第四十章 約定の日
関白・近衛信尹の死は、朝廷に大きな空白を生んだ。
その空白は、単なる摂家の交代ではなく、
豊臣と徳川の均衡そのものを揺るがす「節目」だった。
次の関白を誰に据えるか――
その決定は、天下の形を左右する。
朝議では摂家が静かに駆け引きを繰り広げ、
二条家の一言が、流れを大きく変えた。
「秀頼殿こそ、太閤の正統なる後継者」
その言葉は、太閤秀吉の血筋を正統に位置づけ、
豊臣家にとって願ってもない道を開く。
だが、この流れを確かなものにするには、
帝の御意志が必要だった。
静かに、しかし確かに――
約定の日が近づいていた。
一
後水尾天皇は、この一件を、退位した父・後陽成院に相談した。院は、しばし考えた後、静かに仰せられた。
「太閤の子が、太閤と同じ座に就く――道理としては、確かに一分の隙もない。だが、それを許せば、武家の棟梁たる将軍家が、どう出るか」
「大御所様は、既に身罷られましたが、将軍・秀忠は、これをどう見るでしょうか」
「秀忠は、慎重な質と聞く。かつて信尹を関白に据えた時も、将軍家は、表立って異を唱えることはできなんだ。此度も、同様であろう」
後陽成院は、深く頷いた。
「関白の人事は、本来、朝廷の専権。武家が口を挟むべき筋合いではない。秀頼を関白とすることに、否やはない」
なお、太閤在世の頃より、秀頼の元服は既に済んでいる。この度の一件は、その元服から幾年も経ってのことであったが、信尹が壮健である間は、無理に代替わりを急ぐ理由もなかった。信尹の死こそが、この長らく温めてきた約束を、ついに動かす契機となったのである。
二
この決定は、内々に、まず駿府の秀忠のもとへ伝えられた。
秀忠は、この報せを受け、しばし無言のまま、書状を見つめていたという。傍らに控えていた老中の一人が、恐る恐る口を開いた。
「上様。豊臣秀頼が、関白に――これは、看過して良いことでございましょうか」
「……朝廷の人事に、将軍家が異を唱えれば、如何なることになる」
「それは……」
「亡き父上(家康)が、鐘銘の一件で、いかに手痛い目に遭われたか、そなたも存じておろう。あの一件以来、我らが朝廷や大老の盟の決定に、軽々に口を出せば、かえって将軍家の面目を損なうだけのこと」
秀忠は、静かに書状を文机に置いた。
「それに――秀頼は、既に左大臣。今更、関白の座を得たとて、我らの実の力が揺らぐわけではない。武家の棟梁は、この秀忠である。それさえ揺るがねば、良い」
この一言に、秀忠の治世の性格が、如実に表れていた。大御所のような力業ではなく、実利と建前を切り分け、無用な衝突を避ける――それが、秀忠なりの統治の流儀だった。
三
かくして、慶長二十年(後の元和元年)正月、秀頼は、正式に関白の宣下を受けた。左大臣の位はそのままに、関白の座をも兼ねるという、史実には存在しなかった、豊臣家の最盛期がここに訪れた。
宣下の儀には、大老の盟に連なる島津・上杉・前田の名代、そして高台院、まつ、豪姫の姿もあった。次郎兵衛は、末席から、その光景を静かに見つめていた。
(信尹様。あなた様が身を賭して守られた約束を、ようやく、果たすことができました)
儀式の後、秀頼自らが、次郎兵衛のもとに歩み寄った。
「次郎兵衛。そなたの働きなくば、この日はなかったであろう」
「勿体なきお言葉にございます。これは、多くの方々の想いが積み重なった末のことにございます」
秀頼は、静かに頷いた。
「これより先も、力を貸してくれ」
「この身が続く限り」
佐和山に戻る道すがら、達安が、感慨深げに言った。
「随分と、遠くまで来たものだな」
「はい。ですが、まだ終わりではございませぬ」
次郎兵衛は、静かに、遠く駿府の方角を見やった。
「大御所様は身罷られ、秀頼様は関白に――ですが、これから先、家光様への将軍代替わりという、まだ見ぬ節目が待っております」
佐和山の空に、慶長から元和へと移りゆく、新しい時代の気配が、静かに満ちていた。
後水尾天皇は、父・後陽成院の助言を受け、
秀頼を関白に据えることを決断した。
武家の棟梁・秀忠は、鐘銘事件の記憶を踏まえ、
朝廷の専権に口を挟むことを避けた。
こうして、慶長二十年正月――
秀頼は左大臣の位を保ったまま、
正式に関白の宣下を受けた。
史実には存在しなかった、豊臣家の最盛期が訪れた。
大老の盟の名代、
高台院、まつ、豪姫――
多くの縁がこの日を支え、
次郎兵衛は末席から静かにその光景を見つめていた。
「信尹様。あなた様が守られた約束を、果たすことができました」
だが、これは終わりではない。
家康は身罷り、秀頼は関白となった。
次に訪れる節目――
家光への将軍代替わりこそが、
豊臣と徳川の均衡を決定づける最後の局面だった。
新しい時代の気配が、静かに満ちていた。




