ちょっと厨房借りて作ってくるね」
ヴェイルはそう言うと、宿屋の厨房を探した。
見つけると、そこにあった葉野菜や豆でスープを作り、平焼きパンを焼く。
その日はそれを夕食にした。
普段から浄化魔法で身体の清潔は保たれているのだが、宿屋には温泉が引かれた大浴場もあった。
ヴェイルは子供達と共に入り、疲れた身体を温湯で癒した。
部屋に戻ると、二人に昼間キルグナから貰った精霊族の本と、草花紋様の魔法陣の辞典を読んでみてもらう、という作業に入る。
その内夜も深まって来た。
読めると言っても、5歳には慣れない言葉の本を読んで疲れたらしい。
ルロイとユティナディアは二人で1つのベッドに潜り込み、すやすやと寝息を立て出した。
宿屋と言えども人がいなくて電気は使えない。
ヴェイルは魔力電池ランタンの灯りを頼りに、机の上に資料を広げて何やら熱心に書いていた。
〔ヴェイル。こんばんは〕
そう声を掛けて、側に置いていたトパーズからアリアが浮かび上がった。
「アリア……出て来てくれたんだね」
彼が嬉しそうに言って、ペンを置いた。
〔魔術方程式を書いていたの?〕
「うん。精霊族の文字はだいぶ読めるようになったんだけれど、こっちの本はどうやら童話の本みたいでね。
草花紋様の方をルロイとユティナディアに読み上げて貰って、解析しようとしてるんだけれど……」
〔……けれど?〕
「二人に読み上げて貰うと確かに魔法陣と方程式がちゃんと浮かび上がるんだ。
でも俺だけで読み上げてみても何も出てこないんだよね。
どう言う事だろうと思って」
アリアはヴェイルが物を広げている机の上を見た。
羊皮紙よりも安価な、木の繊維から漉いた樹紙に、膨大な量の方程式が書き出されている。
〔詠唱列372……風式43、雷式78……
あら、『逃げ出すマンドーラの木の足を、うっかり絡めさせて捕まえる魔法』、
それに『飛んだ帽子の軌道を変えて、丁度いい位置で待ち構える魔法』、
『驚いた時に手近なキノコを家の大きさにして扉に逃げ込む魔法』?
なんだか精霊族らしいわね……〕
「そうなんだ。牧歌的すぎて目的忘れるぐらいだったよ。
まあ、そういう簡単な魔法でも発動しなくて、困っているんだ」
〔簡単……かしら。
もしかしたら、あの子達は知らない間に心の中で精霊族の言葉で唱えているのかも〕
「どういう事?」
〔私達の詠唱する時の言葉も今の言葉じゃなくて古代エルフ語でしょ?
例えば『アルファール』が『我』、『リエーザ』が『盟約』って意味〕
「うん」
〔詠唱に慣れたら口で唱えなくても、文面を心に思い浮かべたら最終語の術名だけで魔法が発動するよね。
あの子達も口で唱えながら精霊族の文面と、正確な発音を心に思い浮かべているんじゃないかしら〕
「なるほど……そうかも知れない。
ありがとう。明日二人に話して試してみるね」
ヴェイルは少し明るい表情になってアリアに言った。
〔……研究も大事だけれど、あんまり無理をしないでね〕
アリアはそう言うと、彼の頬にキスをし、穏やかに笑って消えて行った。
「……おやすみ」
触れた感触はない。
けれどもヴェイルは頬に手を当ててそう言うと、愛しげにトパーズを眺めた。




